56話 異界(地球)の料理は最高です
「さて、ミノタウロスも出てきたことだし、そろそろハイスケルトンラットを使うかな?」
ミノタウロスどもをヤエが倒し、レムがアイテムボックスを使い死体を回収した頃、レムは新たなアンデッドを召喚する。
アリシアの《ランクアップ・マジック》によって進化したハイスケルトンラットだ。
スケルトンラットとさほど見た目は変わらないが、その能力は大きく変化している。
カーチルの件でも説明した通り、死友ノ宝玉がなくとも、術者と視界を共有できるようになったのだ。
アンリとスケルトンたちの対応力がどれだけ向上しているか確かめる為に、ここまで使用は控えてきたが、Cランクモンスタであるミノタウロスが出現したとなれば、そうは言っていられない。
あらかじめ敵を把握し、万全の態勢で臨むべきであろう。
「ハイスケルトンラット、先行して状況を確認してこい」
『チュー!』
レムの指示に、スケルトンラットは可愛らしい声をあげると、これまた可愛らしい足取りで走ってゆく。
「今のところモンスターはいないようだな……よし、ゆっくり進もう」
「霊装騎士の力は汎用的ですごいな……。戦闘をこなすアンデッドだけでなく、偵察用のものまで召喚できてしまうとは……」
「ありがとうございます、ヤエさん。まぁ、これもアリシアの《ランクアップ・マジック》のおかげなんですけどね」
「ふふっ……でも、わたしがご主人様に《ランクアップ・マジック》を使えるのは、ご主人様が私を愛し、初めてを捧げ――」
「ア、アリシア! 恥ずかしいからその辺で……!」
「ふふふっ、恥ずかしがるご主人様、可愛いです……♡」
アリシアの発言の途中で、レムは慌ててそれを遮る。
アリシアの言う通り、彼女がレムに《ランクアップ・マジック》の加護を授けることができるのは、互いが互いを心から愛し、初めてを捧げあったからだ。
それを条件とするアリシアの固有スキル愛の絆の効果で、初めて《ランクアップ・マジック》を施すことができるようになったのだ。
感動的な話ではあるが、それをアリシアの口から話されるのは、恥ずかしがり屋なレムにとっては頬を真っ赤にするほど気恥ずかしい。
「や、やんっ、ほっぺを真っ赤にするレムくん……可愛い……」
「あぁ、お腹の下がキュンキュンしてしまうな!」
恥じらうレムの様子に、アンリは太ももをモジモジさせる。
ミニスカ修道服なんかでそんな仕草をするものだから、なんとも……。
ヤエもまた、自分の下腹部に手を当て、少々息を荒くするのだった。
彼女も鎧の隙間から綺麗な太ももが覗いており、こちらも誘惑的だ。
「……ッ! みんな、ハイスケルトンラットがモンスターを見つけた。これは……またミノタウロスだ。しかも数は十体……」
レムの瞳に、ハイスケルトンラットの見たものが映像として映し出される。
少し進んだ先に、またもやミノタウロスの集団がいるようだ。
数も多い上に、今度は弓を持った個体も確認できる。
「よし、気を引き締めて行こう。前衛は私とレムちゃん、スケルトンたちはアリシアとアンリの援護、アリシアとアンリは後衛から援護……これでいいな、レムちゃん?」
「はい、それでいきましょう、ヤエさん」
「スケルトンたち、アリシアたちに傷ひとつ許すな」
『もちろんです、マスター♪』
『『『了解です!』』』
ハイスケルトンガードナー、そして、ハイスケルトンたちが元気よく返事をする。
レムもアリシアの《ランクアップ・マジック》で、あらかじめ強化しておいた《霊剛鬼剣》を召喚し、先へと進む。
◆
「《ランクアップ・マジック》! いきなさい、《アイシクルランス》ッ!」
『モ……ォォォォ……ッ!?』
ミノタウロスの集団、その最後の一体へ、アリシアが《ランクアップ・マジック》によって強化した《アイシクルランス》を放ち、その心臓を貫いた。
普段から連携の練習をしているレムたちと、先のゴブリンキングの件で共闘したヤエとのチームワークはなかなかのものだった。
誰一人小さな傷を負うことなくミノタウロスどもを倒してしまった。
連携力だけで言えば、全員がAランク冒険者のチームと同等かもしれない……そんな領域だ。
「うん、アリシアの状況判断能力も上がってきているね」
「お褒めいただきありがとうございます、ご主人様♡」
アリシアの魔法スキルの選択、そして《ランクアップ・マジック》を使うか使わないかの判断力……その辺も向上しているのでレムが褒めたところ、アリシアは心底嬉しそうな表情で、エルフ耳を小動物のようにピコピコと上下させて喜びを表すのだった。
「レムちゃん、この先に安全地帯がある。今日はこの辺にして休むとしよう」
「ヤエさん、そうですね。迷宮に潜った時間も遅かったですし」
レムたちは前回と同じように、モンスターの出現しない、そして立ち入ることのない、その名の通り安全地帯にて休みを取ることにした。
中には大人十人くらいが入っても余裕なくらいの岩肌の空間が広がり、中央には泉が湧きだしている。
泉の水で手を洗うと、早速レムはアイテムボックスの外套から食料を取り出す。
今回はあらかじめ公爵家の屋敷で調理したものを持ってきている。
マイカの父である大魔導士の闇魔法を使い発明されたアイテムボックスは、食材の鮮度や温度を保つ効果も持っているのだ。
「アイテムボックス……本当に便利だな。迷宮の中で温かい食べ物にありつけるのは本当にありがたい」
自分も泉で手を洗い戻ってきたヤエが、次々と料理や果実酒をアイテムボックスから取り出すレムを見て、羨ましげに声を漏らす。
通常、迷宮攻略の際には、食事は味気ない保存食で済ませることがほとんどだ。
美味しくて温かい食事を食べられるだけで、チームの士気にもいい影響を及ぼすことができる。
「それにしても、レムくんはこの二年で本当に色々な料理を覚えたのね……。レシピを聞いた時はこんな料理があるなんてビックリしたわ。どれも異界――地球産の料理なんでしょう?」
「そうだねシスター。前のパーティの――リーダーに色々な料理を教えてもらったから……」
ヤエの前なので、マイカの名前を出すことはしない。
彼女や侯爵には、まだレム自身が勇者パーティに所属していたことを打ち明けていないのだ。
噂が広まれば厄介ごとが舞い込むかもしれない。
アリシアと気ままな――それでいて稼ぎのいい冒険者ライフを、この先もずっと送っていきたいと考えているレムにとっては、それは何としても避けたいところなのだ。
「とりあえずご飯を食べましょう。今日のメニューはブイヤベースにシーザーサラダ、ミートローフ、それにグラタンです」
物珍しそうにメニューの数々を眺めるヤエに、それぞれのメニューの名前を説明するレム。
ヤエは早速、ブイヤベースに手を伸ばし――
「う、美味いぞ、レムちゃん! トマトの甘みと魚の旨味が溶け出している!」
どうやらお口に合ったようだ。
夢中になって、しかしそれでいて上品にブイヤベースを味わっている。
「……! これも初めて食べたけど美味しいわ! 確かグラタンだったわよね?」
「そうだよ、シスター。……うん、本当に美味しい。バッチリだよ、アリシア」
「ふふっ、練習した甲斐がありました♡」
今日持ち込んだ料理を作ったのはアリシアだ。
皆に――特にレムに料理を褒められてご満悦な様子だ。
『ミートローフとサラダも、とっても美味しいです♪』
『マスターたちの料理……』
『やめられない!』
『止まらない!』
料理を一心不乱に食べるハイスケルトンガードナーとハイスケルトンたち。
アリシアの《ランクアップ・マジック》で進化した彼女たちは、どうやら食事を食べられるようになっていたようで、最近は冒険者活動の後に一緒に食事をとることも多い。
美味しい料理に、温かな空間、レムたちは質の高い休息を得るのだった。




