66話 重なる唇
「よう、呼び出して悪かったな、レム」
「いえ、そんなことは。それよりもどうしたのですか、ユリウス殿下。ぼくだけ呼び出すなんて……」
レヴィを倒した日の夜――
レムは迷宮都市にある高級レストランの個室へ、ユリウス皇子に呼び出された。
何やらレムにだけ話したいことがあるとのことだ。
「まぁ、そう焦るな。まずは何か頼まないか?」
「それでは……」
呼び鈴でスタッフを呼びつけるユリウス皇子。
呼び出された者はガチガチに緊張している。
当然だ。何せこの都市を救った英雄と、勇者であり第一皇子でもあるユリウスを相手にしているのだから。
「レム、改めて感謝する。お前がいなかったら、俺とマイカは今ごろレヴィにやられていただろう」
「――ユリウス殿下のお役に立てたこと、光栄に思います」
ユリウスの言葉を否定することはせず応えるレム。
そうではないと謙遜することはできる。
しかし、真っ直ぐな性格をしたユリウス皇子はそれを望まないことはレムにはわかっていたからだ。
「それでなんだが……」
アルコールの入ったグラスを揺らしながら、ユリウス皇子が話し始める。
「レム、お前から見て、俺はもっと強くなれると思うか?」
と――
やはり今回、レヴィに敗北を喫しそうになったことで、彼も思うところはあったらしい。
勇者として自分の実力に伸び代があるのかどうか、幼いながらも自分よりも戦闘経験豊富なレムに意見を求めたいようだ。
「確実に強くなれるかと思います。初めての迷宮にも関わらず、それも四魔族を相手にあれだけ戦えたのですから。それに、ぼくとの連携も素晴らしかったかと。初めて共闘する相手とアレだけ合わせることができるのです、経験を積めばいくらでも」
「なるほど、俺を慰めるために嘘を言ってはいないようだな。ありがとう、レム」
レムの瞳を真剣に見つめながら、彼の言葉に頷くユリウス皇子。
実際、レムの言う通り彼は今回よくやった。
本来の戦い方をすることができないマイカをサポートしながら、あれだけの時間を耐えきり、その後レムと共闘した時は四魔族を相手に善戦して見せたのだから。
「それじゃあ、もう一つ質問なんだが……いいか?」
「なんでしょう?」
「お前、マイカのことはどう思っている?」
「…………ッ!? ど、どうとは?」
「女性として、好きか嫌いか――と言うことだ。……実はな、俺は幼い時からマイカのことが好きだったんだ。だが……どうやらマイカが好きなのはお前のようだからな……」
「殿下……」
やはり、レムの思っていた通り、ユリウス皇子はマイカのことを好いていた。
それも幼い頃からとは……レムが思っていた以上に本気らしい。
「ぼくは……正直、よくわかりません。もともと仲間としての好意はありましたが、パーティを追放されてから少しの間は、マイカのことを恨んでましたから」
「パーティを追放された、か……。やはり何か、俺が知っているのとは別の事実がありそうだな。まぁ、お前が話す気がなさそうだから聞かないことにするが……」
「助かります」
レムとしても、彼女の性奴隷云々という話は恥ずかしくてしたくなかったので、ユリウス皇子の気遣いに感謝する。
マイカの素直な気持ちも聞けたし、事実を露わにして皆の前で糾弾するつもりもないのだ。
そうなるとマイカからの告白の話になるが――今のレムにどうしたらいいかという答えは出せていない。
「では、マイカの気持ちに応える気はない……ということでいいのか?」
「そうです、ユリウス殿下。ぼくにはアリシアもいますし、それに――いえ、なんでもありません」
「……? そうか、それもあまり深く聞かないことにしよう」
再びのユリウス皇子の気遣いに、レムは頭を下げる。
ユリウス皇子の言葉は続く。
「それなら、俺も心置きなくマイカを想うことができるな」
「ユ、ユリウス殿下? まさかぼくのことを気遣っていたのですか……?」
「何を驚いている、当然だろう。お前たちが両想いだとしたら、それを引き裂くような真似をできるわけがないだろ。皇子という立場を考えれば余計にな」
「殿下……」
帝国の第一皇子という立場でありながら、なんという考えの持ち主だろうか。
彼がその気になれば、例えレムがマイカのことを想っていたとしても立場を利用し、それを阻むこともできたはずだ。
しかし、彼はそれをしなかった。
未来の皇帝という立場の者が、孤児であるレムの気持ちを考え、遠慮していたのだ。
「それとだ、その〝殿下〟というのはやめろ。命を預けあったお前は友だ。俺のことは〝ユリウス〟と呼べ」
「で、殿下!? それは……!」
「レム、頼む」
「…………かしこまりました、ユリウス。ですが、人が見ていない時だけでお許しください」
「ああ、それでいい。これからもよろしく頼むぞ、レム」
ユリウス皇子の真剣な眼差しに、レムは頷くしかなかった。
その後は談笑しながら食事を済ませ、彼の泊まる高級宿屋まで送っていくと、レムも侯爵家へと戻っていく。
ユリウス皇子に友として認めてもらえたのは嬉しい。
だが、マイカのことを考えると、なぜかレムの胸がざわつくのだった――
◆
「レム、ちょっといい?」
「マイカ……こんなところでどうしたの?」
侯爵家の門の前で、マイカが一人佇んでいた。
レムを見つけけると、パッと表情を明るくし声をかけてくる。
「ねぇ、レム。こんなことを言える立場じゃないのはわかっているの、けど言わせて。もう一度、勇者パーティに戻ってきてくれない?」
これからも戦いは続く。あと二体、四魔族が残っているのだから。
それを見越して、マイカはレムを再びパーティに引き戻そうとしているようだ。
「マイカ、ぼくは…………」
「やっぱり、こんなこと言ったら悩むわよね。あなたは優しいから……でも、その戸惑いが見れただけよかったわ。気が向いたらいつでも言って?」
そう言って、マイカは静かに歩き出した。
レムが戻ってきてくれるかどうか迷ってくれた。
それだけで彼女は嬉しかったのだ。
レムは、戸惑いながらもマイカが見えなくなるのを見送ると屋敷の中へと戻っていく。
◆
その日の深夜――
「レムちゃん、起きてるか……?」
「ヤエさん――――って、そ、その格好は……ッ!?」
レムの部屋にヤエが訪ねてきた。
彼女の格好を見れば、生地の薄い……それでいて高級そうなベビードール一枚を羽織っているのみだった。
月明かりに照らされて、今にも彼女の純白の肌がところどころ透けてしまっている。
「失礼します、ご主人様……♡」
「ア、アリシア……なんで二人がこんな時間に――」
「レムちゃん。私……もう我慢できないんだ。四魔族にレムちゃんがやられそうになった時……私、私……」
「ヤエさん…………」
切ない表情で、言いながらレムの隣に腰掛けてくるヤエ。
何が言いたいのか、何をするつもりなのか。
それくらいレムもわかる。
そして、今日の彼女が本気であることも――
ヤエが揺れる瞳で、レムに顔を近づけてくる。
レムは――ちらりとアリシアを見る。
もちろん……と言うべきか、アリシアは優しい笑顔で微笑んで「受け止めてあげてください、ご主人様……♡」と言葉を紡いだ。
レムの心臓の鼓動が早くなる。
ここ最近で、少なからずヤエのことを思い始めてはいた。
そして今日、命懸けで彼女に守られたことで、レムは彼女のことを愛おしく想うようになってしまっていた。
アリシアには許可を取った……それを伝えるために、ヤエは彼女を連れて来たのだろう。
ヤエの気持ちに応えてあげたい――否、自分の気持ちも彼女に伝えたい……。
レムとヤエの唇が、静かに重なり合うのだった――
これにて二章終了です。
三章の開始はしばらくお待ちください。
引き続き、お付き合いいただけると幸いです。




