41話 暗殺計画
「くそッ! くそッッ! 何度読んでも忌々しい……!」
〝エルトワ公国〟――その首都の中央に座す公宮、その一室で……一人の青年が怒りを露わにしていた。
数々の絵画や壺、そのどれもが目玉が飛び出るほどの芸術品だが――
そのほとんどが彼の憂さ晴らしの為に滅茶苦茶に壊されてしまっている。
青年の名は〝アーグリー・エルトワ〟という。
このエルトワ公国の第一王子――つまり次期大公である。
そんな彼の手には一枚の書状が握られている。
差出人は迷宮都市リューインの領主であり、ヤエの父親でもあるシナミ・サクラギ・リューイン侯爵だ
内容は……。
「何故だ! 何故私とヤエ嬢との縁談が破棄なのだッ!?」
……つまりそういうことだ。
アーグリー王子とヤエの間には縁談の話があった。
もともとヤエ自身、アーグリー王子との婚姻を嫌がっていた。
その為に騎士団に入ったのだと明かしたのは記憶に新しい。
そんなヤエの前に現れたのがレムだ。
ヤエは彼の愛らしい容姿に一目で恋に落ちた。
さらには彼に命の危機まで救われた。
今まで恋などとは無縁だった愛娘が、しおらしい様子で「運命の人を見つけました……」と言って帰ってきた。
そしてその相手であるレムは愛娘であるヤエと結ばれるに十分な人物であった。
そうと分かれば侯爵の行動は早かった。
早速、縁談をなかったことにしてほしいといった旨の書状を大公へと出した。
これに大公は抗議……することはせず、むしろ二つ返事でそれを了承した。
大公はその立場の者とは思えぬほどに理解と人徳のある人間だ。
もともと、ヤエの反応で縁談が上手くいかないことは分かっていた。
何より、自分の息子――アーグリーでは、彼女と釣り合わないということも感じ取っていたのだ。
ヤエは美しい娘だ。
その上聡明で、若くして騎士隊の隊長に上り詰めるほどの実力もある。
対し……大公の息子であるアーグリーは、公族だというのに見た目があまりよろしくない。
かといって頭が良いわけでもない。
何より、自分の王子という立場に驕り高ぶり、向上心というものを持ち合わせていないのだ。
そんな不出来な息子であるからこそ、縁談の破棄にも文句ひとつ言わずに応じたわけである。
だが、納得出来ないのは当事者であるアーグリー本人だ。
彼はヤエに恋していた。
貴族同士の交流の場で初めて彼女を見た時、その美しさに一目惚れし、初恋に落ちたのだ。
アーグリーが悪いのは性格だけでない。
彼の考え方にも問題がある。
彼はヤエの気を引こうと、何度も彼女にアタックを仕掛けた。
聡明なヤエは社交辞令で愛想良く接したのだが……。
馬鹿なアーグリーはこれを自分に好意を持っているのだと思い込んだのだ。
アーグリーの思い込みはこれにより更に加速する。
仲のいい親同士が冗談混じり、それも口約束で決めた縁談を、既に確約したものだと解釈し、公私関わらずヤエにアプローチをかけまくった。
(このままではまずい……)
ある日ヤエはそう判断し、騎士団に身を置くことになったのだ……。
コンコンコン――ッ。
アーグリーが肩で息をしていると、部屋の扉が叩かれる。
「……入れ」
アーグリーは部屋が荒れていることなど隠そうともせず、不機嫌な声で入室を促した。
「これはこれは……随分と荒れてますな、王子よ」
「……なんだ貴様か、〝カーチル〟」
現れたのは初老の執事だった。
名はカーチル。
その年齢に反して背筋は伸びており、燕尾服の上からでもその体が鍛え上げられていることが分かる。
「随分な言い方ですな、貴方様に頼まれていた〝情報〟を入手して参ったというのに」
「……ッ! 本当か、カーチル!」
「本当ですとも、どうやら今回、侯爵家がヤエ様との縁談を断ってきたのは一人の少年が理由のようですな」
「少年……だと?」
カーチルの言葉に眉を顰めるアーグリー。
アーグリーは自分専属の執事であるカーチルに情報を集めるように命令を下していた。
理由は侯爵家からの縁談破棄要請の理由が不明瞭だったからだ。
父親である大公はそれで納得したが、当事者であるアーグリーはそうはいかない。
専属の使用人であるカーチルは身の回りの世話だけでなく、諜報活動にも精通している。
そんな彼が思った以上に短期間で情報を持って帰ってきたのだ。
「はい、十二歳の少年です。なんでもゴブリンキングを単騎で倒した上に、ヤエ様の命を救った冒険者だとか」
「じ、十二歳の子供がゴブリンキングを単騎でだと!? それは本当なのか!」
「間違いない情報です。名をレムというそうで、侯爵家はこの少年とヤエ様の婚姻を進めようと――」
「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――ッッ!」
カーチルの言葉の途中、アーグリーがまたもや激昂する。
興奮のあまり口から大量の唾が飛び散り、鼻からは鼻血が噴き出す始末だ。
(やれやれ、公族だというのに感情のコントロールも出来ぬとは……)
カーチルは胸中で溜息を吐く。
その瞳には明らかな侮蔑の色が混じっている。
「はぁっ、はぁっ……カーチルよ、お前とそのレムとかいうガキ……どちらの方が強いのだ?」
数分間、喚き散らしたアーグリーが肩で息をしながらカーチルに問いかける。
そんなアーグリーの言葉に、カーチルは今までの涼しげな表情が嘘だったかのような、おぞましい笑みを浮かべた。
そして言う――
「私の方が上、でしょうな」
――と……。
カーチルが精通しているのは諜報活動だけではない。
彼は元々この国の騎士隊長だった。
そしてその本性は〝狂戦士〟――
幾多の戦場で殺しの快楽を求め、必要以上の戦闘を行う男だった。
そして、その戦いへの欲求は今も変わらない。
実際、アーグリーの命で幾度となく彼の障害となる者たちを亡き者にしてきたほどだ。
その事実は大公の与り知らぬところであるが……。
「本当か? そのレムとやらはゴブリンキングを単騎で倒したのだろう?」
「話を聞く限りではゴブリンキング相手に傷を負ったようです。対し、私はゴブリンキングを無傷で倒すことが可能ですな」
アーグリーの問いに、カーチルは今だ笑みを浮かべながら答える。
自分であればレムを倒すことも容易だと――
「さらに言うのであれば、そのレムという少年は仲間のエルフのスキルに強化してもらうことで、初めて真価を発揮するタイプの冒険者のようです」
「ほう……つまり、そのガキ一人を相手にするのであれば……」
「そういうことですな」
「一応言っておくが、今回は何がなんでも失敗は許されんぞ?」
「心得ております」
カーチルがアーグリーの専属の使用人を続けているのは、こうして殺しの任務を行うことが出来るというのもひとつの理由だ。
騎士を続けていてはモンスターや罪人くらいしか殺すことが出来ない。
だが、アーグリーの側にいれば、偶にではあるが無実の命を血に染めることが出来る。
そして、ある程度やりすぎても彼の力で隠蔽してもらうことも……。
狂戦士――快楽殺人者であるカーチルからすれば最高の職務なのだ。
流石に今回ばかりは侯爵家が絡んでいるので、隠蔽は難しく失敗は許されない。
そんな殺人計画さえも、こうも簡単に決まってしまうのを見るに、この二人がどれほど自分たちの欲望の為に無実の罪を殺めてきたのかが窺い知れる。
平穏な日常を手にしたレムの元に、魔の手が迫る。
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姉妹作品『Sランクモンスターの《ベヒーモス》だけど、猫と間違われてエルフ娘の騎士として暮らしてます』二巻の発売が決まりました。
詳細とキャラデザの一部を活動報告にUPしましたので、ぜひご確認ください。




