ⅩⅢ_何者(マイフ視点)
スロスと死神の関係性が明らかになります。
死神が来るまであと一日。
「……来た」
スロスが真剣な顔で呟く。
「来たか?」
「ああ。初潮だ」
品のない冗談で笑い合うが、これは気を和ますと同時に、引き締めるためだ。
オレとラティロとスロスは宿を出て、神域に移動した。
死神がスロスに追いついてきたからだ。そいつを、オレたちはこの神域で迎え撃つ。
ラティロが川から戻ってきた。焚き火の上に水を入れた鍋を置いて、予め切っておいた具を沈めていく。
「環境調査は完了したし、罠も張ったし。あとは待つだけだね」
「うん。頑張ろ」
ラティロに反応するスロスの表情は硬い。いつもの跳ねた調子の語尾がなくなるくらい、緊張してんだろォな。
「けど、これをあと二百六十九日も続けなくちゃいけないわけか。いつもよりずっと長い旅路になるね。死神は十三日毎に復活して、近寄って来るわけだから……多くてもあと二十回は戦わなくちゃいけないってことになるのかな」と、ラティロ。
「実際は逃げ回るから、あと十回くらい戦って済ませる予定だけどね」と、スロス。
「じゃあ、今日か明日にここであの怪魔仕留めて、また十三日の間に準備整えて、本格的な逃亡生活かな?」
「うん。二人には迷惑かけるけど……」
「良いよ、別に。微々たる前金があるし。謝礼は後払いで貰うからね。忘れないでよ」
スロスの逃亡生活に付き合うとなれば、オレたちに金銭面の問題が出てくる。稼ごうにも、十三日毎に死神が出るようじゃ、のんびり賞金稼ぎもできねェからな。スロスがいればだいぶハンティングは楽になるが……それでも、男三人の旅路はきつい。
元々フリーのハンターは収入が安定していねェ。見知らぬ土地の慣れない環境で怪魔狩りってなると、負傷リスク倍増、収入は半減ってことになりがちだ。
鍋の中の汁が、ぐつぐつと湯気を立て始める。
「わたしはこれでも、ハンター歴が長いと思っているのだけれどね。死神を見たのは、スロスのが初めてだ。存在は文献でしか知らなかったから、目にした時はちょっと感動したくらいだった」
ラティロが鍋の中を掻き回しながら話す。
「伝承の怪魔がスロスにひっついてるなんて。何だか数奇だ。小説的には、『運命の歯車が回り出す――』なんて見出しがつきそうなくらいに」
「スロス自身も能力持ちの変わり者じゃねェか。元神様候補ってどんな略歴だよ」
「別に大したことじゃないよ」とスロスは謙遜したように言うが、「「何処が?」」とオレらがツッコミを入れる。
「だってよォ、あれだろォ? フェリス神とかガイウス神とか、あの有名神も見たことがあんだろォ?」
「……まー、接点はあるけど、ね」
「あのさ、マイフ。神様を劇団俳優みたいに例えないでくれないかな? わたしにはスロスの過去が、まだオカルト的な話にしか聞こえないんだ」
「あア、スマン……」
ラティロはエルフ族の血を引いてるから、精霊を信仰している。精霊信仰の人たちは自然を敬愛して肉を食べず、怪魔との共存を考える。
……まァ、ラティロは怪魔ハンターの上に肉をぱくぱく食べてっから、だいぶ生臭のような気がするが。
「わたしの読んだ文献の情報だけれど、世の中には"神殺しの怪魔"という、神様でも手を焼く強いものがいるんだ。確か、そのリストの中に死神も入っていた。この世界じゃ死神は伝説レベルだけど、神様の世界だとどうなの?」
「……んー。そもそも"神界"に有害な怪魔はいないからね。神界の死神は、昔々に根絶したはずだったんだってさ。だからシニガミを召喚する度に、周りから怖がられてたよ」
「……」
「確かに俺も、あいつ以外の"死神"は見たことがない」
……オレがスロスと会ったのは確か、四年くらい前だったか? オレがスロスの死神を見たのもその頃だ。
小っせえ村で、ぼそぼそと金を貯めてた時期。盗賊狩りの最中に飛び込んできたスロスを、「何だこのクソ野郎は?」と最初は思った。スロスと死神と盗賊と、己以外は全員敵の戦いになってたのが懐かしいな。
「あと、もう一つ気になるのだけれど。死神は何処から来るのさ? 殺したら煙になって消えてしまうのに」
「分からない。俺も何度か確かめようとしてるけど、いつもいきなり現れる。ただ、あいつが近くにいると、気配というか……空気が変わる。それで接近が分かるってだけ」
「……」
「本人に聞いた話では、普通に道を歩いて追っかけてきてるらしい。けど、てくてく歩く"死神"を見かけたとか、そういう話は誰からも聞かない。だからたぶん、シニガミは俺の前に現れるまで、幽霊みたいに姿を消しているんじゃないかな? 道を歩いてるってのも、おそらく全くの嘘じゃないと思う。接近してきても全力で距離をとれば、また気配が遠ざかるからさ」
「スロスには死神の記憶が入ってこないの?」
「こない。あっちが一方的に俺を知ってる」
「……。"死神"の記録自体も少なすぎるよね。姿を消す怪魔といえばファントムがいるけど、馬鹿だからトラップをかければ簡単に引っかかるし。人の心を読む怪魔といえばフェアリーかな? でも、どんな知能の高い怪魔でも、獲物を一人に絞って延々と追いかけてくるなんて聞いたことがない。スロスの死神以外はね」
「……」
「わたしもまた何か分かったら教えるよ。今日は死神退治のために気合いを入れよう。あれこれ深いところを悩むのは後回しだ」
「だね。ありがと、ラティロ」
「というかさ。どうして雇われている身のわたしがいつも仕切り役なのかな? このパーティのリーダーはスロスのはずなんだけれど」
「ラティロに全部任せた方が楽だし? 俺、誰かを引っ張る役目とか向いてないからさ。ラティロがリーダーで、マイフが副リーダー」
「依頼主の護衛はしても、お守りはごめんだぞ」
「あ、マイフがようやく喋った」
「……まァ、戦う時は、手伝えるところまで手伝ってやる。あの怪魔と直接対峙してギリギリ渡り合えるのはオレくらいだからな」
「ツンデレめー」
「うるせェ」
「いやん、怒らないでよ。マイフもありがと。期待してるよ」
ミソもどきの匂いが湯気に乗って、鍋を囲むオレらの周りに散っていった。
「……よし、味も整った。キノコ汁出来たよ」
「今日は何のキノコー?」
「フエラ茸」
「一歩間違えたらアウトな名前な気がするんだけど、気のせい?」
「それはスロスの脳みそが汚れているだけだ。フエラは何処かの国の言葉で『外側』って意味だから」
「なおのことエロい♪」
……オレはチチ茸の方がエロく感じる。
*
フエラ鍋に舌鼓を打ち、〆の麦雑炊でがっつり腹を満たした後。オレたちは夜戦の支度を整えた。
すぐとは限らねェが。スロスの話だと、今夜から明朝の間に死神は来る。
「……いつも通り。俺に構わず戦ってくれ」
「分かってる」
「ダメだと思ったらすぐ逃げろ。シニガミもそこまで深追いはしないはずだ。あと、黒い炎にも気をつけて」
「おゥ」
「頼んだ」
ラティロが髪を結い直し、矢を口に咥えたままがしゃんとクロスボウの弓を開いた。
オレは革のヘッドギアをつけ、口元から首までをマスク型の防具で覆い、愛用の槍を持って軽く素振りする。
「怪魔ハンターというより暗殺者」とよく言われる。この風貌だから、スロスも俺を盗賊と間違えたんだろうな。
全員の準備ができたことを確認し合うと、スロスは「それじゃ」と、しばしの別れを告げた。
とうとう来ました、バトル回!
次回、対死神戦、開幕です!!




