Ⅱ 回想
男をぶん殴り、服装を整えて。
冷静になったところで、昨日の出来事を振り返った。
私は正教師様のご命令で、リーズェ、エルマーと共に怪魔の討伐に向かったのだ。
今回の標的はサキュバス。男を誑かして淫行に誘う、非常に悪どい敵だ。
私たちはあっさり怪魔共を叩きのめし、清々しい気分で街に戻ってきた。そして、景気付けに酒場に寄ったのだ。
たまたま、昨日の月は綺麗な丸型。教会の戒律で、満月は慈悲の日。酒盛りや多少の欲を出しても許される、特別な夜だった。
ハメを外しすぎない程度に、体に酒を入れた。
……だが、お調子者のリーズェが酒場の客と賭博を始めて、金を擦ってしまったらしい。
欲が許される日とはいえ、無一文になるほど賭け事に没頭するなど。
「天神フェリス様がお前の行いを見て罰を与えたのだ! 恥を知れ!」
と、リーズェに説教を落とした後、リーズェの相手をしていた男から賭けに誘われた。
「賭け金は返してもいいよ。ただし、お姉さんが俺と勝負して勝ったらね♪」
顔を赤らめた黒髪黒眼の男は、軽い口調で私を手招きしたが。
「金を使ったのはリーズェ自身だ。私が取り返す義理はない」
「じゃー酒呑み勝負しよ」
「話が聞こえているのか? お前の相手はしない」
「んー? じゃーそこの女の子がお持ち帰りってことになるんだけど」
お持ち帰り?
ふとリーズェを見ると、唇を震わせて顔を青くしていた。
「……リーズェ、まさか。自分自身を賭けたのか?」
「『お金なくなったらお嬢ちゃんを頂戴』って言ったら、乗ってくれたよ」
なんてことだ、このど阿呆め……。
リーズェが自分でやったことだ。全ては自己責任。かばう義理はないのだが。
このいかにも遊び人と言わんばかりの、無骨な男に連れていかれるとなれば、話は別だ。
「……酒呑み勝負なら受けよう。私が勝てばリーズェを返せ。金はどうでもいい」
「よっしゃ♪」
「メルゼルタ様……」と涙目でリーズェが何かを言おうとしたが、睨みつけて黙らせた。
ここで勝負に乗ったのは訳がある。
私たち、"フェリス教会"に所属する聖騎士は、厳しい戒律の下で生活している。
その中に、「一騎打ちには正々堂々と立ち向かい、敗北を辞さない」という掟があるのだが。剣技の勝敗だけでなく、あらゆる勝負事……つまりは賭け事の類いも、この戒律の縛りに含まれるのだ。
リーズェは自分自身を賭けて勝負事に乗り、負けた。駄々を捏ねて泣き言をほざけば、「敗北を辞さない」という教会の戒律に背くことになる。
負けたら負けたと素直に認める。それは人としての誠実さを保つため。また、あらゆるトラブルを防ぐためのものだ。
なのに、この馬鹿は……。
さすがに、賭ける物にも限度がある。リーズェの気が高ぶると流されてしまう性格は、怒りを通り越して呆れしかない。
純潔は聖騎士の絶対条件だ。
それを失うことがあれば、リーズェは聖騎士から降ろされる。
私は自制しているが、これでも酒には強い。逆に、賭け事には疎い。勝算があるのは酒呑み勝負の方だった。
「じゃー、俺が勝ったら、お姉さんが代わりに来てよ」
男は酒を煽って、濡れた唇をぺろりと舐めた。
「お嬢ちゃんもいいけど、俺はお姉さんの方が好みだからさ」
「聖騎士は娼婦ではない。私が賭けるのは金品だ。手持ちを全て出そう」
「……えー……」
男は渋り、唇を尖らせた。
「お姉さんがいいー」
「戯けるな」
「じゃーやっぱり、そこのお嬢ちゃんでいいよ」
「……っ、待て、もう少し別のものを」
「金はもう十分。俺が欲しいのは女なの」
「(この下衆が……!)」
説得しようにも話がはぐらかされ、埒があかない。諦めて勝負に乗ることにした。