Ⅻ 火遊び
アイニーちゃんは目覚めたようです。
シニガミが現れるまで、あと三日。
昼が過ぎて、夕暮れ前の七回の鐘の音が耳に入る頃。手持ちのナイフの手入れをしながら宿に引きこもっていると、とんとん、と扉が叩かれた。
「はいー。どなたー?」
「……スロスさん?」
え、アイニーちゃん? ばっと砥石やナイフを布に包んで隠し、急いでドアを開けた。
「……こんにちは……」
「やあーアイニーちゃん。あれ? 外出禁止にされたんじゃなかったの?」
「ええ、でも。アーロガンの目を盗んで抜け出してきました」
白い柔らかそうな上着と黄色のワンピースを着たアイニーちゃんは、木箱に包んだ菓子折りを渡してきた。
「改めてお礼がしたくて。町の商人に聞き回って、皆さんがここに泊まっていることを知りました。ごめんなさい、脅迫尾行みたいで……」
「いやいやー! むしろわざわざありがとう」
野郎型の変態怪魔に脅迫尾行されるくらいなら、アイニーちゃんみたいな子につけまわされたい♪
「……ラティロさんとマイフさんは?」
「あー、二人は今神域に行ってるよ。下調べのために」
「下調べ……?」
「俺も午前中行ってきたの。でも、俺いると邪魔になっちゃうから先に帰ってきた。明後日あたりにちょっとやばい怪魔と戦わなくちゃいけないし、その準備のためにね」
「……そう、なんですか……」
もっと深く聞かれるかなと思ったけど、アイニーちゃんはそこで話を切った。
「あー、ごめんね。お茶の用意しないで。よかったらその辺に掛けて」
「い、いえ……お構いなく……」
「いいから」と椅子を薦めた。
廃油を吸わせた布と焚き木を火口に放り込み、マッチを擦って薪焜炉に火をつける。鍋に水を入れて熱にかけた後、「そういえばラティロの作ったパウンドケーキが余ってるな」と思って、料理とかに使う雑用ナイフで切り分けて、皿に乗せた。
「……スロスさんって、怪魔ハンターなんですか?」
「んー? 違うよー? 俺はただの浮浪者。ツレの二人は怪魔ハンターだけど」
「その、やばい怪魔というのは、どのような怪魔なのですか?」
「俺ね、"死神"っていう変態怪魔に追われてるの。だから今は、逃げるための旅をしていてさ。そろそろあいつ来そうだから、神域で待ち伏せて叩き潰す予定」
シニガミのことを隠すつもりはない。
昔、保身のために黙っていたら、人をシニガミとの戦いに巻き込んでしまったことがあるからだ。話を聞かれたら、もしくはシニガミが現れそうな時期に行動を共にする人がいたら、ちゃんと事情は話すって。そう心に決めている。
出生や自分の能力のことは別のトラブルになりそうだから、積極的に言いふらさないけど。
「死神……?」
「そ。凶暴だし、危ないし、狩るのすっごい大変なの。俺たちが町に滞在するのも明日までかな」
「……? スロスさん、体調がよろしくないのですか?」
「んー? 俺は元気だよー♪ そう見える?」
「いえ! ごめんなさい……私の勘違いかもしれません……」
切ったパウンドケーキにジャムをどろんと乗せて、「はいどうぞー。これラティロが作ったんだよ」と、テーブルの前に腰を下ろすアイニーちゃんに差し出した。フォークも用意する。「ありがとうございます」と細い声で呟いたアイニーちゃんは、少し顔が赤い。
「……スロスさんは、強いですよね。怪魔から助けてくれた時も、かっこよくて……」
「ありがと♪ みんなそう言うんだよねー」
「死神……という怪魔との戦いも、頑張ってください」
「……」
「スロスさん?」
焜炉の前に戻り、まだ気泡も立っていない水を見つめながら、ぽつりと言葉を吐く。
「アイニーちゃんってさ。自分自身と話したことってある?」
「え?」
「自分と同じ顔をした、もう一人の自分が目の前にいてさ。ずーっと、俺を責めてくるの。何処にいても、何をしていても。記憶を辿って追いかけてくる」
「……?」
「でもそれは、他人のようにも感じて。脳みそ共有して使い方が違うだけって俺は思ってるんだけど、結局何なのか分からなくて。不思議なんだよね」
「……」
「それが俺の不運なの。オカルトチックかもしれないけど、相手は俺の分身のようなものだから、俺くらい強くって。戦う度に疲れちゃうんだよね」
「……」
「……アイニーちゃんもさ。そんなに自分を責めなくていいよ。周りのどんな辛辣な言葉より、責めてくる自分が一番怖いから。何事も、決めるのは結局、自分だからね」
人の振り見て我が振り直せ。やや説教くさいことを言ってしまったと思って、ふと明るい調子に切り替える。
「あ、シニガミ倒したら、補給のためにまた一日くらい町に泊まるよ♪ またすぐ出て行くけど。アイニーちゃんに会えなくなっちゃうから、何だか寂しいなー♪」
かたん、と椅子から立つ音がして、アイニーちゃんが俺の傍にやってきた。
「……あの、スロス、さん……」
「んー?」
「……私も、です。いつもお茶を作ってくれたスロスさんと、もうお話できなくなると思うと、寂しくて……」
「あらー? 嬉しいな♪ 俺を求めてるの?」
「だから! ……だから、も、もう一度だけ……できませんか?」
「え?」
「い、今、誰もいらっしゃらないのなら……私と、その……」
振り返る。アイニーちゃんは真っ赤な顔に意を決したような表情を浮かべて、そろそろとスカートをたくし上げた。
すらりとした生足と、ちらりと見える白い逆三角形のなだらかな角。そこはぼっそりと少し濡れているような……気がする。
「…………」
「もう一度、だけ……だめ……ですか?」
アイニーちゃんは恥ずかしそうに、ちらちらと俺を上目遣いで見ていた。
……まあ、うん。危険地帯でシたせいか、スリルびんびんだったからね。
どうやらこの子は、目覚めちゃったらしい。
従順そうに見えて、意外と危ない橋を渡りたくなるタイプか。まー、あんな旦那候補じゃ、半分しょうがない気もするけどね。ベッドでも乱暴なことしてそうだし。
「そう。俺の紳士的なテクに酔わされちゃったわけね?」
「……」
「……いいよー。おいで♪」
軽く腕を広げる。アイニーちゃんは少し躊躇いがちに、ゆっくりと俺の胸の中に入ってきた。
二度目となると、俺も色々危ないけど。しょうがないよね! 女の子の頼みを無下にはできないし?
アイニーちゃんの頭を片方の手の平で包んで、舌を絡める口づけを交わした。そしてアイニーちゃんを椅子に掴ませて、後ろから抱えるような体勢になる。するすると俺の手を、白い太腿に登らせていく。
「……。ごめん、俺ちょっと余裕ないから、この前より激しくなるかも。大丈夫?」
「……はい」
自分の体が重い。でも、アイニーちゃんが俺に夢を見てるなら、させてあげたいからさ。可哀想だしね♪
「……っ、あっ……!」
「もしダメそうだったら言って? 我慢しないで」
貪るように女を食らい、俺自身も溺れた。
あー。これ、いい……♪ そろそろあの二人が帰ってくるんじゃないかっていう緊張感が、また気持ちいー。
アイニーちゃんも背徳心からか、あんあんとエロく狂った。
折角だし? サービスでたっぷり楽しませてあげました♪♪♪
シリアスな展開になってきました。
死神戦まであと少し。
ここから面白くなっていきますよ!
次回。さらに明かされていく、スロスと死神の関係性です。




