46話 思ったよりも強かった……
「〝変化〟スキル、か」
「ふははっ、その通りです」
レムの呟きに、男――カーチルは面白そうに答える。
変化スキル――その名の通り、物や人に自分の体を変化させることのできる上級スキルのことだ。
「それで……いつから、それにどうして私が受付嬢じゃないと気づいたのですかな?」
「最初からおかしいとは思っていた。明らかにいつものネネットさんと様子が違ったからな。もしやと思ったのは既に使いの者が待ち合わせ場所で待機していると、お前が言った時だ」
いくら急な依頼でも受けるかどうかもわからないのに、伯爵家の使いともあろう者が既に待機しているのは少しおかしい。
それと、レムはマイカたちとの救世の旅路の中で、変化スキルを使う人物に会う機会があった。
その人物が変化スキルを使った時の雰囲気と、虚ろなネネット――に化けたカーチルの雰囲気が似通っていたことに気づいた。
――もし、目の前の人物がネネットでないならば、何かしらの理由で自分をおびき寄せようとしているのではないか。
その手に乗ってやるのは危険かもしれないが、家の中で正体を暴けば、アリシアとアンリに危害が及ぶ可能性があった。
それらを考慮し、敢えて誘いに乗った……そんなことをレムが伝えると――
「ふはははははッ! 腕前だけでなく勘と頭脳も冴えているとは……! いやはや驚きました。だが、一つお忘れではないかな? もし、私の目的が貴方ではなく、奴隷の二人だったとしたら……」
レムの言葉を聞き、カーチルが再び高笑いする。
そのまま、これまた称賛の言葉を送るとともに、おぞましい可能性をレムに提示する。
「自分でぼくを亡き者にする刺客だと言いながら何を言ってるんだ? それに、二人が目的なら、もっとやりようがあるだろう。変化のスキルを持っているんだからな」
キッパリと、レムはその可能性を否定する。
カーチルの言葉、それに彼の持つ変化スキルを使えば、奴隷市場のグウェンに化け、理由をつけてアリシアとアンリを攫うこともできただろう。
ギルドの受付嬢であるネネットに変化して、レムを連れ出す必要などなかったのだ。
それに、アリシアは記憶喪失な上に、この前まで迷宮の水晶の中に封印されていたのだ。
いくら絶世の美貌を持つとはいえ、わざわざAランク冒険のレムの奴隷である彼女を、危険を犯してまで狙う人間が現れる確率は低い。
奴隷落ちした修道女であるアンリも然りである。
さらに言えば、レムは二人の安全は確認済みなのである。
死霊召喚スキルで呼び出した《スケルトンラット》――それを家に一体配置してある。
そして、《スケルトンラット》にはアリシアによる《ランクアップ・マジック》を施してある。
ランクアップした《スケルトンラット》は、以前のようにマジックアイテムである死友ノ宝玉を通さなくても、レムの視覚に映像を送り込むことができるようになったのだ。
今も、どうにも不審に思ったアリシアとアンリがギルドに向かっている姿が、レムの視界の中に映し出されている。
「ほほう、気持ちを揺さぶってやろうと思ったのですが……これにも動じませんか。貴方、ただのAランク冒険者ではありませんね?」
「だったらどうした? それより、お前の狙いを聞かせろ。どうせ伯爵家の依頼とやらも嘘なんだろう?」
「ふはははっ、そこもバレていましたか! 詳しく教える必要はない……ですが、貴方が生きていると不都合な方がいるとだけ伝えおきま――しょうッ!」
今度はレムの質問に答えるカーチル。
しかし、問答はここまでのようだ。
言葉の途中で、カーチルが再びレイピアによる刺突を繰り出してきたのだ。
「《霊剛鬼剣》――ッ!」
だが、敵が刺突を繰り出すその刹那、レムは既に《霊剛鬼剣》を呼び出していた。
二年の戦いの勘が、敵がこのタイミングで攻撃を放ってくることを告げていたのだ。
レムの霊装武具の召喚スピードは桁違いに速い。
敵の攻撃を、魔剣の先端でピタッ……と止めて見せる。
「……ッ!? ば、馬鹿な! 先ほどとは違い私は渾身の一撃を放ったのだぞ! それが、なぜ……いや、それよりもその《霊剛鬼剣》の形は何だ!?」
目を見開き、驚愕といった形相で狼狽するカーチル。
彼はレムの戦力を調べ上げていた。
自分の本気の刺突であれば、Aランクの霊装騎士が止められるはずがなかった。
なのに、目の前の少年は涼しい顔でそれを止めた。
それも剣の先端で力を拮抗させるという神業染みた芸当で……。
そして、カーチルは霊装騎士の呼び出す《霊剛鬼剣》の形状も知っていた。
だがどういうことだろうか。レムの持つ《霊剛鬼剣》は通常よりも巨大で、禍々しい形状をしているではないか。
(アリシアに〝あらかじめ〟《ランクアップ・マジック》をかけてもらっておいて正解だったな……)
心の中で、レムは呟く。
そう。ここ数日の間で、レムは新たな技術を会得していた。
その名も〝状態維持帰還〟――
通常、霊装武具は次元に帰還させると、次に呼び出す時はその状態がリセットされる。
だが、レムはアリシアの《ランクアップ・マジック》と出会ったことで、以前呼び出した状態で再び霊装武具を召喚できれば、《ランクアップ・マジック》をかけた状態も維持できるのではないかと考えた。
そしてそれは成功した。
今、レムが手にしている《霊剛鬼剣》は、アリシアの《ランクアップ・マジック》によって進化を遂げたものなのだ。
「今度はこっちの番だな……?」
轟――――ッッ!
凄まじい音が鳴り響く。
レムがレイピアを先端を弾き、そのままカーチルの腹に向かって《霊剛鬼剣》を薙ぎ払ったのだ。
「くっ!? だが、これしきの攻撃では……!」
既のところで攻撃を躱すカーチル。
とても初老とは思えない身のこなしだ。
「だったらこれでどうかな、《斬空骨剣》!」
レムの攻撃は終わりではない。
今度は反対の手に同じく霊装武具である《斬空骨剣》を召喚する。
言わずもがな、こちらもアリシアの《ランクアップ・マジック》によって強化済みだ。
「ハァッッ!」
レムが《斬空骨剣》を幾重にも振るう。
不可視の斬撃が風切り音を立ててカーチルに襲いかかる。
「ハ、《ハンドレッドラッシュ》……ッッ!」
レムの狙いは完璧だ。
敵が右に避けても左に避けても、斬撃が当たるように攻撃を放った。
それを見抜いたカーチルは、スキルを発動した。
ソード/ランス系の上級スキル、《ハンドレッドラッシュ》――
その名の通り、百にも及ぶ突きを目にも留まらぬ速度で繰り出すことのできるスキルだ。
躱すことは不可能。
ならば打ち消すしかないと、突きの壁を形成し、《斬空骨剣》による不可視の斬撃を相殺しようというのだ。
(こんなはすでは……!)
事前に仕入れた情報では、レムはゴブリンキングを相手に軽い怪我を負う程度の強さしかなかったはずだ。
そして何より、仲間であるイービルエルフ――アリシアのバフスキルがなければ、そこまでの強さを持ち合わせてはいないはずだった。
だが、目の前の少年はそれらを覆し、格上であるはずの自分を追い詰めてくる。
狩りをするはずが狩られそうになっている……。
その事実に、カーチルは体から汗を噴き出させながら、なんとか斬撃を相殺していく。
「意外と耐えるな……ならもう数発いくか」
対し、レムは涼しげな顔でさらに《斬空骨剣》による斬撃を飛ばす。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉ――――ッ! 《ハンドレッドラッシュ》ゥゥゥゥゥゥッッ!」
喰らうわけにはいかない!
カーチルは必死の形相で、さらにスキルを発動する。
数回だけ《斬空骨剣》振るうレム。
それに対し、体力とマナの消費が激しい上級スキルを発動し続けるカーチル。
カーチルはレムの成長速度を考慮してなかった。
レムは大切な人を守るため、自分の霊装騎士としての腕を磨くことを怠らなかった。
そして、ゴブリンキングとの一戦を終え、さらにバトルセンスも成長していた。
カーチルは自分の強さに驕ってしまったのだ。
(よし、ここだな。来い《ハイスケルトンガードナー》)
カーチルが目の前の攻防に全神経を集中させたのを見計らい。
レムは彼の後方に、こちらもアリシアによって強化された《ハイスケルトンガードナー》を召喚する。
『後方不注意です♪』
『へ――あがぁぁぁぁッッ!?』
後方から聞こえる声、それにカーチルが間抜けな声で反応……するのだが、時すでに遅し。
レムに召喚されてウキウキな《ハイスケルトンガードナー》の振るう盾による強打を後頭部に喰らい、意識を失う。
「さて、縛り上げてギルドに連れていくか……」
敵が完全に気絶したのを確認した後、レムはアイテムボックスの外套から特殊な硬度を誇る縄のマジックアイテムでカーチルを縛り、都市のギルドまで引きずっていくのだった。




