織姫さん、彦星さんに会えておおよろこび の巻
「ああ、一年にいちどのハレの日が……」
雨でケの日に早変わり。落ち込んでいる織姫さん。
「天の河は、ヘラ女神のミルクと聞きます。神聖な女神さまのミルクをあふれさせるなんて、どこのどいつの仕業かしら。きっと、ヘラクレスよ。あいつが悪いのよ」
そういって唾を吐きかけたのは、ペルセウス座の方角。こりゃとばっちり。
「まったくもう、こんな荒れ模様じゃ、渡し守カロンも大変でしょうね」
どうやら冥府の河ステュクスと混同しているもよう。
そんな織姫さんのもとに、ペラッペラの紙が。
「あら、電報だわ」
―― イマカラ アイニイク ヒコボシ
「火零し? ……あ、違うっ、彦星だわっ」
喜ぶ織姫さん。わかりやすい御仁だ。
「もう、火零しって、お膝にロウソクのロウが垂れたのかと思って心配しちゃったじゃない」
どうしてそうなる。
「んもう、かわいい人っ」
わからない御仁だ。
「でも、どうやって? まさか、泳いでくるんじゃないでしょうね」
まさか。
「天の河って、ダーダネルス海峡よりも幅があるのよ」
そりゃ当たり前。
「土左衛門になって打ちあがってくるのが関の山だわ」
やめなさい、その言い方。
「せめて、石川……いいえ、星川五右衛門になってほしいものだわ」
もはや意味不明。大丈夫だろうか、織姫さん。
「河より釜のほうがマシよ、きっと」
死に方のことか、っておい。
***
織姫さんが窓をあけると、そこには大荒れの天の河。
と、その星の流れのなかに、一条の別の光が……
―― ポッポポポーッ……。
「あれは……」
河の底を走るのは、黒い機関車と茶色い客車。
―― ポッポッポポーッ……。
機関車はもくもくと、黒い煙を吐きだして、
「ミルクの河が、ゴマドーフ色になったわ」
感動する織姫さん。ペルセウス座もニコニコして、ドーンと花火を上げる。お人好しかっ。
―― ポポッポポポポーッ……、ポッポポポポポポポーッ……!
荒波をかき分け、汽笛の音も大きく、少しばかり感情的になって……
―― キキーッ、しゅっしゅっしゅ、プシュウォーっ。
織姫さんのお庭の花壇の前に、機関車はとまりました。
そして……、
「待たせたな、織姫。俺が通ってきたのは、『ほしのあいだ』と書いて、星間トンネルだ」
「もしかして……」
「そしてこれは、一年中そのトンネルを掘りつづけた、精悍なるオトコの顔だ」
「……私のために? ねえ、彦星っ」
「精悍なる……」
「まあ、かわいい人っ」
ここで彦星さん、咳払いをひとつ。気持ちを入れ替えて……賢明な判断です。
「……とにかくこれからは、雨が降ろうと槍が降ろうと、この河底横断鉄道があれば、俺たちはかならず、年にいっぺん会うことができるんだ」
「年にいっぺんといわず、毎日会えるわ」
「いや、それは無理だ」
「どうして? まさか、浮気?」
よく平然と訊ける。
「それが俺たちの掟だからさ。文句なら、あいつにでも言いな」
「くそう、ヘラクレス座衛門めっ」
だからそれはペルセウス座。とばっちり。というかヘラクレスも関係ないし。
って、ニコニコするな、お人好し。
「じゃあ、いつものように、ティータイムといこうか」
「そうね。彦星はミルクたっぷりで」
「いや、ストレートで……」
「んもう、かわいい人っ」
……このふたり、一年にいちどの逢瀬が、案外ちょうどいいかもしれない。
てなわけで、天の河とネンイチ逢瀬の掟は、ふたりの関係を、末永く、つないでいく……ので、あった……。
(おしまい)