60話 再会とわんわんお
「レムちゃん、好きだ」
「……!? い、いきなりそういうの、やめてもらえませんか?」
とある日の昼下がり――
客室で防具の手入れをしていたレムに向かって、それを眺めていたヤエが唐突に想いを伝えてくる。
何度か彼女に告白されたレムであっても、いきなりそういうことを言われるとドキッとしてしまう。
「私は本当にレムちゃんが好きだからな。振り向いてくれるまで定期的に想いを伝えていこうと思っている」
「――そうですか……」
こうも真面目な表情で言われてしまうと、レムはどう応えていいかわからなくなってしまう。
以前のように、無理やり襲うような暴挙に出てくれた方が、まだ腕づくで片付けられたというのに……。
それはさておき。
レムたちが迷宮の異変調査を終えてから数日が経っていた。
無事にクエストは成功とみなされ、レムたちは高額の報奨金と、迷宮で倒したモンスターの素材を買い取ってもらうことによって、さらなる大金を手に入れた。
ギルドでのレムの評価はますます上がり、この都市でレムのことを知らないものなどいないほどの人気ぶりだ。
この都市に限定すれば、マイカの率いる勇者パーティにいた頃よりも、彼の知名度は上がっていると言えるだろう。
「ふふっ、ご主人様がヤエさんを抱くのはもう少しでしょうか……?」
「ど、どうしよう……最近、本当にヤエさんとレムくんがいい感じに……っ」
同じ部屋で、レムとヤエのやり取りを見守っていたアリシアとアンリが、それぞれ小声で感想を漏らす。
レムにはハーレムを築いてもらいたいと思っているアリシアはワクワクした様子。
ヤエという新たなライバルの活躍っぷりに、アンリは息を荒くし、焦っている。
「レム、少しよいか。来客だ」
「――侯爵様が直接お呼びになるなんて……かしこまりました。すぐに行きます」
開けっ放しだった部屋のドアから、侯爵がレムを呼ぶ。
使用人ではなく侯爵が直接呼びに来た……それを受け、レムはただ事ではないと判断し、鏡の前で格好を正すと、侯爵の後に続き応接の間へと降りていく。
◆
「マイ……カ……?」
応接の間に入り、レムは思わず声を漏らした。
そう、部屋の席には、レムをパーティから追放した張本人、女勇者であるマイカが座っていたのだ。
「びっくりしたわ。まさかこの都市に現れたAランク冒険者が、本当にあなただったなんて……」
対し、マイカも少々驚いた様子を見せている。
しかし、レムがここにいることは、なんとなくわかっていた――そんな驚き方だ。
「ほう……それじゃあ、お前が勇者パーティから尻尾を巻いて逃げ出した腰抜けか?」
なんとも言えない空気の中で見つめ合うレムとマイカ。
そんな二人の間に割って入る声が一つ……。
「レムよ、この方は現勇者の一人であり、アウシューラ帝国の第一皇子・ユリウス様だ」
「なっ……!?」
侯爵がレムに説明をする。
それにレムは、再び驚いた声を漏らす。
この部屋にはもう一人来客がいた。
侯爵の言った通り、帝国の第一皇子・ユリウスだ。
髪と同じ空色の瞳を鋭く細め、レムを不快そうに見据えている。
「殿下、失礼ですが……今、レムが勇者パーティから逃げ出したと聞こえたのですが……。それと、そろそろここへ来た理由を教えていただけないでしょうか?」
「なんだ、侯爵。そこの霊装騎士から聞いてないのか? そいつは元々マイカの騎士として、勇者パーティに所属していたらしいぞ」
「なん、ですと……?」
「そして、力不足を理由に、ある日パーティから逃げ出したそうだ」
「…………ッ!?」
ユリウス皇子の言葉に、目を見開き驚きを露わにする侯爵。
事実とは少し違った伝わり方に、レムは怒りを露わにする――かと思いきや、「あちゃ〜……」とでも言いたげな面持ちで、顔に手を当てている。
どうやら、侯爵に元勇者パーティの一員だったことがバレたことの方が、ショックだったようだ。
恐らく事実を捻じ曲げてユリウス皇子に伝えていたのか……あるいは成り行きでそうなってしまったのかはわからないが、マイカが気まずげに俯いている。
まぁ、流石に「性奴隷にしようと思って失敗した挙句に、パーティを離脱されました……」とは言えないであろう。
「そうですか、この女がご主人様を、自殺を考えるまでに追い詰めた女勇者ですか――」
そんな中、その場にいる誰もがゾッとするような冷たい声が響き渡る。
声の主は、使用人として、レムに同行して来たアリシアだった。
普段からは想像もつかないような氷のような表情になり、額には青筋が浮いている。
「《ランクアップ・マジック》……《ファイアーボー――」
「ス、ストップ、ストップ! いったいどうしたの、アリシア!?」
アリシアが手のひらに《ランクアップ・マジック》で強化した《ファイアーボール》を生み出した刹那、レムはこのままではまずいと彼女を止めに入る。
アリシアはずっとレムの心を傷つけた女勇者たちに、レムに代わって復讐することを胸に誓っていた。
その一人であるマイカを前にして、始末してやろうと動いたのだ。
「ち、ちょっと待って! 今このイービルエルフ、私を攻撃しようとしたわよね!? ――ってあれ? その前に今レムをご主人様って……それによく見れば、あの女まで? いったいどういうことなのレム!」
アリシアを制止するレムに、今度はマイカが突っかかってくる。
奴隷ごときに危害を加えられそうになったことももちろんだが、それ以上に、レムが絶世の美少女といっても過言ではないほどのイービルエルフに、ご主人様と呼ばれている。
そして彼の周囲を見れば、二年前に会ったことのあるレムの育ての親であり、初恋の相手――そして彼を裏切ったはずのシスターアンリまでいるではないかと。
「どういうことだ、マイカ。そこの霊装騎士を、自殺を考えさせるまで追い込んだとは……」
レムに突っかかるマイカに向けて、今度はユリウス皇子が問いかける。
どうにもこれまでの様子と、今のアリシアの言葉で、自分がマイカから聞いていた話とは何かが違うのではないかと気づいたようだ。訝しげな表情でマイカを見つめている。
「ユ、ユリウス殿下、それはその……」
言い淀むマイカに、彼女を殺そうと暴れるアリシアと、それを抑えるレム。
周囲の人間たちは顔面蒼白となり、場は混沌としてきた。
(こうなったら……!)
とにかく場を収めなくては……。
レムは人前で使うのはどうかと思われる〝奥の手〟を使うことにする。
「アリシア! お手!」
「わんわんっ♡」
レムが叫び、手のひらをアリシアに突き出す。
すると――アリシアは蕩けきった表情でその場にしゃがむと、レムの手のひらに自分の手を、ぽんっと置いたではないか。
「「「は…………?」」」
マイカにユリウス皇子、侯爵にアンリ、そしてヤエまでもが間抜けな声を漏らす。
周囲が静かになったところで、レムの顔が真っ赤に染まっていく。
これは……前にアリシアの要望でやった〝わんわんプレイ〟の一部である。
なんでも、主人であるレムに〝犬扱いされると非常に興奮する〟らしい。
アリシアは性欲に忠実だ。レムからプレイの合図が出れば、人前だろうと御構い無しなのだ。
怒り狂ったアリシアを鎮めるにはこれしかなかったのだ。
時間が経ち――なんとなくレムとアリシアの関係を事情を察したのだろう。
マイカが自分はレムを性奴隷しようとしたことを棚に上げて「ふ、不潔よぉぉぉぉぉぉぉ!」と叫び、ヤエとアンリは「なんて羨ましい!」と声を揃える。
…………侯爵とユリウス皇子は腹を抱えて爆笑していた。




