42話 昇級と取り戻しつつある絆
「あ! レムさ〜ん!」
ヤエとのデートから数日後、何か良い依頼はないかとギルドへとやってきたレムたち。
中へ入ると、受付カウンターから受付嬢のネネットが手を振ってレムの名を呼ぶ。
「こんにちは、ネネットさん。何かご用ですか?」
「はい! レムさんが来たら渡せ、とギルド長に言われていたものがありまして……まずはこちらをお収めください!」
アリシアとアンリを連れカウンターへと近づくと、ネネットがそう言いながらカウンターの上に革袋を置く。
「これは……白金貨がこんなに。やはりゴブリンキングは高く買い取ってもらえたようですね」
「はい! なんてったってAランクモンスターの死体が丸ごとですからね。それに、他のモンスターの素材もありましたし……」
すぐにこれは支払い待ちになっていた、先のクエストの報酬だと気づいたレムに答える。
革袋の中には数枚の白金貨、それに金貨や銀貨が入っていた。
ヤエたちと行った迷宮でのクエスト報酬は確かに高額であったが、それでもここまでの金額を提示されたわけではない。
今回の報酬の大半は、ゴブリンキングの素材の買取報酬によるものなのだ。
「す、すごいわ……こんな報酬がもらえるなんて……」
レムの後ろで、アンリが口に手を当て、驚きを露わにする。
アンリ自身、孤児院で働いている時はレムが勇者パーティとして活躍した分の報酬を一部受け取っていた。
しかし、ここまでの大金をまとまって見るのは初めてだ。
驚いて当然と言えよう。
「これだけあれば二年は三人で暮らせてしまいますね、ご主人様」
「そうだね、アリシア。ぼくもビックリだよ」
たった一回のクエストでそれほどの金額を稼いでしまったことに、レムもアリシアも小さく笑って喜びを分かち合う。
「それだけではありませんよ、レムさん! これをお受け取りください!」
「白金のタグ……本当にぼくがAランク冒険者に?」
さらにネネットがレムへと渡したのは白金色の冒険者タグ――
即ちAランク冒険者の証だった。
周囲からAランクになるのは時間の問題だと言われていたが、本当に英雄とも呼ばれるようなランクに登り詰めることが出来ようとは……。
先ほどよりも、驚いた様子でレムはネネットに問いかける。
「もちろんです! ゴブリンキングを倒したのですから当然ではないですか、レムさんはこの都市の英雄です!」
返ってきたのはそんな答えだった。
ネネットだけではない。
酒場にいた冒険者たちも「よくぞゴブリンキングを倒してくれた!」とか、「Aランク冒険者の誕生に乾杯!」などと、レムに称賛の言葉を送りながら酒をグビグビ飲んでいる。
「さすがですね、ご主人様♡」
称賛を受けるレムの腕に、アリシアが自分の腕を組みその豊満なバストを、むんにゅりと当ててくる。
「ず、ずるいわ、アリシアさん。私も……!」
そう言って、反対の腕にはアンリが遠慮がちに、しかししっかりと腕を絡め、こちらもアリシアほどではないにしろ、それでも立派なバストを押し付けてくる。
「ちょっ、二人とも……!?」
左右から柔らかな感触を押し付けられて、レムはが困った表情を浮かべる。
そんな三人の様子を見ていた男性冒険者たちが「くそっ、くそっ! なんて羨ましいものを見せつけてくれるんだ!」とヤケ酒を煽り、その向こう側では女性冒険者が「はぁ、困った顔したレムくん可愛い……食べちゃいたい」などと言っている。
「むぅ〜、私もレムさんをギュッとしたいです……」
受付嬢のネネットまで、そんなことを呟いているのだが……アリシアとアンリの相手で手一杯のレムの耳には、聞こえていないのだった。
「ところでレムさん、今日はクエストを受けに来たのですか?」
「あぁ、そのつもりだったのですが……ちょっとやることが出来たので、今日は失礼します」
アリシアとアンリに密着されるレムに、ネネットが問いかけると彼は答える。
「ご主人様、どうしたのですか?」
「今日もスキルの練習をするって言ってたのに……」
不思議そうな表情をするアリシアとアンリ。
そんな彼女たちに、レムは「まぁ、ついて来て」と言ってギルドを後にする。
酒場の方からは「なんだよ、祝いに一杯奢ってもらえると思ったんだけどな」という声や、「え、行っちゃうの? レムくんとお近づきになれると思ったのに」などという、冒険者たちの声が聞こえてくるのだった。
◆
「ガルガンさん、いますか?」
「お! なんだよレム、久しぶりじゃねーか。聞いたぜ、ゴブリンキングを単騎で討伐したらしいな!」
ギルドから歩くこと少し、レムたちは武具店ガルガンズへとやって来た。
相変わらず店に入っても出迎えはなかったが、レムが奥へと呼びかけると女店主のガルガンが出て来た。
自慢の犬耳はピンと立ち、素肌にオーバーオールを着た相変わらずの悩ましファッションをしている。
どうやら彼女もレムの活躍を噂で聞いたようだ。
よくやった! と言って、レムの背中をバンバン叩いている。
「それで、今日はどうしたんだ? それにそっちのシスターは……」
「今日は新しい装備を買いに来ました。それと、彼女はアンリといって、元シスターです。今はぼくの奴隷ということになってますが……」
「奴隷落ちしたシスターか。まぁ、色々あるんだな。……それよりも装備だったな、どんなのが欲しいんだ?」
隷属の首輪をしたアンリを見て、さすがのガルガンも眉を顰めるが、特に詮索することはしない。
それよりもレムが所望する装備に興味津々といった様子だ。
「とりあえず、みんなの装備の防御力を上げたいと思っています。具体的に言えば〝オリハルコン〟合金の装備が欲しいです」
「ほう、さすがレムだ。なかなか賢い装備の選択をするじゃねーか。でも合金製でも値段は張るぜ?」
「白金貨六枚までなら出せます」
「へへっ、そういつは良い。詳しく注文を聞こうじゃねーか」
レムの返答に、ガルガンは嬉しそうな表情を浮かべる。
Aランク冒険者が所望する装備、職人の腕が鳴るといったところだろうか。
レムの目的は皆の装備の強化だった。
レム本人はともかく、アリシアの装備は革を使った装備だったので防御面で少しばかり不安な面がある。
アンリに至っては修道服なので、それ以前の問題だ。
今はレムと《ハイスケルトンガードナー》たちがいるから何とかなっているが、これから先、もっと高レベルのクエストを受けることになれば万一ということもある。
そして、レムが口にしたオリハルコン合金という言葉だが……。
この世界にはオリハルコンと呼ばれる鉱石が存在する。
鉄より硬く、それでいて軽さはその十分の一ほどという防具に売ってつけの鉱石だ。
だが、オリハルコンは高価な鉱石だ。
ゴブリンキングを倒した報酬があっても三人分の装備を揃えることは難しい。
そこでレムの言った〝合金製〟の装備の出番である。
鉄との合金であれば、純正のものよりも少し重く硬度も落ちてしまうが、それでも単純な鉄製のものよりも性能は遥かに上だ。
そして何より、値段が格段に安くなる。
合金製のものであれば三人分の装備を揃えることも出来るだろう。
「ご、ご主人様? わたしは今の装備で十分ですよ……」
「そうよ、レムくん。私もこの修道服で……」
せっかく手に入れた報酬の半分以上を、自分たちの為に使おうとしていることが分かり、アリシアとアンリがそれを止めようとするが、当のレムは……。
「いや、大切な二人の為だ。これくらいはしないとダメだよ?」
……と、何気ないような口調で応えるのだった。
「や、やん……っ、ご主人様ったら、大切だなんて……♡」
「わ、私のことまで大切って言ってくれた……?」
愛する主人に、大切と言われたことでアリシアは頬を染めレムの腕に再び自分の腕を絡める。
アンリは、まさか彼を裏切ってしまった自分のことを大切と言ってもらえるなんて思いもよらず、亜麻色の瞳に潤ませた。
アリシアのことは当然だが、アンリのことも自然とそう言えたことに、レム自身も少し気恥ずかしげに頭をかく。
レム自身、まだ完全にアンリを許せたわけではないだろう。
しかし少しずつ、彼女との溝は埋まってきているのかもしれない。
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