55話 新たな聖盾
迷宮二層目――
「む、今度はミノタウロスか……」
「それも三体もいますね。よし、スケルトンガードナーたちはアリシアとシスターを守れ。ここはぼくが――」
「いや、レムちゃん、ここは私に任せてくれないか?」
前方にミノタウロスの姿を捕捉したヤエとレム。
向こうはまだこちらに気づいていないようだ。
レムがスケルトンたちに指示を出し、自分が相手をしようと前にしたその時だった。
ヤエがその言葉を遮った。
「お任せしていいのですか? タンクのヤエさんには体力を温存してもらおうと思っていたのですが……」
「ああ、実はゴブリンキングとの戦闘を経て、私は新しいスキルに目覚めたんだ。まだそれほど使ったことがないから、今の内に慣れておきたくてな」
「新しいスキルですか……そういうことなら、お任せします。ですが相手はミノタウロスです。注意してくださいね」
「ふふっ、もちろんだ」
ヤエは新たなスキルに目覚めていた。
人は生まれた時から持っているスキルがある。
それが成長し、派生したのが派生スキルだ。
だが、それとは別に後天的に新たなスキルに目覚めることがある。
戦闘により経験値を積むことで発現するケースや、感情の爆発によって発現するケースなど、様々だ。
そして、ヤエが目覚めたスキルはその名も――
「来るがいい、《アイギス》――!」
その名を唱えた瞬間、彼女の前方に眩いばかりの閃光が迸った。
光はやがて収束し、白銀の巨大な盾と形を成す。
以前、彼女が召喚した《セイクリッド・シールド》よりも一回り大きい。
それでいて形は洗礼されていて、より神聖さを感じさせる。
「これは……以前よりも力強い神聖属性の波動……」
召喚された《アイギス》の放つ波動に、レムは目を見開く。
それだけ《アイギス》の存在感は凄まじかったのだ。
「この召喚盾の性能は……まぁ、見てもらえばわかるだろう。ミノタウロスどももこちらに気づいたようだしな」
《アイギス》の放つ波動に、ミノタウロスがこちらを振り返る。
そしてヤエたちの姿を見ると、下卑た笑みを浮かべて接近を開始する。
ミノタウロスの武器は、先頭からそれぞれ槍、斧、そして長杖だ。
先頭の一体が間合いまで近づくと、『モォォォォォッ!』と雄たけびを上げ、ヤエに向かって槍による刺突を繰り出してくる。
なかなかに鋭い刺突だ。
他の個体よりも少々体も大きし、長い時を生きたミノタウロスなのかもしれない。
そんな鋭い一撃を、ヤエは《アイギス》を軽々と片手で扱い、弾いてみせる。
『モ……ッッ!?』
まさか人間の少女に軽々と自分の攻撃が見切られると思ってもみなかったのだろう。
ミノタウロスが驚愕に目を見開く。
実際、《セイクリッド・シールド》よりも巨大化しているにも関わらず、ヤエの動きは以前よりも速くなっていた。
(まさか、身体能力を向上させる効果を持っているのか……?)
レムはそのことに気づく。
そう、《アイギス》はその効果の一つに、身体能力を一.五倍化させるという能力を有している。
召喚盾が巨大化したにも関わらず、ヤエの動きが向上したのはこの為だ。
だが、さすがは中級モンスターだ。
仲間の攻撃が防がれたと見ると、横から斧を持った個体が得物を横薙ぎに振るってくる。
「無駄だ! 《アイギス》、展開ッ!」
ヤエが叫ぶ。
身体能力が向上していれば、敵への反応速度も向上している。
斧による攻撃を余裕を持って察知し、《アイギス》の別の能力を駆使する。
ヤエが叫んだ瞬間、なんと《アイギス》はその名の通り、左右に幅広く〝展開〟した。
ただでさえ巨大だった《アイギス》の幅が三倍にまで。
展開した部分がミノタウロスの攻撃を阻み、弾き飛ばす。
『モォォォォ! 《ファイアーボール》ッ!』
味方二体の攻撃を阻まれた。
ならば魔法による攻撃だ。
後方に控えていたミノタウロスが、炎属性の下級魔法、《ファイアーボール》を放つ。
しかし……これもまた展開した《アイギス》を軽々と持ち上げ、ヤエは防ぐ。
《アイギス》と《ファイアーボール》が衝突し、激しい音が響き渡る……と思ったのが、それは起きなかった。
衝突したその瞬間、《アイギス》はまるで福音のような音色を奏でた。
すると、《ファイアーボール》が跡形もなく消えてしまったではないか。
「残念だったな、ミノタウロス。私のアイギスは中級までのスキルを無効化できるんだ」
『モ――ッッ!?』
《ファイアーボール》を放った個体が驚愕に目を剥く。
まさか完全に攻撃を無効されるとは……! と――
『モォォォ!』
『モ! モッ!』
このままではやられる……!
それを悟った前衛にミノタウロス二体がその場から飛びのいて撤退を目論む。
しかし――
「逃すか!」
それをオメオメと見届けるヤエではない。
飛び退いた二体に向かって、向上した身体能力と展開した《アイギス》を着地する前にぶつけ、大きく後方へと弾き飛ばす。
とんでもない威力のチャージアタックだ。
飛ばされた二体は、後方で控えていたミノタウロスを巻き込み、地面を転がる。
何としても逃げねば!
その一心で、必死に起き上がる三体。
だが、それは無駄に終わる。
「《アイギス》! 聖なる刃を展開しろ!」
再びヤエが高らかに叫び、《アイギス》を頭上に構える。
そして大きく振りかぶると、アイギスは元の大きさに戻る。
そして縁の部分から白銀のエネルギー状の刃が展開した。
「うぉぉぉぉぉぉぉッ!」
ヤエが叫ぶ上げその場を飛び出す。
そして間合いへと飛び込んだところで、《アイギス》を大剣のように横一文字に振り切った。
斬――――ッッ!
鋭い斬撃音が響き渡る。
そして……ズルリッ――と、ミノタウロス三体の体が横真っ二つに滑り落ちてゆく。
《アイギス》の神聖属性の刃によって、断ち切られたのだ。
「すごいです、ヤエさん! これは、まさか固有スキルですか?」
敵が完全に沈黙したところで、レムがヤエに駆け寄って問いかける。
ヤエは自信ありげに大きく頷くと……。
「ああ、その通りだ、レムちゃん。恐らく、前回ゴブリンキングに殺されかけた恐怖が原因でこのスキルに目覚めたのだと思う。それと……レムちゃんに助けられたのも理由の一つ、だな」
言葉の途中で、少し頬を染めて答えるヤエ。
どうやらレムに命を救われた時のことを思い出したようだ。
ヤエの固有スキル《アイギス》、それが目覚めたのは彼女の言った理由によるものだ。
ゴブリンキングの《メギドフィスト》によって《セイクリッド・シールド》を砕かれ、殺されかけた恐怖……それによってより強力な防御力に目覚め、レムに助けられたことにより、彼の強さに憧れ、聖なる刃を展開する能力を手に入れた……大体こんなところであろう。
「この力で、今度は私がレムちゃんを守れたら……そう思う」
「ヤエさん……」
唐突に紡がれたヤエの言葉に、レムはなんとも言えない感情に襲われる。
そんな二人を少し離れたところから、アリシアが「いいですよ、ヤエさん! その調子です♡」と小声でエールを送り、アンリが「や、やんっ、また他の女の人に先を越されちゃう……!」となぜか頬を赤くしながら呟くのだった。




