61話 勇者と再び
「この都市の迷宮に四魔族の一柱が復活、ですか……」
「ああ、巫女エリスが聖魔王ベルゼビュートより神託を授かった。間違いないだろう」
ひとまず皆が落ち着いたところで、ユリウスによって彼とマイカがこの都市にやって来た理由の説明が為された。
(そうか、ぼくが抱いた嫌な感覚はそれが原因だったのか。迷宮の奥から変なプレッシャーを感じたんだよね……迷宮の異常も四魔族の復活が原因で間違いなさそうだ)
ユリウス皇子の言葉を聞き、レムは自分の本能が言いようのない警鐘を鳴らしていた理由に納得する。
ちなみに、アリシアは恍惚とした表情を浮かべてレムの隣に忠犬のように大人しく座っている。
そんなレムとアリシアを、マイカは少々涙目になりながら睨んでいた。
パーティを離脱させるまでに追い込んでしまった負い目はある。
そして彼に辛い思いをさせることになった理由の発端も自分にあると自覚もしている――否、自覚し心配していたからこそ、どういう経緯があったのかはわからないが、美少女と美女を奴隷にして侍らせてイチャイチャライフを送っていたであろうことが許せない。
その反面、彼が無事であったことに安心した自分もいたり……複雑な自分ですらコントロールできない心境に、マイカはそうすることしかできないのだ。
「まさかとは思いますが、その四魔族の討伐にぼくも同行しろと言うんじゃ……」
「そのまさかだ、霊装騎士――いや、レム。どうやらお前はAランク冒険者らしいからな」
「それは……何故です? マイカは強力な勇者です、それにユリウス殿下も勇者の力に目覚めたという話ですし、それにクルエルとレイナもいるのですから戦力としては十分なのでは……?」
ユリウス皇子の返答に、レムはもっともな質問をする。
レムの言う通り、いくらユリウス皇子が力に目覚めたばかりの勇者とはいえ、マイカは神聖属性の他に闇属性スキルを操る特別な勇者だ。
それに彼女の仲間、クルエルとレイナも超級スキルを有する強者である。
にも関わらず、どうして今さらパーティを離脱した自分を同行させようと言うのか――事情を知らないレムには理解できないのだ。
そこへ、マイカが気まずそうに俯きながら、口を開く。
「……クルエルとレイナは――他の四魔族にスキルを封じられて今は王都で療養しているわ」
「なんだって……?」
レムは思わず聞き返す。
以前の自分なんかよりも遥かに強かった二人が、戦闘不能に追い込まれるなど、レムは想像もしていなかった。
「それだけじゃない。マイカもスキルのほとんどを封印された。残ったスキルも使用回数に制限があるそうだ」
「まさかそんな事態に……」
ユリウス皇子の補足説明に、レムは言葉を漏らすことしかできなかった。
そんなレムに向かって、ユリウス皇子はさらに言葉を続ける。
「悔しいが、俺とマイカだけでは戦力不足だ。この都市の騎士団にもあとで正式に依頼を入れる。さっきはお前を悪く言ってしまったが……頼む、力を貸してくれないか?」
恐らく間違った情報を与えられていたとはいえ、レムのことを腰抜けなどと言ってしまったことを詫びながら、ユリウス皇子はレムに協力を要請する。
そして言いながら、皇家の印が押された書状をレムへと差し出した。
中を見れば、皇家から発行された正式な指名依頼書だった。
報奨金もとんでもないものだった、ゴブリンキングの時の十倍どころではない……といえばわかりやすいだろうか。
「…………」
レムは黙り込んでしまう。
もともと、危険な戦いなど恐くなどない。
しかし、一度袂を分かったマイカとともに戦うというのが、どうしても……。
「迷っているようだな、レム。だが、報奨金以外にも、お前にとっては利点があるんだぞ?」
「報奨金以外の利点……? どういうことですか、ユリウス殿下」
「お前の命を公国の第一王子が狙ったという情報はこちらでも掴んでいる。同じ帝国内でのことだ、皇家として見過ごすことはできない」
ユリウス皇子の言葉は続く。
皇家からも公国の王子、アーグリーを厳正に処分しようと動くが、貴族の中には彼を庇う者もいるだろう。
しかし、レムが四魔族の討伐に力を貸したとなればどうだろうか。
彼はこの都市の英雄どころか、世を救うのに尽力した世界的な英雄の一人になるだろう。
そうなればアーグリーを庇おうとする貴族たちを黙らせることができるだろう、と――
「…………わかりました。同行します」
数分の沈黙の後、レムは静かにユリウス皇子に頷いた。
正直、世界の英雄云々に興味はない。
しかし、自分が活躍すれば、ユリウス皇子の言った通り、公国の件はキレイに解決しそうだ。
そして何より、レムはこの都市やこの都市の人々のことが大好きだ。
大切な場所を、四魔族の魔の手に落としてやるなど言語道断。
正義感の強いレムは、そう決断したのだ。
(ほう、感心したぞ。腰抜けなんかじゃないじゃないか)
レムの返答を聞き、内心ユリウス皇子は感心する。
そして、「よろしく頼むぞ、レム」と言って、レムに手を差し出してくる。
レムは(孤児の自分が殿下の手を握ってしまって大丈夫だろうか……)と萎縮するのだが――
侯爵が大きく頷いたのを見て、ユリウス皇子の手を握り返すのだった。




