Ⅲ 遊び人
……それで、結局。私は負けたのか?
ここにいるということは、そうとしか考えられない。
「それにしてもさ」
昨晩の勝負事の相手は下だけを履いて私の剣を持ち、鞘ごとくるくる回して遊び出す。
「別に、俺との賭けなんかぶっちしてよかったんじゃないの? 聖騎士様」
「我らは誇り高き聖騎士だ。一度取り決めた約束は破れない」
「俺に純潔奪われて職を失うより、戒律破って謹慎くらう方がマシじゃない?」
「戒律を破るのは天神フェリス様を裏切るも同然だ」
「なるほど。だから君は囚われた子を見捨てず酒呑み勝負に乗り、負けたら素直にその身を差し出した。いやー、すごいね♪ 自己犠牲的に仲間をかばうその信念。聖騎士さんたちって、意外と落としやすい?」
「貴様も聖騎士に手を出すとはいい度胸だな。昨夜のことは私の誇りを貫いたゆえの事だが、修道者を陥れるような不届き者は教会から目をつけられる。一時の夢を見て身を滅ぼすのは貴様だ」
「げっ! 道連れ!?」
「お前、この地域の者ではないな? 何処から来た? フェリス教徒か? その肌と髪の色。この国の出身でもなさそうだが」
「……無宗教者って言ったらどうする?」
「無宗教者だと? なるほど、野蛮人か」
「え、何その偏見。酷くない?」
「私は異教徒を非難するつもりはないが、無宗教者となれば信心のない蛮族にしか見えない。縋る神を持たない人ほど、信用できないものはないからな」
今時の者で無宗教者は珍しい。人が神の下につくということは、自分の身を助ける手段になるためだ。特にこの国では、国法よりも教法が力を持つ。
神は人に恩恵を与え、生の導を授け、加護を賜す。フェリス様のような戦の神の他、商業の神、恋愛の神、平穏の神といったように、宗派によって専門性が異なることもあるため、むしろ多信仰の方が一般的だ。都合よく神に頼るというのも、私は「傲慢ではないか」と複雑な疑念を持ってしまうのだが。
いずれにせよ、己の神を持たないということは、腹の内に"主軸"を持たないということ。胡散臭い印象となる。
「……メルーちゃん怖いねー、案外」
「というより、そのメルーちゃんという呼び方は何だ? 私の名前を教えた覚えもないが、愛称をつけるように言った覚えもない」
私の名前はメルゼルタ・ディーナ。
だが、「メルーちゃん」などと略されることはない。「メルゼ」と呼ばれることならあるが。
「あららー、覚えてないの? 名前は聞いたら答えてくれたし、メルーちゃんって呼んでいい? って言ったら頷いてくれたよ?」
「……」
飲み比べを始めてからの記憶がない。
男は回る剣の動きを止めると、ずんずんと私のそばに寄って来た。
「聖騎士の女って、みーんな処女なんでしょ? メルーちゃんの反応、可愛かったよー」
「……っ」
ぐいっと顎を掴まれて、にやついた男の顔が近づく。
「ホント男慣れしてなかったね。押し倒したら震えちゃってさ」
「……黙れ」
「おっぱい意外と大きくて♪ 肌も上質な絹みたいにすべっすべっで、綺麗だったよ。指で触ったらびくんびくんして」
「それ以上言うな」
「酒を飲む前は今みたいにはきはきしてたのに、ベッドの上だと発情した猫みたいに甘い声出しちゃって。意外とエロいんだなあって」
「黙れ!」
「もしかして自慰もしたことないの? 性の気持ち良さを全然知らないって感じだったけど、感度は高かったね。股の間をぐっしょり濡らして、俺の×××を……」
「黙れぇええええ―――――――――――――!!」
アッパーカットで殴り、セクハラ発言を封じた。男が転んで落とした剣を拾い、鞘の先を額に突きつける。
「この……屑が! 性に溺れた不埒者め!! 天神フェリス様の御前でお前の腐った××××を切り落とすぞ!!」
「痛てて……聖騎士様がそんな下品な言葉使っちゃだめでしょ。そっちも合意でヤッたんだから、これは共犯じゃん?」
「うっ……!」
「それとも、誇り高い聖騎士様は、自分の罪を棚上げするの? 部屋に入るなり『やるならさっさとやれ』って、そっちから俺を誘ったのに。それで×××ちょん切るとか酷いでしょ。俺をたらしこんだ責任とって?」
「そうか。そこまで言うのなら首をとろう」
ちゃきりと刃の一部を鞘から抜く。この男を葬り、口を封じる方が早いようだ。
「ごめんなさい調子乗りました」
男はさっと顔色を悪くして、謝辞を口にした。
……全くもって馬鹿馬鹿しい。
だが、記憶がないせいか、私は思ったよりも冷静だ。人生を殺されたというのに。
「……勝負の件はこれで終わりだ。もう話すことはない」
早く教会に顔を出そう。リーズェとエルマーのことも心配だ。
部屋から立ち去ろうとすると、男が私の前に回り込んで、扉を塞いだ。
「あっれー? いいの? 俺を野放しにして。聖騎士様とエッチした話を、町のあちこちで吹聴しちゃうかもよ?」
……さっき謝罪をしたかと思えば、安い挑発。余程暇なのだな、この男は。
「私を揺するつもりか? それとも自殺願望が?」
「うわ、その切り返し怖っ! どっちにしても俺殺されそう」
「……他言無用だが、事実は事実。私は聖騎士の職を降りて、教会から去る」
「え」
「そこまで広めたければ勝手に広めればいい。私は真実から逃げるつもりはない。誰も欺くことなく、潔く。聖騎士としての生命を終わらせる」
男は目を丸くして、「ぴゅう♪」と口笛を吹いた。
「さすが聖騎士様。かっこいいー! 俺感動しちゃったよ」
「いい加減にそこをどけ。斬られたいか?」
「いやー、待ってよ、メルーちゃん。俺ちょっといいこと考えたの」
「いいこと?」
「メルーちゃん本当は教会から離れたくないでしょ? だから、俺も人生奪った責任とるよ」
男はにんまりと口元を歪める。
「このままさ、俺と結婚しちゃえばいいじゃん」
「……は??」
男の言葉を理解するのに時間がかかった。
「聖騎士様は絶対処女を守らなきゃいけないんでしょ? けど、旦那がいればまた別じゃない? 子作りのためにセックスしないといけないし」
「子づ……!?」
「フェリス教は既婚者でも修道できる騎士がいるんじゃなかったっけ? 条件付きの」
……確かに、そういう制度はある。
だが、それは厳密には聖騎士ではない。聖騎士は純潔を守るものだけがなれる職だ。普通の修道者とはまた異なる。
「メルーちゃんがまぐわったのは俺だけなんだし、俺がメルーちゃんのパートナーになれば、淫行の罪にもならないでしょ? 前々から婚約してましたって言い訳してさ」
「人を小馬鹿にするのも大概にしろ。貴様と婚姻を結ぶ意義はない」
「俺はあるよ? 酔った勢いで手篭めにしたんだから」
「お前がどう責任をとるというのだ? 見た所、浮浪者だろう? 仕事もせず遊び回る怠け者と、進んで婚約など千切るものか。例え私の純潔を奪った相手でもな」
「そりゃー、まー、自分の時間使って働くの嫌いだし? 否定はしないけど……」
「私は貴様のように自分の時間を無駄にしたいと思わない。退けっ!!」
このまま会話を続けても意味がない。剣を半身まで抜き、やや脅すようにして男を避けさせた。
「……また会おうね? メルーちゃん」
廊下に出た時に子猫を呼ぶような声がしたが、聞こえないふりをした。
全く。非常識にもほどがある。とれもしない責任を誇示にして、突然婚約を迫るなど。女に幻想を持った気味の悪い男だ。あるいは、伴侶に貢いでもらおうという、プライドのない男の下心か?
宿を出て、気休めに外の空気を大きく吸う。
頭の痛みが少し和らいだかと思った時に、ふと思う。
……もし、腹に子を宿してしまっていたらどうするか。フェリス教徒は堕胎ができない。
子を育てるための支度が必要になるな。
だが、その問題を考えるのは後だ。
建物で方角を確認し、教会の位置を予測して、そこに向かう。
……全て調べてもらえば済むこと。
辞職届を出す前に、教会の者に頼まなくてはならないな。
明日からは1話ずつ更新する予定です。
我ながら書いて酷いと思った変態小説ですが、並々にファンタジーしていますので。
よろしくしていただければ幸いです。
お暇でしたら別作品もよろしくお願いします。
うちのキャラ共は問題児ばかりですが……本作の主人公よりは明らかにまともですよ、ええ。