48話 復活の四魔族
〝バーレイブ王国〟――首都である〝ヤルロイ〟の中心に白磁の大きな塔が建っている。
そこは〝聖魔王〟を崇める〝ベルゼビュート教団〟の本部である。
そしてその最上階にある広大な一室で、一人の美しい少女が祈りを捧げていた――
歳は十七、純白の肌に蒼銀の腰まである長髪、瞳の色は同じく蒼銀。
肌も透けるほどの薄い白の生地で出来た服を纏っている。
彼女の名は〝エリス〟――
このベルゼビュート教団における〝巫女〟の一人である。
「……神託を、ベルゼビュート様から神託を賜りました。どうやら、近いうちに〝四魔族〟が蘇るようです」
「……ッ! それは本当ですか、エリス様!」
エリスが静かに紡いだ言葉に、側に控えていた神官が目を見開いて質問をする。
聖魔王――又の名を〝予言神〟ベルゼビュートに選ばれた、巫女であるエリスは一日のほとんど祈りを捧げて過ごす。
そうすることで、聖魔王ベルゼビュートから神託――つまりは予言のようなものを授かることができる。
神託の内容は多種多様だが、そのどれもが人類の行く末に関わるものである。
そして、エリスが神託を受けた〝四魔族の復活〟のことだが……。
この世界にはかつて、魔神と七大魔王と呼ばれる邪悪な者どもが存在した。
聖魔王ベルゼビュートもその内の一柱ではあったが、彼女は人類に味方をする善良なる魔王となったので、今は六大魔王と呼ばれることが多い。
そして七――或いは六大魔王には、それぞれに四魔族と呼ばれる強大な配下が存在した。
過去の魔神の黄昏で、マイカの父である大魔導士とその仲間によって、全てが滅ぼされた。
その後もいくつかの魔王と四魔族が復活することはあったが、それも聖刃アリアと聖獣タマなどの英雄の活躍により、討滅・封印されることとなった。
未だ世界には魔族やモンスターが蔓延ってはいるが、当時と比べればマシな時代が続いていた――のだが……。
「四魔族……何としても早急に滅ぼさなければ!」
「ええ、魔族の狙いは自らの仕えていた魔王の一柱の復活に他なりません。急いで国王様に知らせ、勇者マイカたちを討伐に向かわせましょう……」
四魔族が復活したならば人類に災厄をもたらすだろう。
そして、いずれは主である魔王を復活させ、世界を混沌の渦に叩き落とすことになりかねない。
そうなる前に、何としても四魔族を討伐しなければならない。
エリスはこの国王にその旨を伝え、この国の誇る勇者――マイカたちを招集することにするのだった。
「レム――あなたに会うのは久しぶりね……」
神官が急いで部屋を出て行くのを見届けながら、エリスは小さく呟くのだった――
◆
「よくぞ来てくれた、勇者マイカとその一行よ」
「「「はっ!」」」
数日後――
王宮の謁見の間で、国王である〝ライゼン・バーレイブ〟が満足そうに頷きながら言葉を紡ぐ。
その言葉に、三人の少女が応える。
女勇者であるマイカと、彼女の仲間の女戦士クルエル、そして女魔法使いのレイナだ。
クルエルとレイナは跪き深く頭を下げているが、マイカは堂々とした様子で立ったままだ。
クルエルとレイナは平民の出身だが、マイカは世界を救った大魔導士の娘だ。
その地位は王族にも匹敵するのである。
「む……? マイカよ、貴女のパーティには幼い少年もいたと思ったのだが……」
国王が首を傾げながらマイカに問う。
そう、国王も彼女の騎士――レムに面識があったのだ。
そしてその力で、何度もマイカを窮地から救ったこともあると聞いていた。
そんなレムがいないことに、疑問を覚えたのだ。
「……彼は、その……事情があって故郷に帰りました。今頃は育ての親と幸せに暮らしているかと……」
国王の問いかけに、マイカは歯切れ悪く答える。
まさか、戦力として相応しくないのを理由に、性奴隷にしようと脅した挙句、そのまま出ていかれてしまった……などとは口が裂けても言えはしない。
「そう……レムが故郷に戻ったのは、あなたたちと決別したからなのね……」
マイカの言葉に国王が何かを言う前に、国王の側に控えていた少女が言葉を発する。
巫女であるエリスだ。
その表情は曇っている。
当然だ。
彼女とレムにはとある出来事をきっかけに特別な絆ができた。
そして、彼女はずっとレムに会いたいと思っていた。
その理由は――しばらく前に、レムから受け取った手紙が大きな要因の一つだった。
育ての親であるアンリ、そして尊敬していたネトラ神父、その二人による裏切り行為……。
傷心したレムが何か変な気を起こしてないか。
まさかショックのあまり自殺などと馬鹿げたことを考えてはいないだろうか。
レムに対し、特別な感情を持つエリスにとってはそのことが何よりの気がかりなのだ。
マイカたちと行動をしていればそれはないだろうと思っていたが、彼女たちと決別してしまったとわかれば心配になるのも当然である。
「エリス様――その表情、まさかレムに何かあったのですか……?」
「マイカ、実は――」
「二人とも、すまんが少年の話は後にしてくれぬか。今はそれどころではないのだ」
エリスの表情を見て、レムに何かあったのだとマイカは察したようだ。
事情を聞こうとする――のだが、国王によってそれは遮られる。
今は国の……否、世界の命運に関わるかもしれない大事な話し合いを切り出そうとしているのだ。
「失礼しました」
「王の御前で取り乱しました。お許しを」
マイカとエリスが揃って頭を下げる。
国王はそれに片手を上げて応えると、本題へと話を移す。
「勇者一行よ、聖魔王ベルゼビュートより神託が降りた。四魔族が復活するらしい」
「ふぇっ……!?」
「四魔族……ですってぇ!?」
国王の言葉に、クルエルとレイナが驚愕の声を上げる。
二人はてっきり、通常の魔族の集落を滅ぼせとか、モンスターの群れを討伐しろ……といったよくある任務を命じられるのかと思っていた。
マイカも予想外だったのだろう。
普段は何が起きてもあまり動じることのない彼女も「四魔族の復活……」と呟きながら目を見開いている。
「四魔族の内の一体はこの国――それもここから半日ほどの距離にある遺跡に復活する予定とのことだ」
「それは……一刻を争いますね。わかりました、至急遺跡に向かいます。うまくいけば復活のタイミングで討伐できるかもしれません」
「うむ、話が早くて助かる。一応遺跡に見張りをつけてはいるが……四魔族ほどの敵を前にしては無力も同然だろうからな」
聖魔王ベルゼビュートの神託によれば、四魔族の内の一体は、このバーレイブ王国の首都ヤルロイからそう遠くはない距離に位置する古代遺跡に復活する予定とのことだ。
この国の兵士がいかに鍛えられていても、勇者やそれに準ずる力を持つものでなければ四魔族の相手は務まらないだろう。
マイカが急ぐ理由は、四魔族が復活し、被害が出る前に食い止めたいという理由もあるが、復活したてであれば力が弱まっている可能性もあるので、そこを叩きたいという狙いもあるのだ。
「エリス様、帰ってきたらレムのこと聞かせてください」
「わかったわ。気をつけて、マイカ」
レムのことは気になる。
だが、勇者としてまずは人々の平和のために行動しなければならない。
マイカはレムのことを気がかりに思いつつも、レイナとクルエルを連れて遺跡へと向かう。




