57話 甘々な目覚めと蛇竜
「おはようございます、ご主人様っ♡」
「んむぅ……っ!?」
安全地帯で仮眠をとること少し、アイテムボックスから取り出した簡易寝具の中でレムが目覚めると、彼の小さな体をアリシアが優しい抱擁で抱きしめた。
どうやらレムが眠っている間に中に忍び込んだらしい。
レムがくぐもった声を漏らす。
今、彼の顔はアリシアの豊かに育った柔らかな双丘の中に埋もれている。
皆もいるので、慌てて抜け出そうとするレムだが、少しするとアリシアの母性を感じさせる甘い匂いにやられて抵抗をやめて安心しきった表情を浮かべる。
「ふふ……ご主人様、可愛いです……。最近、こうして抱きしめることもできなくて寂しかったのですよ?」
「ふぁ……」
言いながら、アリシアがレムの頭を慈しむように撫でる。
あまりの心地よさに、レムはトロンとした表情で吐息を漏らした。
アリシアの言う通り、侯爵家で生活を送るようになってからは寝るときは部屋が別々になってしまったので、そういうことをするどころか一緒に眠ることもできなくなってしまっていた。
レムを甘やかし、ご奉仕することを生き甲斐とするアリシアにとって、なかなかに耐え難い期間だったのだ。
それもあって、少しでもご主人様成分を補充しようと、レムの寝具の中に潜り込んできたようだ。
アリシアの優しい抱擁に包まれて、再び眠りに誘われそうになるレム。
そんな時であった――
「あっ! ずるいですよ、アリシアさん!」
「レ、レムちゃんの甘えきった表情……なんて可愛いんだ……ムラムラしてきたぞ!」
――アンリとヤエの声がレムの耳に聞こえてくる。
一気に意識を覚醒させるレム。
パッと目を見開くと、そのまま簡易寝具の中から飛び出した。
「あん……っ、このまま〝ご奉仕〟させていただこうと思ったのに……」
アリシアは残念そうな、それでいてとても艶っぽい声を漏らす。
よく見れば頬はピンクに染まり、ビキニアーマーで露わになった太ももをスリスリと擦り合わせている。
言葉通り、アンリとヤエが気づかなければ、朝のご奉仕を始めるつもりだったようだ。
「さ、さて朝ごはんの準備をしよう!」
このままでは恥ずかしさに耐えられない!
レムは皆の視線を無視して、朝食の準備に取り掛かるのだった。
そんなレムの様子にすら、アリシアたち三人は胸をキュンキュンさせている。
それはさておき。
朝食は昨日の残りの部位やブイヤベースに、モチモチの白パンを用意した。
一晩寝かせたブイヤベースはより旨味が溶け出しており絶品だ。
そのまま飲んでもいいし、柔らかいパンに染み込ませて食べてもいい。
朝食と身支度を終えると、レムたちは再びモンスターの駆逐に乗り出すのだった。
◆
『キシャァァァァァァ――ッ!』
レムたちの前に、威嚇の声を上げるモンスターが一体現れた。
硬質な鱗に覆われた体長十メートルほどの蛇竜型モンスター――その名も〝サーペントドラゴン〟だ。
ランクはBランクとなっており、並みの冒険者であれば撤退を推奨される強力なモンスターだ。
レムたちを見つけ声を上げると、さっそく肉を喰らおうと襲いかかってくる。
「来い、《霊剛鬼剣》!」
「出でよ、《アイギス》!」
巨大な顎門を広げ、肉を喰らおうと迫り来るサーペントドラゴンに、レムはアリシアによって強化された《霊剛鬼剣》を。
ヤエは聖なる盾、《アイギス》を召喚する。
サーペントドラゴンの鋭い牙を、ヤエが《アイギス》を巨大化させて見事に防いで見せる。
巨体の誇る体重を乗せた一撃にも関わらず、僅かに後退したのみだ。
さすが、《アイギス》によって身体能力を向上させただけのことはある。
「喰らえッ!」
すかさずレムがサーペントドラゴンの側面に回り込み、《霊剛鬼剣》による強力な斬撃を放つ。
『ピギャァァァァァァァ――ッッ!?』
堪らず悲鳴を上げるサーペントドラゴン。
傷口は深く、パックリと開き中の骨が見えてしまっている。
『好機……!』
『マスターに続きます!』
『我らの攻撃も喰らいなさい!』
敵が怯んだ隙を見て、ハイスケルトン三体も飛び出した。
三体とも、レムとは反対側に回り込み、《装剣蟲》による刺突を繰り出す。
レムの《霊剛鬼剣》ほどではないにしろ、《装剣蟲》もなかなかの切れ味だ。
サーペントドラゴンの硬質な鱗を貫通し、肉まで刃を到達させることに成功する。
堪らず、敵が凄まじい咆哮を上げる。
そして体を捻らせると凄まじいテールアタックを繰り出してきたではないか。
「させません! 《ランクアップ・マジック》……《ファイアーボール》ッ!」
だが、サーペントドラゴンが身を捻った瞬間、アリシアは既に魔法スキルの発動に移っていた。
強化された《ファイアーボール》が、酸素を焼き尽くす音とともに飛び出す。
とんでもないスピードで今まさに振るわれたサーペントドラゴンの尻尾部分に、《ファイアーボール》が直撃し轟音を響かせる。
サーペントドラゴンの尻尾を弾くことに成功する――どころか、その先端を消し炭にしてしまったではないか。
(アリシア、本当に戦いに慣れてきたな!)
サーペントドラゴン程度の攻撃であれば、今のレムなら簡単に防ぐこともできた。
だが、それには少なからず体力を使うし、何より次の一手を繰り出すまでのタイムロスになる。
それを見越して、レムやヤエを邪魔しない完璧なタイミングで《ランクアップ・マジック》と《ファイアーボール》を使うことを選択したのだ。
サーペントドラゴンは激痛のあまり、とうとう戦うことをやめ、のたうち回る。
レムは一瞬だけサーペントドラゴンを哀れんだような表情を浮かべる。
そして――
「シスター、トドメを」
「了解よ、レムくん。行きなさい、《甲弾蟲》!」
レムの指示で、機会を伺っていたアンリが《甲弾蟲》を放つ。
弾丸と化した蜘蛛型の虫が、サーペントドラゴンの顎門の中に真っ直ぐと飛び込んでいき――ドパン! という音を口内から響かせる。
そのまま、サーペントドラゴンは白眼を剥いて、その場に崩れ落ちていく。
『むぅ……私の出番がなくて不満です……』
ただ一人、今回は特に出番のなかったハイスケルトンガードナーが、少々むくれた様子で不満を漏らすのだった。




