ⅩⅤ 運命
……こいつは。
突然消えたと思えば、いきなり現れるとは。
まずは言いたいことがある。
「……スロス」
「んー?」
「一年前にお礼を言っていなかった。ありがとう」
「んー♪」
スロスはへらへらとした笑いを浮かべ、また口説き文句のようなものを並べ始める。
「じゃー、お礼に、俺とデートして?」
「は?」
「女日照り長くてさ。またメルーちゃんとお酒飲みたいし」
「……」
「今日だよね? 満月の日」
「……そうだな」
彼は、不思議な男だ。疑問ばかりが頭に浮かぶ。
遊び人の風体ながら、一人でオークの集団を撃破し、私を背負いながら、怪魔の跋扈する森を抜けた。元々何処かの優秀な戦士なのか?
それに、私に持たせたという運のこと。
運ばれながら意識を手放してしまったために聞きそびれてしまったが、あれは何なのだ? 怪魔の術を使える人は世の中にいるが、「運」を与える? という類は聞いたことがない。
やることなすことが、浮世離れしている。
「スロス」
「んー?」
「お前は何者なんだ? 私に幸運を授けたのは本当か?」
「……」
スロスに、私が町に帰ってきてからのことを話した。
純潔を失ったにも関わらず、聖騎士である身を許されたこと。辞職をしたこと。今は義勇騎士として雇われていることも。
……聖騎士は純潔が絶対条件だ。だが、そうでなくても、教会で剣を持って働くことはできる。
それが"義勇騎士"。つまりは、婚姻で退職した者や、実力の高い剣士を教会に呼び込むためのものだ。
聖騎士ほど給与は高くなく、身分も低い。
それでも、経験豊富な剣技を生かして聖騎士のサポーターとなり、聖騎士に剣を教えたり、戦闘のフォローをしたりする、重要な役職でもある。
私の所属する義勇騎士は、待遇も悪くない。皆も歓迎してくれた。
だが、義勇騎士は義勇騎士。
聖騎士とは違う。
「本当に俺のおかげだと思ってるの? 幸運を与えるなんて、こんなやってもやらなくて変わらなさそうな、地味な能力なのにさ」
そして、スロスも己の正体を語った。
「……神の……なりそこない?」
「そ。だからこんな力持ってるの。まー、俺は少し特殊な生まれってだけで、ほとんど"人族"だけどね。食わなきゃ死ぬし寝ないと死ぬし大怪我しても死ぬ。力も人並み。ついでにバナナが大っ嫌い」
「……」
「別に珍しくないよ? 神様になれなくて、人の暮らししてる奴なんてごまんといる。ある意味売れない芸術家みたいなものだから。むしろ、持っている能力が雑魚すぎて普通の人より劣ってることもあるし? 俺の力も自爆型のクソだから、あんまり使わないようにしてるんだけど」
「……一つ聞いていいか?」
「んー?」
「お前の言うことが本当なら、天神フェリス様も世の中に存在するのか?」
「あららー? 神様に仕える人が疑惑持ってるんだ?」
「ち、違う! お前の話に現実味がないだけだ。偽りを語ったならば殴るぞ」
「……。はは。さーてね? どうだろう?」
「は?」
「いるのかもしれないし、いないのかもしれないし。俺は直接目で見たわけじゃないから、『知らない』ってことにしとく。自信を持って伝えるのは不可能かな」
「……だが、スロスは……少しはフェリス様と関わりがあるということだな?」
「元"神様候補"という意味ではね」
「……」
「別に信じなくていいよ、こんな話。俺にとっては黒歴史だし。能力のこと忘れてのんびり生きてる方が、ずっと気楽でいいからさ」
……天神フェリス様。ありがとうございます。
やはりこの男は、あなたからの遣いだったのですね。
「すまなかった、スロス」
「んー?」
「私は結局、お前をくれた幸運を無下にした。償いはとる。デートでも何でも……付き合おう」
「償われるようなことじゃないけどね。俺が勝手に能力使っただけだし」
「た、例え……お……」
「?」
「……おっぱいを触りたいと言っても、少しなら、今日は許してやる……」
「あ、ホントに?」
ガバッとの私の乳房が褐色の手のひらに包まれ、思わず「きゃんっ!」と犬のような声をあげた。
「ば……夜だけだ! 昼間は……っ」
「月は出てるよ?」
「仕事中だ! さっさと離れろ!!」
無理矢理引き剥がして距離を取る。許可を出せばすぐ飛びつくか……しかも人通りのある場所で……相変わらず、淫楽に溺れた奴だ。
スロスはにまりと笑って、目を細める。
「メルーちゃん、相変わらず男慣れしてないね。そんな誘い方しちゃだめだよ?」
「……?」
「女日照り長いって言ったじゃん。もしお酒入った状態でメルーちゃんと二人きりになったら、おっぱい触るだけじゃ済まないよ? 押し倒して脱がせてちゅーちゅーぺろぺろしてねばねばぐちょぐちょの大変なことになっちゃうからさ」
「……っ!」
嫌なものを思い出す。
「メルーちゃんにはきついでしょ? だから今のうちにもみもみさせてくれた方が、俺も理性ふっ飛ばなくて済む♪」
「下衆め」
「だって異性として好きだから。結婚してください♪」
「相変わらずノリが軽いな! しかも何故プロポーズまで飛躍する!」
「一生大事にするよ」
「信用ならん!!」
結婚はない。絶対にない。
定職も持たない、流れ者の遊び人。この男の適当すぎる態度は、人の亭主でいられるものとは思えない。
結婚はただの口説き文句で、本気ではないだろう。本気だとしてもお断りだ、こんな軽い男。
「……それに……私はすでに怪魔に汚された身だ……」
だが。
天神フェリス様は堕ちた私を許してくださった。スロスを通じて。
そう思うのは傲慢だろうか?
……もしこの男が現れなければ。
私は絶望から全てを失って、教会に戻ることもなかったかもしれない。
「……♪」
「何をにやにやしている」
「いやー? メルーちゃんは信心深いね」
「当然だ。私の家は代々フェリス教徒だぞ」
「俺が信じるのは君のような女神だけ」
……こいつ。神様候補だったという割に、不信者だな。
いや。神に近しい存在であれば、フェリス様に反逆する火種になることもありえるのか?
何だか、フェリス様からの遣いという認識が危うくなってきた……。
私はこの男に身を捧げるべきなのか?
それとも、フェリス様が私の信心を確かめるために送り込んだのか?
「……メルゼルタ」
スロスに正面からがばりと抱きつかれて、「ちゅー」と、顔の前でタコのように口を伸ばされた。
「な……何をするか!!」
ガンとみぞおちに拳を送り込むと、「ぎゃ―――!!」と鳴いて、スロスは地面に額を着けてうずくまった。
……はっ。そうか。後者だ。
いや、後者に間違いない。
彼と枕を共にしたのは、あの試練の前兆だったのだ。
オークに囚われ、地獄を見たが。私はおそらく、フェリス様が与えられた試練を乗り越えた。
だからフェリス様は、この男を通じて私を救い、再会も果たさせてくださった。
……スロスは私の運命の相手だ。
私の信心を試すためか、あるいは人を慈しむ心を試すためか。そう考えれば納得がいく。
つまり。
この男の煩わしい求婚もまた試練の一環であり、何か乗り越えなければならない人生の壁なのだ。
し、しかし……どうすればいいのだ?
命までかけてくれた恩人を突き放すわけにはいかない。慈しみに欠けてしまう。
かといって、過剰な求婚を受けるわけにもいかない。貞操観念を見定められるのであれば、安易にこの選択を受けるのは間違いだ。
……なんと難しい課題なのか……。
「……メルーちゃん、すごいとこ打ってきたね……立てないよ……ふぐぅ……」
天神フェリス様。
この男とは、いずれの形でも向き合っていかなくてはならないのですね。
あなたに課された試練を、私は甘んじて受けましょう。
episode1、これにて終了です。
こちらは序章であるため、次回からが本編になります。タグにもあるようにヒロイン交代制なので、別ヒロインが登場します。
次回はepisode2。バトル展開もあります。ようやく大量の変態たちが動き出すので、お気をつけて、お楽しみください。
作者都合により、明日は16時投稿です。




