ⅠⅩ_誘惑
スロスが本領発揮。
「そういえばアイニーちゃん、どうして一人で神域なんかに来たの? 怪魔に連れ去られたりでもしたら、親御さん悲しませちゃうのにさ♪」
「……」
アイニーちゃんはふとお茶を飲む動きを止める。
「……まあ、事情は色々だろうし? 言いたくないなら聞かないけど」
自殺目的じゃないかな。
と、何となく思った。
そういう人たまにいるんだよね。怪魔に嬲り殺されよう、もうどうにでもなれって。自暴自棄になっちゃう人。
実際、怪魔の中には自ら命を絶つように、あるいは殺戮を仄めかしてくるものもいる。
なんか、この子ちょっと箱入り娘っぽいし、見た目がいいし。何かと町で苦労することが多いんじゃないかな?
容姿端麗の人って、他の人に理解してもらえない気持ちを持っていることがあるからね。
「もしあれだったらさ♪ 俺たちは通りすがりの旅人だから、悩みとか聞くよ? 町で言いふらしたりしないで、すぐ遠くに行っちゃう存在だし♪」
「……」
ちらりと、褐色の瞳が俺を見上げる。やがてその視線はカップの中に落ちた。
「……。私、本当は死ぬつもりだったんです……」
あー。やっぱりか。
「……私、これでも大商人の娘で。だから小さい頃から婚約先が決まっていて、今はその相手の人と、同棲しているんです……」
ぽつぽつと身の上を零す柔らかそうな唇に、俺は「うんうん」と頷きながら耳を傾ける。
「……相手の人は、国家騎士で……それも、爵位を得ている名家の子息なんです……」
「へえ♪ 貴族騎士の人と結婚するの? 女の子なら憧れそうな条件だけど」
「……普通の人はそうかもしれませんね。でも、現実は夢ばかりではないですから。嫁ぎ先は決して悪くないですし、お金にも絶対に困らないのですけど……私と縁を結ぶ相手が、その……不安になるような人で」
「どういう不安?」
「……スロスさんはご存知かわかりませんが……ツェフェリ町にはギガス族の末裔が多く住んでいます。私の将来の旦那様も、ギガス族の血を引いているんです」
ギガス族っていうのは、平均身長三メートル超えの巨人だ。カラリ町でもちらほら見かけた。
丸いクッキーを四つにぱきぱき折って、紐を通して円状に並べたようなこの大陸――サックァード大陸には、多種多様な民族が混ざって暮らしている。
この大陸における南の地方は元々ギガス族がたくさん住んでいて、人族との混血も多い。
ちなみに、ラティロのようなエルフの血を引く民族は、北東の国で多く見られる。
今時じゃ、純血の民族っていうのが少ないかもね。サックァード大陸から離れたところだと、人族ゼロの国なんてのもあるんだけどさ。
「彼は……名前はアーロガンと言うのですが……ギガス族の血が濃いせいか、少し気が短い人で、あまり私の話を聞き入れてくれないのです。思い込みが強いところもあって、いつも強引で……この人と結婚したら私はどうなるのだろうって、ずっと悩んでいました。でも、商売の上で大事な婚約だから、両親には相談できなくて……もう、どうしたらいいか、わからなくなって……」
「そっかー。両親に相談できないってのはきついよね」
つまり、モラハラ彼氏に嫌気がさしたと。
なるほど、なるほど。
「でもまだ結婚したわけじゃないんでしょ? いい人見つけて駆け落ちしちゃえば?」
「そんなことできません! 育ての両親を裏切るわけにはいかないんです」
「育ての両親?」妙に引っかかる言い回しだ。
アイニーちゃんは言ってはいけないことを話した、というようにはっと口を押さえて、静かに続きを語り出す。
「……私、養子なんです。本当の両親の顔はぼんやりとしか覚えていません……子に恵まれなかったお父様とお母様は、私を買って、アーロガンに嫁入りさせるために育てました」
「え? そのためだけに?」
「いえ、でも。お父様とお母様は優しい人です。私への愛情は間違いなくありましたから。アーロガンも、悪い人というわけではなくて……悪い人ではないとわかってはいるんです。でも、何だか、耐えられなくなって……」
「……」
「今思うと、自分を殺そうとするのは両親を裏切る行為ですよね。アーロガンのことも。気の迷いでここに飛び込んでしまったことは反省しています。スロスさんたちに助けてもらえて、私は本当に運がよかったのかもしれません」
運、か。
本人の運なのか、他人の運なのか。
「帰ったら、アーロガンすごく怒るかも……しばらく外出禁止にされるのかな……」
「それ監禁じゃん」典型的な束縛男だ。
暴力振るうまではいってなさそうだけど、自由を制限するのはすでにDVだ。死ぬことを選ぶくらいなら、信頼している両親に泣きついた方がいいと思うけど。本人にとっては、養子という立場もあって難しいことなんだろうけどさ。
「ひっどい彼氏だねー。アイニーちゃん可愛いから、支配したくなる気持ちはわかるけど。女の子は繊細なんだから、丁寧に扱わないと♪」
何気なくアイニーちゃんの手に触れた。褐色の瞳と視線が合ったから、すっと色目を使う。
「アイニーちゃんはご両親思いで、すっごくいい子なんだなって思った。こんな子をお嫁さんにできるなんて、アーロガンって人が羨ましいなー♪」
「……」
「婚約は確定してるんだよね? てことはたぶん、彼氏さんはアイニーちゃんが近すぎて、その良さが当たり前になっているんだよ。アイニーちゃんがどれだけすごいことをしているか気づいていないんだ。君がここに来てしまったのは、不幸を吸い取りすぎて、捨てたくなったからだよ、きっと。『自分が裏切ってはいけない』『自分が我慢しなくてはいけない』って。周りの幸せになれない要素を全部引き受けちゃったから。自分の体を使ってさ」
「……」
「"相思相愛"は、愛より思いが先だよね♪ 愛は脆くて崩れやすいから。人を長く愛するにはまず心が大事。俺だったら、もっと優しくしたくなるのにー♪」
戸惑い気味のアイニーちゃんを何気なく抱き寄せて、恋に誘う。
「あ、あの……?」
「こんな恐ろしい場所に入ってしまったのも、実は運命だったのかもよ? 俺、アイニーちゃんに一目惚れしちゃったから♪」
俺の恋愛持論。
自殺を引き止めたければ、セックスに誘え。
関係は寂しさを埋める。肉体は快楽を生む。だから人は、セックスをすると生きたいと感じるという。何処かで聞いた話だ。
まあ、これ思いっきり不倫(まだ結婚してないからギリ浮気)だが。流れ者の俺相手なら、跡がつかない。
まー、人助けだと思えば?
これくらいの汚れは……ね♪
こんなことラティロたちに言ったら、「死ねよ下衆」って反応されるだろうけど。
……仮にアイニーちゃんの心に何かが芽生えても。俺は誰の元にも止まらない。
信念とかそういうわけじゃなくって、同じ人と延々と一緒に過ごすのがあんまりうまくできないというか。もっと歳をとったら、気が変わるのかもしれないけど。
ふと、最後に口説いた女のことが脳裏にちらつく。十五年前と最近に、二回も惚れた俺の女神。
今までも、何人もの女に恋をして、何人もの女を落としてきた。他に女いるのがバレてぶん殴られたこともあるし、泣かれて引き留められたこともある。
俺自身、自分が遊び人だと思ってるけど……本気になったことだって、何度もある。
なのに、いつもだ。
俺は、愛しいはずの一人を選ばない。
ハーレム主義でもないし、自分の気持ちに嘘をついたつもりはない。会いたくないわけでも、嫌いになったわけでも、飽きたわけでもないんだけど。何でだろ?
「……? スロス、さん……?」
アイニーちゃんのか細い声で、ふと我に返る。暗くなっていく胸の中の霞を追い出し、「何でもない♪」と、アイニーちゃんにそっと顔を近づけた。
「……っ、ふあ……?」
優しくつけた唇に、アイニーちゃんは蕩けたような声を出す。
それを連続で繰り返すと、「はん……ふわっ……!」とアイニーちゃんは軽やかに喉を鳴らして、やがては俺の深いキスまで受け入れた。
「……どう?」
酔っ払ったように顔をぽーっと赤くするアイニーちゃんは、少し嬉しそうにふふっと細い息を漏らす。
「……不思議な気分……ふわふわして、気持ちよくて……」
「もっとしたい?」
「……」
返事を待たずにまた口づけをした。するすると俺の腕を柔らかい体に回し、尻や胸にも触れたが、嫌がられる様子はない。
……よし! いける!
そう直感した俺は、アイニーちゃんを草陰へジェントルメンに誘導し、「俺に任せてくれる?」と遠い言い回しで関係に誘う。
暗い世界の中で互いの服をはだけさせ、熱を感じ合った。
……おー、いいねー♪♪♪
若いから、肌に弾力があってさ♪
おっぱいは俺の手の平にジャストサーイズ♪
アイニーちゃんはというと、「あん……スロスさん……スロスさぁん……!」と、俺の名前を甘い声で呼んでいる。
男のパーティの中に可愛い女の子一人。
……過ちが起きないわけないよな!
スロスは旅先のあちこちに愛人がいます。
メルーさんの読みは正しかったのです。
次回。えげつないお仕置きが待ってます。




