53話 迷宮の異変、再び
「よし、始めよう、アリシア、シスター」
「了解です、ご主人様っ」
「頑張るわ、レムくん!」
同日の昼下がり――
侯爵家の裏庭で、レムが真剣な表情でアリシアとアンリに言うと、彼女たちも同じような表情でそれに応える。
「来い! 《霊剛鬼剣》ッ!」
「《ランクアップ・マジック》!」
レムが《霊剛鬼剣》を召喚すると、すぐさまアリシアが固有スキル《ランクアップ・マジック》を発動する。
「《斬空骨剣》ッッ!」
「《ランクアップ・マジック》……ッ! 《ファイアーボール》!」
続いて、レムが別の霊装武具、《斬空骨剣》を召喚すると、再びアリシアが《ランクアップ・マジック》を発動。
強化された《斬空骨剣》をレムが振るったところで、アリシアが真空刃が飛び出すのに合わせて炎属性の下級魔法、《ファイアーボール》を発動する。
「ぐ……ッ、やっぱり硬直するか……シスター!」
「了解よ、レムくん! 《甲弾蟲》ッ!」
《斬空骨剣》による斬撃を放ったところで、レムの体が一瞬だけ硬直する。
今、レムたちが行っているのは、強力な敵と相対した時に備えて、三人による高度な連携攻撃の練習である。
《霊剛鬼剣》も《斬空骨剣》も強力な霊装武具だ。
間髪入れずに召喚・発動すれば体に負担がかかり、僅かな時間ではあるが硬直を起こしてしまう。
そこで、アリシアの魔法攻撃を同時に繰り出す、それに加え、アンリの《甲弾蟲》で追撃。
レムの硬直時間をサポートしようという作戦だ。
「レム様、失礼いたします」
さらなるスキルをレムが発動しようとしたその時だった。
後ろから屋敷のメイドが声をかけてきた。
「どうかしましたか?」
「修練中にお声がけしてしまい申し訳ありません。レム様にお客様がいらっしゃいまして……」
「ぼくに……? わかりました、すぐに向かいます」
冒険者であるレムに客……大体の予想がついたレムは、アリシアたちとの練習を切り上げて、屋敷に応接の間へと向かう。
◆
「レムさん! お忙しいのにすみません」
「ネネットさん……どうやら今回は本物のようですね」
「もちろんです! 念のために〝色々〟確認してもらってもいいですよ?」
来客はギルドの受付嬢ネネットだった。
貴族の屋敷にいるせいか、どこか所在なさげだ。
それはさておき。
カーチルの件もあり、一瞬疑うレムであったが、彼女の様子を見て、そうではないとわかるといつものあどけない表情に戻る。
ネネットはそれに苦笑しながらも、元気な声でレムに応える。
なんだか〝色々〟のイントネーションが強調されていた気がする上に、彼女の頬が少々ピンクに染まっている気がするが……レムはそれに気づかない。
「それよりもどうしました、ネネットさん? 侯爵様の屋敷にまで訪ねてくるということは……何か指名の依頼でしょうか?」
「その通りです、レムさん。実は、また迷宮の様子がおかしくて……モンスターの動きが活発化しているんです」
「モンスターが活発化……まさか、またゴブリンですか?」
「いえ、今回は特定の種族ではなく、モンスター全般が活発化、そして発生量も増えているようです。一層目にオークが現れたという報告もありました」
「一層目にオーク……ですか」
ネネットの報告を聞き、レムが少しの間沈黙する。
通常、オークが現れるのは二層目以降だ。
それが一層目に現れたともなれば、初心者冒険者など、ひとたまりもないだろう。
「こちらが正式な依頼票となりますので、ご確認ください」
「依頼は……モンスターの駆逐と、発生原因の究明、原因がわかった場合は可能であればそれを排除、ですか」
「報酬もなかなかいいみたいですよ、ご主人様」
「ほんと、すごい金額ね……」
ネネットの差し出した依頼票をレムが読んでいると、両隣からアリシアとアンリが顔を出す。
二人の言う通り、前回のゴブリンキングの時ほどではないにしろ、それでもかなりの報酬額が明記されている。
「ついでに言うと、その依頼には私も同行することになっている」
レムが依頼を受ける旨を伝えようとしたその時だった。
少し離れた席から、同席していたヤエが割って入ってくる。
「え……? そうなのですか?」
「もちろんだ、レムちゃん。正式に騎士団にも依頼が入ってな。前回ほどの騒ぎではなさそうだから、私一人が同行する予定だ。不満か?」
「いえ、防御スキルを持つヤエさんが同行してくれるならありがたいです」
ヤエが同行すると聞き、レムは少し安心する。
レムが行くとなれば、アリシアとアンリもついてきてしまうだろう。
スケルトンガードナなどに護衛をさせるつもりだが、やはり防御に関する上級スキルを持つヤエの同行は心強い。
前回のゴブリンキングの件で、彼女の心が折れてしまっていないか、若干心配していたのだが……それも杞憂だったようだ。
「お受けいただけるようで、よかったです。それでは私はギルドに受託の報告をしてきますので、準備が出来次第、迷宮に向かっていただけたらと思います。……くれぐれも、無理はなさらないでくださいね……!」
「了解です。もちろん無理はしないのでご安心ください」
ネネットの言葉に、レムはしっかりと頷きながら応える。
侯爵にクエストに出かける旨を伝え、諸々準備を済ませると、その日のうちにレムたちは迷宮へと赴くのだった。
(ゴブリンキングに続き、新たな迷宮の異変――なんだか嫌な予感がするな……)
レムの直感が、静かに、しかしはっきりと警鐘を鳴らす。




