73話 深夜の語らい
夜、宿屋の男湯にて――
「ふぅ……いい湯だな、レム」
「そうですね、ユリウス」
湯船に浸かりながら、そんなやり取りを交わすユリウス皇子とレム。
長旅に続き、長時間の話し合いの後の疲れを、温泉の湯が二人の疲れを癒してくれる。
「そういえば……レム、お前は巫女エリスと随分と親しい様子だったが、どんな関係なんだ?」
前髪をかきあげながら、ユリウス皇子がレムへと問いかける。
「ユリウス、ぼくは昔、勇者パーティにいた頃にマイカたちと、エリス様の護衛任務に就いたことがあるんです。その時に……」
ユリウスの質問に答えるために、過去のことを語り始めるレム。
過去、エリスは教会の命令で他の国へと赴き、とある任務を行うことになった。
その移動の際に、マイカ率いる勇者パーティはエリスの護衛を依頼されたのだ。
移動の途中、エリスは魔族の集団に狙われ、襲撃を受けた。
その際に、危機に陥った彼女の命を救うこととなったのだ。
「なるほど……それ以来、巫女エリスに気に入られたってことか」
「はい。それに、エリス様はぼくに良くしてくださるだけでなく、ぼくの育った孤児院に特別に支援までしてくれました。ぼくからしても彼女は恩人なのです」
互いに大きな恩がある者同士、そんな二人が長く一緒に過ごせば、特別な絆が生まれて当然というものである。
もっとも、まだ今よりも幼かったレムの方に恋心が生まれることはなかったのだが……それはさておく。
「なんというか……改めて、その歳で過酷な人生を歩んでるな、お前……」
「まぁ、そのおかげで今の生活があるので、ぼくはいい人生だと思ってます」
労うようなユリウス皇子の言葉に、レムは苦笑しながら答えるのであった。
◆
深夜――
レムは一人、宿屋の裏庭に佇み、星空を見上げていた。
明日から始まる、四魔族ダンタリオンのもとへと辿り着くための迷宮攻略のことを思うと、何となく目が冴えてしまったのだ。
そんなレムの耳に小さな足音が聞こえてくる。
足音のする方を見ると――
「レム、あなたも眠れないのですか……?」
そんな声とともに、一人の少女が現れた。
「エ、エリス様……っ」
少女――エリスの姿を見て、少々動揺した声を漏らすレム。
エリスはいつも着ている巫女装束ではなく、薄手のネグリジェを身につけているのみだったのだ。
彼女のほどよく実った胸や、腕、太ももがなんとも眩しい。
少し動揺するレムの隣へと歩いてきたエリス。
すると彼女は、そのまま優しくレムを胸の中に抱きしめる。
「エ、エリス様……?」
不思議そうに彼女の顔を見上げるレム。
そんな彼の頭を優しく撫でながら、エリスが言葉を紡ぐ。
「……こうして二人きりでいると、昔のことを思い出しますね」
昔――レムが彼女の護衛任務に就いていた時のことだろう。
レムに命を救われて以来、エリスは護衛任務中、ずっとレムにくっつきっぱなしだった。
二人きりになったことで、その懐かしい感覚を思い出したといったところだろうか。
「レム、マイカたちにあなたがあの頃よりも格段に強くなったと聞きました。それも四魔族の一柱を倒してしまえるほどに……。しかし、四魔族ダンタリオンは特に強力な個体だと聞きます。もしものことがあれば、今度は私があなたを守ります」
レムを抱きしめる力を強めながら、真剣な表情で言葉を続けるエリス。
過去、命を救ってくれたレムを、今度は自分が守ってみせる……そんな思いで。
「ありがとうございます、エリス様。とても心強いです」
本当なら、今度も自分がエリスを守ってみせる……と言いたいところではあるが、彼女の真剣な表情を見て、レムその言葉を素直に受け入れる。
「と、ところで……レム……?」
「……? どうされました、エリス様?」
なぜか少し恥ずかしげに問いかけてくるエリス。
レムが不思議そうに先を促すと……――
「アリシアから聞いたのだけど……あなたが〝夜も無双している〟というのは……ほ、本当なのですか?」
――巫女という神聖な立場の彼女から、そんな言葉が飛び出した。
(アリシア! エリス様になんてことを吹き込んでくれているんだ……ッッ!!)
エリスに要らん知識を嬉々として吹き込むアリシアの顔を思い浮かべながら、レムは心の中で悪態を吐くのであった。




