ⅩⅡ 入町
ハンター共が本性を現す回。
予定通り俺たちは神域を抜け、ツェフェリ町にお昼頃到着。アイニーちゃんをご両親のお家に送った。
……そこに、アーロガンっていう例のDV彼氏もいたんだけど。
ギガス族の血を引くアーロガンは、四メートル以上はある大男だった。ついでに横幅も三メートルくらいあった。
あれ? 職業、騎士なんだよね? 剣士より怪力格闘家に見えるんだけど。馬乗れるのかな?
「この馬鹿女!! 俺がどれだけ心配したと思ってんだ!!」
「ごめんなさい、アーロガン……」
「神域に踏み入ったって? 遠出するにも限度があるだろ!! お前の両親も『娘が見つからない』って、一日中半泣きだったんだぞ!! お前の勝手な行動が、周りの色んな人に迷惑かけたって自覚してるのか!? おい!!?」
「……」
「おい!!!」
アイニーちゃんは静かに俯いた。アーロガンは「全く。相変わらず自己中すぎる女だな」と、悪態混じりのため息をつく。
「……ああ、失敬。お見苦しいところを見せました」
アーロガンは俺たちの存在を思い出して、「がはははは!」と照れたように笑う。
「いや、何はともかく。彼女の危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました」
「わたしたちは通りすがりの旅人なので、助けたのもたまたまですよ」とラティロが答える。
「いやいや、命の恩人なのですから、是非大きなお礼をさせてください。旅人さんなら、物資にお困りでしょう? 金品を直接授けるわけにはいかないから……ああ、そうだ。旅に必要なものを全て破格に割り引くなんてどうですかな?」
「構わないか? 義父さん?」とアーロガンが傍にいたアイニーちゃんのお父さんらしき人に話を振り、
「ええ、ええ。もちろんです! 娘を助けていただいたのですから。私の商会のものは全て半額以下でお譲りしますよ」と、是非是非と言わんばかりの答えを得た。
「とてもありがたいです。こちらこそ、ありがとうございます」
満場一致と言わんばかりに皆、和やかな笑顔が浮かんだ……アイニーちゃん以外は。
さっきから褐色の瞳がちらちらと俺を見ている。俺は励ますように、にっこり笑った。
"割引書"と書かれた商会長のサイン入り羊皮紙をもらって、外に出てから、
「肝が冷えたよ」
と、ラティロが本音を口にした。
「ツェフェリ町の大商会の娘で貴族騎士のお嫁さんになる子に手を出す何処かの馬鹿がいなければ、こんなに緊張しないで済んだのにさ」
「まー、黙ってればわかんないでしょ。たぶん。俺も種つけだけはしないように気をつけたし? それにさ、あの騎士様の棍棒じゃ、『ちょっとアソコが広くなったような』……とか考えるのあり得ないと思う♪」
「お前は人に話を任せて何処見てたんだよ!? わたしもちょっと気になってはいたけれど! 人族の体に入るのかな、あれ……」
「牛と猫くらい体格差あったからなァ、あの夫婦もどき」
気を使うべき相手がいなくなったからか、二人もシモの話題を口にするようになる。
「……さてと。割引券ももらえたし、折角だから豪勢な食事でも作って、疲れを癒したいな」
「え、ラティロ、作るの? 大変じゃない?」
「作って食べるのが好きだからいいの。わたしはもうこのあたりの定番グルメは知り尽くしてるから、今日は自分の好きなものを作ってがっつり食べたい」
料理好きっていうのもまた、ラティロを男らしさから遠ざけていると思う。
「二人が外食したいと言うなら別だけど」
「ラティロに任せる♪」
「あんまご当地の食いもんに興味ねェから、うまいもんたらふく食えるなら何でもいい」
「オッケー、決まり!」
ツェフェリ町の定番料理と言えば、丸焼き肉と料理のボリュームだ。頭つきの丸焼きはタレにこだわるところもあって美味しいけど、ギガス族の料理は珍しさより『そのまんま切らずに』の豪快さが売りみたいなものだ。何処かで一回試すと満足してしまう。少なくとも俺はね。特産グルメってそういうものじゃないかな?
けど、今日はラティロに任せて自炊した方が食費も浮きそうだ。しかも材料が半額以下で手に入るし。
俺たちはキッチン設備が充実しているという素泊まりの宿にチェックインして、荷物を置いてから買い出しに向かった。辿り着くまで道に迷うことはなかった。ラティロが頻繁に使ってる宿らしい。
割引の紙は一枚しかないから、野郎三人でまとまり、とことこと露店を巡る。
羊皮紙に押された判子と同じマークを掲げる店で「これが目に入らぬか!」と言わんばかりに割引券を見せつけると、面白いくらい店員に頭を下げられた。
ちょうどいい機会だから、使い古しの道具も新調した。
リュックサック、ランプの油、毛布、革のグローブ、外套、櫛、酒袋、鍋、下着、歯ブラシ、マッチ、火打石、裁縫用の糸、防水テント、すり鉢、包帯、常備薬、屑紙、包帯、干し飴、剃刀、革の腹当て、小ナイフ、クロスボウの矢、槍の血止め布、ロープ、小さく畳める麻袋、木の串、枯れた枝豆、赤い水茄子の乾物、キノコを何種類か、蜂蜜、酢、麦酒、ラム酒、鹿肉の燻製、人参、キャベツ、リーキ、豚油、丸々とした鶏、沼こぶ芋、米、麦飯、束ねたハーブ、種々のスパイス、クレソン、生いちじく、オレンジ、アーモンドミルク、ナッツの瓶詰め、小麦粉、卵、砂糖、塩、いちごジャム。高級ワインも買った。
うーん。金欠パーティとは思えないほどの大出費。マイフはアクセサリーも買ってた。「こういうピアス欲しかったんだよなァ」と、ご満悦だ。
「いつもなら四ゼリカする薬も一ゼリカ。買い占めて隣町に売ったら稼げそうだ」
「その手いいね♪ ラティロも食材すごい買ってるけど、何作るの?」
「調味料を一から作って、わたしの好きなキノコ汁にしようと思ってさ」
「何のキノコ汁?」
「チチ茸」
「何そのエロい名前のキノコ」
「傷つけると白い分泌液が出るから、チチ茸と言うんだ。わたしの故郷ではよく食べるのだけれどね。煮込むとうまい出汁が出るんだよ。油とも相性がいいから、豚油を贅沢に使って揚げ物も作ろう」
「白は清純を示すっていうけどさ♪ エロい物体ってだいたい白くない?」
「確かにね。純白に性的な魅力を感じるのは美の中の醜悪というギャップ萌えなのかもしれないし、自らの手で汚れをつけたいという独占欲や嗜虐心もあるのだろう。もしくは白い色が本能的に性欲を引き起こすという理由も考えられ……って、あのさ。お前の頭にはそれしかないのか?」
さて、本日の夕食の献立。
ハーブ入りフライドライス、チチ茸のミソ風味汁、オレンジアーモンドミルクソースかクレソンソースで食べる鳥とリーキとキノコのスパイス揚げ串、ナッツのパウンドケーキいちごジャムを添えて。
野菜がたっぷり詰まったミソ風味のキノコスープは最高にうまかった。ミソやショウユって、一部の国でしか手に入らない調味料だからね。臭いにクセがあるけど俺は好き。幻の味を再現するラティロの料理スキルには脱帽だ。
さて、どの材料で、どうやってミソ風味スープを作ったのでしょうかね。
次回、またアイニーちゃんが登場します。
彼女も覚醒します。




