59話 失意の女勇者と目覚めた勇者皇子
「…………」
馬車の中――マイカは暗い表情で沈黙していた。
席に座るのは彼女一人のみだ。
クルエルとレイナは……今は王都の高級宿で療養している。
四魔族が一柱、ウァラクとの戦いの最後、彼の放ったスキル《シールフィールド》の効果は絶大だった。
スキル自体に殺傷能力はなかった。
……しかし、クルエルとレイナは全てのスキルを封印されてしまった。
そう、しばらく――下手をすれば一生スキルが使えない状態にされてしまったのだ。
ウァラクが放った《シールフィールド》はそんな効果を持っていたのだ。
そしてマイカはというと……彼女は咄嗟の判断で、自分の周囲に神聖属性の結界を貼った。
だが、完全に《シールフィールド》の効果を打ち消すことはできず、大半のスキルを封印され、残ったスキルも一日のうちに使用回数の制限がついてしまうような状態にされてしまったのだ。
(クルエルとレイナは戦闘不能、私も勇者として大幅に弱体化、それに――まさかレムがあんな状態になっていたなんて……)
マイカが暗い表情をしているのは戦力ダウンだけが原因ではなかった。
ウァラクとの戦闘後、マイカは約束通り巫女エリスにレムの身に起きたことを聞いた。
育ての親のアンリや、神父のネトラによる裏切りを受けたこと。
さらに今、レム自身の行方がわかっていないことも……。
(全部、私のせい……。クルエルとレイナを守れなかったことも、レムをそんな状況にまで追い込んでしまったことも……)
自分の立てた作戦でクルエルとレイナは戦闘不能に。
そして、パーティから追放する形となってしまった大好きなレムが、辛い事実を知りエリスにさえも行方を知らせずにいる――
何から何まで最悪な自体を招いてしまったことに、自信家のはずのマイカの心は折れかけていた。
「勇者様、〝帝都〟に着きました」
「そう……」
馬車が止まる。
それと同時に、御者台から声が聞こえてくる。
どうやらマイカの次の目的地であるアウシューラ帝国の帝都――〝クラリアル〟へと着いたようだ。
「どうされますか? このまま馬車で皇城へ……?」
「いえ、気分がよくないから、歩いて行くわ」
マイカの表情を見て、気を使った御者の質問に、彼女は小さく首を横に振って応える
そしてそのまま、無言で帝都の中を歩いて行くのだった。
(さすが帝都、ずいぶんと活気がいいわね。小さい頃に来た時と変わらないわ……)
様々な飲食店や露店商で賑わう表通りを歩くマイカ。
彼女は幼い頃にこの帝都、クラリアルに訪れたことがある。
その頃と変わらぬ活気を目の当たりにし、いかに帝都が栄えているのかを実感する。
(さて、皇城は……あっちね)
活気の中で、自分だけ暗い表情でトボトボと道を進んで行くマイカ。
覇気のないその表情のせいで、まさか彼女がこの世界の勇者の一人などとは誰も思いはしないのだった。
◆
「よく来たな、マイカ。ずいぶんと大きくなった。だが元気じゃなさそうだな?」
「陛下……お久しぶりです。まぁ、父や母からもらった力をほとんど封印される失態を犯してしまいましたので……」
皇城の――それも謁見の間へと訪れたマイカ。
目の前には空色の長髪をした壮年の美丈夫が玉座に身を収め、砕けた様子でマイカへと話しかける。
彼の名は〝ジュリウス・アウシューラ〟――
先の魔神の黄昏で、マイカの父である大魔導士とともに戦った勇者の一人であり、盟友でもある。
そして、この国――アウシューラ帝国の皇帝だ。
「そうか……だが、悪いが落ち込んでいるヒマはない。これからお前には戦ってもらわなくてはならないからな」
「はい。大体の事情は把握しています。この国の――〝迷宮都市〟で四魔族の一柱が復活したこと。それと……〝ユリウス〟殿下が勇者の力に目覚めたとか……」
「ああ、その通りだ。……ユリウス、入れ」
「かしこまりました、陛下。――マイカ、久しぶりだな!」
皇帝の声に応え、近くの扉から一人の青年が現れた。
皇帝と同じく空色の髪をした背の高い青年だ。
身長は百八十センチ程だろうか。
白銀の鎧に包まれたその体は、鎧越しでもしっかりと鍛えられていることがわかる。
皇帝によく似た、自信を感じさせる笑顔をたたえた美青年だ。
「お久しぶりです、ユリウス殿下。……なるほど、その神聖属性の波動、本当に勇者の力に目覚めたようですね」
「ああ、目覚めたのは一週間前だけどな。だが、いつか力に目覚めると信じてずっと体を鍛え続けてきた。同じパーティの仲間として、これからよろしく頼む」
「……はい」
ユリウスの言葉に、少しの間を置いて応えるマイカ。
先代勇者の一人であるジュリウス皇帝が大魔導士の盟友であれば、彼らの子供であるユリウス皇子とマイカも小さい頃に何度か面識があった。
今回マイカが帝都へとやって来た理由は、彼女の言った通りこの国の主要都市――迷宮都市の迷宮内で四魔族の一柱が復活するとの神託をエリスが授かったからだ。
そして、時同じくして皇帝の息子である第一皇子、ユリウス皇子が父と同じように勇者としての力に目覚めた。
そう、マイカの主な活動場所であるバーレイブ王国と、アウシューラ帝国は手を組み、二人の勇者で迷宮都市に復活すると予見される四魔族を討伐させようと考えたのだ。
マイカとユリウスがやり取りを終えたのを見計らって、皇帝が再び口を開く。
「勇者の力に目覚めたばかりのユリウス、それに力を封印されたマイカ……お前たちだけでは若干の不安は残る――だが、迷宮都市には優秀な騎士団がいる。あいつらの力を貸してもらえ。それと……どうやら最近、迷宮都市に凄腕の霊装騎士が現れたそうだ」
「凄腕の霊装騎士……ですか?」
皇帝の言葉に、マイカが問いかける。
(まさか……いえ、そんなことはありえないわね。だってレムはBランク程度の腕しかないもの……)
一瞬、まさかと思うマイカだが、それはあり得ないと自嘲気味に笑うのだった。
そんなマイカを不思議そうに思うも、皇帝は彼女の質問に答える。
「あぁ、なんでもゴブリンキングを単騎で倒してしまう程の実力らしくてな。少し前にAランクに認定されたそうだ。おまけに、歳はまだ十二歳。名は……確か〝レム〟といったか?」
「…………ッ!?」
皇帝の返答に、心臓を飛び上がらせるマイカ。
まさか、本当に? いや、でも……。
そんな言葉がグルグルと頭の中を回り始めるのだった。




