45話 指名依頼と不意打ち
「レムさん……」
「ネネットさん? どうしたんですか、わざわざ家まで来るなんて」
来客の正体、それはギルドの受付嬢であるネネットだった。
ギルドの職員がわざわざ冒険者の自宅まで訪ねてくるとは、一体どんな用件だろうか。
「実は……レムさんに指名の依頼がありまして……」
「……? 指名ですか、どんな内容でしょう?」
一拍の沈黙の後、レムがネネットに問いかける。
指名の依頼とやらも気になるが、どうにも彼女の様子がおかしいのだ。
いつもは誰にでも優しい笑顔を振りまく天真爛漫な彼女が、今日はどういうわけか虚ろな表情を浮かべ、声に覇気がないのだ。
ネネットの体調を気遣い、部屋の中へと招き入れるレム。
アリシアとアンリが、すぐにお茶と取り置きのお菓子を用意し始める。
「隣の都市の領主、ホフスタッター伯爵様からの指名依頼でして……とあるマジックアイテムの素材となるものを、探してほしいという依頼です……」
「とあるマジックアイテムですか。ネネットさん、詳細をお聞きしてもいいですか?」
「レムさん、申し訳ありません。どうやら極秘の依頼らしく、一介のギルドの職員である私は詳細を知らないのです……。ですが、正式な依頼票を持ってきましたので、ご確認ください……」
依頼の詳細を知らないと言いながら、ネネットは一枚の羊皮紙を取り出した。
そこにはしっかりと、隣の都市の領主であるホフスタッター伯爵の名と、依頼の内容が記されていた。
内容は――マジックアイテムの作成に必要な素材の捜索とその納品。
詳細についてはギルド職員に待ち合わせ場所に案内させるので、そこで伯爵の使いの者が伝えるというものだった。
ちなみに、依頼は極秘のためレム一人で遂行するようにとも記されていた。
「え……? 本当にこんな報酬が貰えるんですか?」
依頼内容の下に記された報酬の額を見て、レムが大きく目を見開く。
報酬は前金で白金貨一枚、納品に成功すればさらに白金貨を三枚、失敗しても白金貨一枚を約束するというものだった。
「伯爵様が自ら依頼するような内容ですから……報酬としては妥当かと思います……。どうでしょう、受けていただけるでしょうか……?」
「ネネットさん、一つだけ質問させてください。どうしてぼくが指名されたのでしょうか?」
「レムさんはAランク冒険者です。その噂は隣の都市まで広まっています。そしてその信用の置ける人格も……極秘の依頼を任せるには妥当かと思います……」
レムのもっともな質問に、ネネットは虚ろな様子で、しかし淡々と答えるのであった。
一瞬、レムは(まるでそう答えるように命令されているような……)などと、考えるのだが、ひとまずそれは置いておくことにする。
「ご主人様一人での依頼、わたしは反対です」
「そうね、何か危険があったら嫌だもの」
話を聞いていたアリシアとアンリが、口を揃えて反対だと意見する。
二人とも、いくら強いとはいえ、まだまだ幼く愛しいレムを一人にするのが不安なのだ。
「大丈夫だよ、アリシア、シスター。とりあえず待ち合わせ場所で依頼内容の詳細を聞いてから受けるかどうか判断するから。それに、伯爵様からの依頼だし、ギルド職員のネネットさんが直接来たんだから、怪しいものじゃないだろうし」
レムを心配するアリシアとアンリ。
そんな彼女たちに対し、レムは大丈夫だと言って小さく笑う。
伯爵からの依頼、ギルド職員が直接来た。
何かを疑う余地はまずないだろう。
それに、何よりも報酬が魅力的だ。
アリシアとアンリ、二人の将来の生活のことを考えれば、金銭はいくらあっても良い。
そんな思いで、レムは依頼を受けることに乗り気……というところだろうか……?
「ありがとうございます。実はそう言っていただけると思って……すでに伯爵家の使いの方が、待ち合わせ場所で待機していただいています……これから一緒に来ていただけるでしょうか……?」
「……ずいぶんと気が早いですね、ですがわかりました。案内してください」
一瞬、レムは瞳を鋭く細め沈黙した。
しかし、すぐに表情をいつものあどけなく可愛らしいものに戻すと、身支度を済ませ、ネネットとともに待ち合わせ場所とやらに向かうこととする。
そんな彼の姿を、アンリと、特にアリシアは心配そうな面持ちで見送るのだった。
◆
「ネネットさん、どこまで行くのですか……?」
数十分後――
レムとネネットは都市の近くにある森林の中へと訪れていた。
歩き始めてしばらく経つというのに、どこまでも森の中を進んで行くネネットに、レムが声をかける。
「そうですね……この辺でいいでしょうか――ッッ!」
レムの問いかけに応えるその途中――ネネットが突如振り返り、レムの腹目がけ〝レイピアによる刺突〟を繰り出して来た。
「ッ――――!」
短く息を漏らすレム、そしてそのままバックステップし、刺突を回避した。
「ほう……完全なる不意打ちだと思ったのですが、これを躱しますか? さすがAランク冒険者といったところ、ですかな?」
仲のいい受付嬢のネネット、そんな彼女が今まで持っていなかったはずのレイピアを手の中に出現させ、突きを放ってきた。
普通では反応するのも困難な攻撃に、いくらかの余裕を持って対処してみせたレム。
ネネットは壮絶な笑みを浮かべながら、称賛の言葉を送る。
「やっぱりな、お前……ネネットさんじゃないだろ?」
「ふ……ふははははははは! まさか見抜いていたとは! 何という勘の良さよ、一体いつから気づいていたのですかな?」
レムが言葉を紡ぐと、それにネネット――否、〝それ〟は高笑いをしながら問いかける。
そして、その体を霧のようなものが包み込んだ。
やがて霧散するとそこには――
「初めましてですな、Aランク冒険者、レム。私の名は〝カーチル〟。貴方を亡き者にする刺客です」
慇懃な動作で礼をしながら挨拶の言葉を述べる、執事服の初老の男が立っていた。




