7話 霊装騎士の力①
「すみません、迷宮区までお願いしたいのですが……」
「ありゃ、Eランクのタグってことは新人君っすね? 冒険者を目指すには、ずいぶん可愛らしいっすね〜!」
ギルドを後にしたレム。
彼は近くにある水路の前までやってきた。
ここはゴンドラ乗り場。
迷宮都市の領内は広大だ。
観光客以外に、領民も移動する際にゴンドラを使うことが多い。
そんなゴンドラを、冒険者の証であるタグを提示することで、冒険者たちは無料で利用することが出来るということを、受付嬢のネネットからレムは聞いた。
なのでさっそく利用してみることにしたのだ。
ゴンドラの上から、オールを持ったボーイッシュな少女が、珍しそうな表情でレムに応える。
たしかに、冒険者になるのに年齢制限はない。
だが、レムの見た目は実年齢より幼く見える上に、まるで少女のような顔をしている。
船頭の彼女から見て、レムが冒険者を目指すようなヤンチャな子どもには見えないのだ。
「冒険者に見た目は関係ありません。それとも他に何か問題がありますか?」
「いんや、ないっす! あまりに可愛かったもんだからちょっと気になっただけっす! お客さんもいないみたいだし、出発するっす!」
「お願いします」
船頭の少女に言われ、レムはゴンドラに乗り込む。
ゴンドラからの景色もまた、目を奪われるほどに美しかったが、レムの孤独を求める心を癒すには至らなかった。
◆
「なるほど、こういうタイプの迷宮か……」
迷宮の中に足を踏みれたレムが小さく声を漏らす。
迷宮の外には騎士が数人立ち、警備をしていた。
万一モンスターの氾濫が起きた時に、都市に被害が出るのを遅らせる処置がされているのだ。
そんな迷宮内部に入ってみると、中は肌寒く岩肌がどこまでも続くという比較的オーソドックスな迷宮だった。
迷宮には森林型や火山型、遺跡型など様々なものが存在する。
森林型は虫対策が必要だし、火山型は熱さ対策、遺跡型はトラップ対策などが必要となる場合がある。
アイテムボックスの外套を持つレムは、それらの対策となり得るアイテムを複数所持しているが、この都市の迷宮にはそれも必要なさそうだ。
もっとも、それらが必要であれば受付嬢のネネットから注意が促されているはずだから、それは当然である。
カツカツと……ブーツを踏み鳴らし迷宮の奥へと歩みを進めるレム。
そんな彼の前に――
『グギャッ!!』
耳障りな声とともに、一体の異形が現れた。
その者の名はゴブリン。
受付で形だけとはいえ、ネネットから受けたクエストの討伐対象モンスターだ。
緑の肌に、レムの胸辺りまでの大きさをした小鬼型のモンスターである。
ランクは最下級のEランク。
モンスターは一部の特例を除き冒険者同様に、大きく六つのランク分けがされている。
Eランク=武装をすれば一般人でも倒せるモンスター。
Dランク=戦闘に覚えのあるものでなければ倒せないモンスター。
Cランク=武装した成人が複数人で挑み、初めて討伐可能。単騎で挑む場合はベテランでなければ討伐は難しい。
Bランク=小さな村であれば滅ぼしてしまえるモンスター。挑む場合は強力なスキルを持った者が必要となる。
Aランク=大都市をも滅ぼす事がある上位のモンスター。例外はあるが、討伐には一流の戦闘技術・スキルを持つ者が複数人必要。
Sランク=国家を滅ぼしかねない戦闘力を持ったモンスター。国家戦力をもって対応するべし。単騎で対応できるのは勇者や英雄と呼ばれる特別な力を持つ者や、それに準ずる力を持った者のみ。
以上の六ランクだ。
『ギギッ!』
レムを見ると、ゴブリンは興奮した様子で声を上げる。
目は血走り、息が荒い。
その様子を見て、レムは内心 (うわぁ……)とため息を吐く。
ゴブリンのその挙動は、性的な興奮を覚えた証だ。
この個体がメスだったのか、あるいは愛らしいレムを見て女だと勘違いしたのかは分からない。
どちらにせよ気分のいいものではない。
ゴブリンは〝異種交配〟が可能なモンスターだ。
つまり、レムを抵抗できなくなるまで痛めつけ、動けなくなったところで繁殖活動に及ぼうとしているわけである。
「来い、《霊剛鬼剣》……ッ!」
こちらに向かって駆けてくるゴブリンを前に、レムは静かに――しかし力強く言葉を紡ぐ。
すると、彼の右手の周りの空間が歪み始めたではないか。
歪みは黒紫に色づき、やがて巨大な形を成す。
レムの右手の中に現れたそれは、名を《霊剛鬼剣》という。
霊装騎士の力で生み出したアンデッドの特性を持つ〝魔剣〟だ。
『グギャギャギャギャッ!!』
レムの《霊剛鬼剣》を見て、一瞬驚いた表情を浮かべたゴブリンであったが、次の瞬間には心底おかしいといった様子で笑い出した。
おそらく……「なんて馬鹿なやつだ。その細い腕で、そんな重そうな武器を振るえるものか!」……といったところだろうか。
レムの持つ《霊剛鬼剣》、その大きさは彼の身の丈ほどもある大剣だ。
剣身の幅も広く、色も相まって禍々しいデザインをしている。
そんな大剣をレムの腕で扱う事は不可能――そう判断したのだ。
ゴブリンの得物は短剣だ。
切れ味は悪そうだが、それでもレムの柔肌を切り裂くには十分だろう。
ゴブリンは更に加速する。
そのままナイフを振り上げ、レムの腹を狙って振り上げる。
(まったく、相変わらずゴブリンは馬鹿だな……)
対するレムの顔には呆れの色が浮かんでいる。
彼の感想どおり、ゴブリンは馬鹿だ。
ある程度知性はあるのだが、肝心なところが抜けていると言うべきか。
たしかに普通であれば、レムの体格で大剣を振るうのは無理かもしれない。
だが、その前に気づくべきなのだ。
本当に使えないのであれば、そんな重量武器を召喚するだろうか?
ましてや、武器の召喚などといった高度な技術を持つ相手が、原始的な戦いしか出来ない自分よりも弱いのだろうか?
そんな疑問に――
『グギャッ!?』
ゴブリンの目が驚愕に見開かれる。
何故なら、自分の振るった短剣がレムの《霊剛鬼剣》によって阻まれたからだ。
剣を持つレム顔に、力んだ様子は窺えない。
それもそのはず。
彼の《霊剛鬼剣》は〝アンデッド・オーガ〟と呼ばれるBランクモンスターの力を具現化した霊装武具だ。
アンデッド・オーガの膂力は凄まじい。
人間の男の腕くらい枝のように折ってしまえるほどだ。
そんなアンデッド・オーガの膂力を《霊剛鬼剣》は召喚者に付与することが出来るのだ。
それすなわち、ゴブリンは今、自分よりも数段格上のモンスターを相手にしているのと同義である。
ズドンッ!!
激しく重い音が響き渡る。
それと同時に、ゴブリンがその場から吹き飛んだ。
そのまま壁まで飛んでいき、勢いよく背中から激突する。
『グゲェェッ!?』
何が起きたか分からない。
そんな様子でうめき声をあげると、その口から大量の血を吐き出した。
どうやら内臓に大きなダメージを負ったらしい。
そして、先ほどまでゴブリンがいた位置には、前足を突き出したレムが佇んでいた。
なんのことはない。
レムはゴブリンの攻撃を《霊剛鬼剣》で阻んだ後、その土手っ腹に魔剣によって得た膂力から繰り出される蹴りを叩き込んだのだ。
『グギ……グギャッ……』
こいつはヤバイ!
この時点になって、ようやくゴブリンはその事実に気づいた。
激痛でうまく体を動かせないのか、這いつくばって迷宮の奥へと逃げようとする。
「距離的に角度はこんなもんか……」
逃亡を図るゴブリンに対し、レムは《霊剛鬼剣》を肩より上に掲げる。
そしてそのまま……。
轟――ッ!!
と、風切り音を響かせ、ゴブリンに向かって投擲した。
放物線を描き《霊剛鬼剣》はゴブリンに向かって飛んでいき――ドスッ!!
ゴブリンの背中から腹まで貫いた。
『ガギャァァァァァァァァア――ッッ!!??』
ゴブリンの絶叫が響き渡る。
そしてその声が鳴り止むと同時に、彼の瞳から光が消え失せた。
これが霊装騎士を甘く見た、下級モンスターの運命だった。
ゴブリンの体から《霊剛鬼剣》を引き抜くと、レムは奥へと進んでいく。
その先で待ち受けるであろう強者を求めて……。