58話 取り戻した勇気と拭い去れない予感
「十層目か……」
「ここまで深く潜ったのは初めてですね、ご主人様」
その後も幾体ものモンスターを倒して、レムたちは迷宮十層目へと辿り着いた。
普段であれば、レムたちはせいぜい五層目までしか攻略対象としていない。
それに加え、現在は強力なモンスターが出現するようになっている。
そんな迷宮の中をここまで進んできたことで、アリシアも緊張した面持ちになっている。
「よし、ハイスケルトンラット、先の様子を見てくるんだ」
『チュー!』
改めて、レムはハイスケルトンラットを召喚すると、偵察に向かわせる。
そしてレムの瞳に、とあるモンスターの姿が映し出される。
「これは……〝オーガ〟か」
「何!? オーガだと……ッ?」
レムの漏らした声を聞き、ヤエが目を見開く。
鬼人型モンスター、オーガ――
二メートルもの巨体と、とんでもない膂力を誇るモンスターだ。
人間の言葉を介し、通常のモンスターとは一線を画する戦い方をすることで有名だ。
そのランクは、ゴブリンキングと同じAランクとなっている。
『デテクルガイイ。ソコニイルノハワカッテイルゾ?』
「「「…………ッ!?」」」
岩陰に潜み、敵の動向を窺っていたアリシアにアンリ、それにヤエが思わず息を漏らす。
黄土色の肌を保つ鬼人が、こちらを鋭い視線で睨み、言葉を発したからだ。
。
(……やっぱり、アリシアたちの気配の消し方じゃ見つかるか)
そんな中、レムは小さく溜め息を吐く。
いくら連携力が高まってきたとはいえ、アリシアやアンリはまだまだ気配の消し方がなっていない。
オーガは気配に敏感なモンスターだ。
恐らく見つかるだろうなと、レムはある程度予想していたのだ。
「ヤエさん、ぼくが行きます」
「な、何を……わ、私も行くぞ、レムちゃん……!」
「それではまず、少し落ち着いてください。体が震えてますよ?」
「え……?」
一人でオーガの相手をすると言うレムに、ヤエが「自分も」とついて行こうとするが、それはレムに制止される。
そしてヤエは気づく。
自分の体が、僅かに震えていることに……。
恐らく、オーガというAランクモンスターを前に、ゴブリンキングに殺されかけた記憶が呼び起こされてしまったのだろう。
「ハイスケルトン、それにハイスケルトンガードナーは決してアリシアとシスターから離れるな」
『『『了解!』』』
『かしこまりました、マスター♪』
「アリシアとシスターは岩陰から先制攻撃を、その後は待機でいい」
「了解です、ご主人様!」
「わかったわ、レムくん!」
アンデッドやアリシアに次々と指示を出すレム。
各々が元気よく返事をすると、警戒、及び戦闘態勢に入る。
そして最後に――
「ヤエさん、体の震えが止まったら戦線に加わってください。けど、無理ならそれでも構いません」
「レ、レムちゃん……」
ヤエに微笑みかけると、レムは《霊剛鬼剣》を召喚してヤエの肩に手を置く。
ヤエは、ビクン! と体を震わせ、レムを潤んだ瞳で見つめる。
果たして恐怖からくるものか、それとも……そんなヤエをその場に残し、レムは岩陰から一気に飛び出した。
「《ランクアップ・マジック》――《ファイアーボール》!」
「行きなさい、《甲弾蟲》!」
レムが飛び出すのと同時、アリシアとアンリが岩陰からそれぞれ攻撃スキルを放つ。
『フンッ、ソンナモノニアタルカ!』
なんという反応速度だろうか。
オーガは軽いステップを踏むことで、二人の攻撃をヒラリと躱してしまったではないか。
「避けられると思っていたよ」
『ナニ――グゥゥゥゥ!? キサマ、ソノミタメデ、ナントイウリョリョクダ……!』
オーガがアリシアとアンリのスキルを回避してしまうことなど、レムは百も承知だった。
オーガがステップを終えるかどうかのタイミングで、《霊剛鬼剣》による強力な斬撃をオーガに叩き込む。
対するオーガの得物は金棒だ。
レムの斬撃を、既のところで受け切ってみせる。
拮抗する両者の魔剣と金棒。
だが、それも一瞬だった。
オーガは(このままではまずい……)と咄嗟に判断し、その場を大きく飛び退いた。
その刹那――レムは《霊剛鬼剣》を両手持ちに構え、一気に振り抜く。
「…‥勘のいい個体だな」
『アブナイトコロダッタ。ククク、マサカ、ワレノリョリョクヲウワマワルトハ……タノシクナッテキタゾ……!』
オーガはギリギリのタイミングで、自分が金棒を両手で扱っているのに対し、レムは《霊剛鬼剣》を片手で扱っていることに気づいたのだ。
そしてレムの重心の移り方で、両手持ちに切り替えて強力な一撃を放とうとしていたことも……。
そして、レムという強敵が目の前に現れたことで、不敵な笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
オーガは強者との戦闘に快感を見出すモンスターとして知られている。
自分の上をいくかもしれない存在と対峙し、血が滾ってきたようだ。
「来い! 《斬空骨剣》……ッ!」
レムは新たに、《斬空骨剣》を召喚する。
そしてそのまま一気にオーガに向かって振り抜く――その刹那だった。
「《ランクアップ・マジック》……!」
岩陰から、アリシアが固有スキル《ランクアップ・マジック》を放つ。
レムが振り抜くその直前に、《斬空骨剣》は位階を上げ強化される。
強化された斬撃が、《霊剛鬼剣》によって付与された膂力を以って繰り出された。
オーガの勘がまた働いた。
それに従い、その場からサイドステップで飛び退いた。
が――
『グゥゥゥ!? ミエナイザンゲキカ!』
オーガが苦悶の声を漏らす。
それと同時に、その左肩から、ブシュ……ッ! と鮮血が噴き出した。
オーガのスピードでも、強化されたレムの攻撃は躱しきれなかったのだ。
「ほら、一発じゃ終わらないぞ!」
再びレムが《斬空骨剣》を振るう。
今度は縦横斜めに三発斬撃を射出する。
『グ……ナラバ、《鬼人舞踏》ハツドウ!』
避けることも受けることも叶わない。
ならばと、オーガは自分の有する奥の手を発動することにした。
すると、オーガのスピードが格段に上がり、次々とレムの放った不可視の斬撃を避けてしまったではないか。
速さのあまり、残像を残すほどだ。
オーガの持つ上級スキル《鬼人舞踏》――
一定時間、自身のスピードを倍加できる効果を有している。
『コンドハ、コチラノバンダ!』
全ての斬撃を避けきったところで、オーガが金棒を振りかぶってレムに急接近してくる。
やはりとんでもない速さだ。
しかし、レムはその場から動かない。
何故ならば――
「させるか……ッ!」
そんな言葉とともに、ヤエが《アイギス》を構えて、オーガの前に立ち塞がったからだ。
オーガの金棒と、ヤエの《アイギス》が激しくぶつかり合う。
「必ず立ち直ると、信じてましたよ。ヤエさん」
「ふっ……ありがとう、レムちゃん!」
レムは信じていたのだ。
自分がオーガと戦う姿を見せることで、恐怖に染まりきったヤエの心に再び勇気を灯すことができると。
新たなスキルに目覚めたことで戦う術は準備できた。
後は彼女の心が、Aランクモンスターに立ち向かう勇気を取り戻すだけだった。
そして、それは今叶った。
自信を感じさせる笑みを浮かべ、オーガの攻撃を見事に受け止めて見せた。
「いくぞ! 《アイギス》ッ!」
ヤエが叫ぶ。
そのまま絶妙な盾捌きでオーガの金棒を弾き、バランスを崩すことに成功する。
それと同タイミングで、オーガの《鬼人舞踏》の効果が切れた。
「喰らえ!」
「聖刃、展開!」
レムが《霊剛鬼剣》を縦に振るう。
ヤエが《アイギス》から聖なる刃を展開し、横に薙ぐ。
オーガは断末魔の叫びすら許されることなく、十文字に切り払われるのだった。
「やりましたね、ヤエさん」
「ああ、レムちゃんのお陰だ。ありがとう……」
敵が沈黙したところで、レムとヤエが拳をぶつけて称え合う。
これで、ヤエの心が折れることはなくなったであろう。
◆
迷宮十一層目――
「これは……」
「水溜り、というよりも湖ですね……」
レムとアリシアが言葉を交わす。
オーガを倒し、十一層目へと至ったレムたち。
そんな彼らの前に、水浸しの空間が現れた。
「今まではこんな状態ではなかったはずなのだが……ふむ、もしかしたら〝階層変化〟が起こったのかもしれないな」
「階層変化……もしかしたらそれが原因で、普段は迷宮の奥にいるモンスターが押し出されたのかもしれませんね」
ヤエの言う階層変化という言葉に、なるほどといった様子で頷くレム。
階層変化とは、数年・もしくは数十年に一度起こるその名の通り迷宮の階層が変化する現象のことを指す。
今回は十一層目――もしくはその先も水浸しになったことで、モンスターが底階層に押し出されてきたのではないかという憶測が立つ。
「レムちゃん、とりあえずギルドと騎士団に報告しに戻ろう」
「そうですね。ここまでのモンスターはほとんど倒しましたし、クエスト達成ということでいいでしょう」
水のせいでこれ以上の攻略は不可能だ。
ある程度のモンスターは駆逐できたので、レムたちは都市へと帰還する。
だが――
(なんだろう、まだ何か嫌な予感が……)
迷宮の異変の原因がわかって尚、レムの本能は警鐘を鳴らすのをやめなかった。




