68話 皇子と訓練
「なぁレム、俺に稽古をつけてくれないか?」
「ユリウス殿下……稽古ですか?」
とある日の昼下がり――
侯爵家で一緒に食事をとっていたユリウスからの質問に、レムはキョトンとした顔で返す。
「ああ、前回のクエストで俺は自分の実力不足を痛感した。帝都に帰る前に、お前に戦いの稽古をつけて欲しいんだ」
「なるほど……わかりました。ぼくなんかで良ければ付き合いあましょう」
「そう言ってくれると思っていたぞ、レム。さっそく始めたいところだが……どんな方法が効果的だろうか?」
「そうですね、殿下は対人戦の修練はしているでしょうし、やっぱり迷宮でモンスターの相手をするのが一番ではないでしょうか。人以外との戦いに慣れていれば、不測の事態にも対応できるはずです」
「確かに……前回は未知の力を使うレヴィに苦戦を強いられたからな。よし、そうと決まればさっそく迷宮に向かおう!」
「ご主人様、それでは私も一緒に――」
「私も行くわ、レムくん!」
「ふふ、レムちゃんが行くなら私も行くとしよう」
ユリウスと出かけようとするレムに、アリシアにアンリ、それにヤエがついて来ようと席を立つが……。
「いや、今日は大丈夫だよ。そんなに奥の階層まで行くつもりはないし、殿下を鍛えるのにサポートをつけちゃ意味ないからね」
……と、彼女たちを制止する。アリシアたちは不服そうな表情を見せるが、ユリウス皇子にも「すまないが修練のためだ。遠慮してくれ」と、言われてしまったので、渋々引き下がるのだった。
迷宮一層目――
「さて、まずは歩き回って敵を探すか」
「そうですね、今回は不測の事態に対する訓練も兼ねてます。なので前回みたいにハイスケルトンラットを使っての偵察は行いません。殿下……ではなく、ユリウス自身の力のみで対応してください」
「了解だ、レム」
殿下と呼ぼうとしたところで、ユリウス皇子の表情が不満そうなものになったのを見て、レムは仕方なしに呼び捨てにする。
二人の時は友として呼び捨てにするように――ユリウス皇子からのあの要望は本気だったようだ。
呼び捨てにされたところで、満足そうに頷くユリウス皇子を見て、レムは苦笑するのだった。
それから歩くこと少し――
『グギャッ……!』
――そんな耳障りな鳴き声とともに、一体のゴブリンが現れた。
「現れたな、モンスター。行くぞッ!」
ゴブリンの存在を確認したところで、ユリウス皇子が飛び出した。それと同時に背中からグレートソードを抜き、そのままゴブリンの脳天に刃を叩き込む。
ユリウス皇子の剛腕、そしてオリハルコンを使用したグレートソードの一撃を受け、ゴブリンは抵抗する間も無く真っ二つに叩き割られるのだった。
「ふんっ、やはり下級モンスターだな、手応えがない」
刃に付いた血を、ビッ! と払いながら、不服そうに言葉を漏らすユリウス皇子。勇者という強者からすれば、その反応は当然かもしれない。
しかし――
「ユリウス、少しいいですか?」
――遠慮がちに言葉をかけるレム。
ユリウスは「何だレム、今の戦い方に何か問題でもあったか?」と、不思議そうな表情を浮かべる。
ゴブリンに反撃を与える間も与えぬ先制攻撃、どこに不満があるというのだ……といった様子だ。
「ユリウス、二つほど指摘させてください。まず、敵の接近に気付くのが少し遅れています。意識していれば、敵の姿を確認する前に、足音で接近に気付くことができます」
「……ッ! ということは、お前は俺より前にゴブリンの接近に気付いていたのか?」
「はい、数秒の差ですが足音を感知してました。経験を積めば敵が何体いるのかも大まかに予想できます。そして予想ができれば待ち伏せも……」
「何と……しかし言われれば確かだな。もっと索敵を意識しなければ……。それともう一点は何だ?」
ユリウス皇子は城で、兵を相手に訓練ばかりしていた。故に索敵に関する心構えに甘い部分があった。
見えてから対処するのではなく、音でも敵を察知する。そうすればレムの言う通りあらかじめ対処が可能だ。
ユリウス皇子はレムの指摘を素直に受け入れつつ、先を促す。
「もう一点は雑魚相手に全力を出しすぎです。数が多い場合や変異種がいる場合でもない限り、ゴブリン相手に体力を使うことはありません。敵は単純です。突っ込んできたらカウンターを仕掛け、最小限の消耗で倒してしまいましょう。体力の温存が迷宮攻略のカギです」
「なるほど……そうだな、前回はお前や騎士たちのサポートがあったが、そのうちサポートなしで迷宮内に潜む四魔族や魔王の元に辿り着かなければならない……なんてこともあるやもしれぬ。敵を完封するのも大事だが、相手を選んで調整しろ――ということだな?」
「その通りです、ユリウス。そのためには実戦経験はもちろん、モンスターに関する知識を学ぶのも大事です」
「わかった。もっとモンスターのことを研究するとしよう、座学も嫌いではない。帰ったらさっそく取り組むか」
さすがユリウス皇子。勇者としてなかなかの強さを持っているというのに、勉学に対して苦手意識を持っていないようだ。
勇者の力に目覚めていなければ、国を統べる者としてもっと勉学に励んでいたことだろう。
他にも、レムに迷宮やモンスターに対して気をつけることなどを聞きながら、二人は迷宮の奥へと進んでいくのだった――




