39話 厄介な来客と名案
「ん? なんだろう、家の前に人集りが……」
「本当ですね、ご主人様。それに、みなさん身なりが良いような……」
レムが漏らした言葉にアリシアが応える。
迷宮での実戦訓練を終えて少し、レムたちは家に戻ってきた。
すると質の良いスーツ姿の男や、ドレスで着飾った少女が何人か家の前に立っていた。
「お父様、レム様がお戻りになられました!」
「ほう! これはこれは……噂に違わず綺麗な顔をしておられる!」
「グラッド男爵! 先に待っていたのは当家ですぞ、順番は守っていただこう!」
「ふんっ、商人ごときが何を偉そうに!」
レムたちが家に近づくと、一人の少女がパッと表情を明るくして父――会話から察するに男爵に言葉をかける。
男爵は満面の笑みでレムの顔を褒めたかと思うと、その横にいた――こちらも会話からの憶測になるが、どこかの商会の会長あたりだろうか――から注意を受ける。
そんなやり取りを見て、アンリが「あぁ、そういうこと……」と溜め息を吐く。
「どういうこと、シスター?」
アンリにレムが問いかける。
するとアンリは小声で……。
「レムくん、恐らくこの人たちは恐らくレムくんとの縁談交渉をしにきたんだわ」
「え!?」
「何を驚いているの、レムくんはゴブリンキングを倒した英雄よ? 近いうちにAランク冒険者になるのは間違いないわ。レムくんの地位とこれから手に入れるであろう財力、そして冒険者としての優れた血が目当ての貴族たちが群がるのは当然のことよ」
「うわぁ……」
アンリに耳打ちされた内容に、レムはげんなりといった様子で顔をしかめるのだった。
それ見たアリシアは……。
「申し訳ありません皆さま、あいにくご主人様はお疲れです。日を改めていただくことは出来ないでしょうか?」
……と、言いながら、レムの前に立つとそのまま彼を抱きしめ――むにゅん!
豊かなバストの中に抱き込んでしまう。
突然の強制メロンダイブに、レムはなす術なく「うむぅ!?」とたわわな胸の谷間の中でくぐもった声を上げる。
そんなレムの頭を愛おしげにナデナデすると、レムは「ふあ……」と、蕩けた表情で甘えきった吐息を漏らす。
「ど、どうやらそのようですな……」
「ひ、日を改めるといたしましょう」
突如出来上がった甘ったるい空間を前に、男爵と商会長と思しき男たちは引き攣った表情で口を揃える。
理由は簡単だ。
アリシアのあまりの美貌、そして彼女に虜になっているレムを見て、自分たちの連れてきた娘が絶望的な表情を浮かべたからだ。
大方、自分の娘を使って色仕掛けでもするつもりだったのだろうが、アリシアほどの美少女エルフが側にいるとなれば……。
((色仕掛けに意味はない、どうしたものか……))
男爵と商会長が心の中でそんなことを呟くのも無理はないだろう。
(や、やんっ! レムくんったら、またアリシアさんのハグで蕩けた顔してる……♡)
アリシアに抱かれるレムを見て、アンリはまたもや悶えるのだった。
「ふふっ、とりあえずご主人様に群がろうとする、お金の虫は追い払いました♪」
「ありがとうアリシア、助かったよ」
「メイドとしてこれくらいは当然です。……それより、今日は汗もかきましたし、一緒にお風呂にしましょう♡」
「う、うん……」
アリシアの抱きしめられたまま、レムが男爵たちを追い払ってくれた礼を言うとアリシアは何てことないといった様子で笑いかけ、そのまま彼に一緒に風呂に入ることを勧める。
アンリの前なので恥ずかしく思うも、アリシアとの湯浴みの時間はレムにとって最高の時間だ。
頬を染めながらも、彼女の胸の中で小さく頷くのだった。
「ね、ねぇ……レムくん、私も……」
遠慮がちな声で、アンリが自分も一緒に湯浴みしたいと主張するが……。
「えっと、さすがにシスターと一緒に入るのは……もうぼくも小さい頃とは違うし……そ、それに、アリシアとのお風呂の時間は……その、〝すごい〟から……」
「すごい!? すごいって……レムくん、アリシアさんとお風呂で何を!?」
恥じらいながら言うレムの言葉に、アンリが食いつくのだが……。
レムは「ひ、秘密だよぅ……」と顔を真っ赤にして、アリシアと一緒に庭の露天風呂へと消えていってしまうのだった。
そして少ししてから、レムの言う〝すごい〟ことの意味を確かめるべく、アンリは露天風呂の仕切りに耳を傾けるのだが……。
本当にすごい音や声を聞くことになり、咽び泣きながら自分を慰めることになるのだった。
悲しいのに興奮を覚えてしまう……一度目覚めると何とも厄介なものである。
◆
「さっきの貴族たちだけどさ……また来るのかな……?」
「そうですね、手を変えて来るかもしれませんね」
湯船の中、互いの体を〝洗いっこ〟した後、レムとアリシアがそんなやり取りを交わす。
貴族や商人というものは諦めが悪い。
ましてやレムほどの優良物件を見つければ尚のことである。
それに、レムはまだ幼い。
貴族や商人からすれば、操りやすいとも思われているのだろう。
「はぁ……」
明日から望んでもいない来客に悩まされるのだろうか。
そう考えるとレムの口から自然と溜め息が漏れる。
「ご主人様のそういうところ、わたしは大好きです」
「アリシア……」
普通であれば、周囲からチヤホヤされるこの状況に大体の男たちは喜びを見出すであろう。
だが、レムが心に決めているのは目の前にいるアリシアのみだ。
一途で根がしっかりしているレムに、アリシアは改めて好感情を抱く。
そして湯船の中、レムの体に腕を回し、先ほどと同じようにその豊かな胸の中に優しく抱きしめる。
湯浴みをした後でもアリシアが発する母性さえ感じさせる彼女の甘い匂い――
それと素肌の柔らかさを同時に感じることで、レムの頭がポーッとしてくる。
(ふふっ、ご主人様の安心しきったお顔……赤ちゃんみたいで可愛いです……♡)
赤ちゃんみたいなどと口に出せば、レムはムクれてしまうだろう。
アリシアは抱いた感情を心の中に隠しつつも、慈母のような表情を浮かべ、レムの頭をより深く胸の中に誘う。
(ご主人様を心から好いている方であれば、わたしも喜んで受け入れるのですが、今日来た貴族や商人はご主人様の力や権力、財力だけが目当てです。そんな相手に無垢なご主人を汚させるわけにはいきません。貴族でもヤエさんみたいな方であれば別ですが……そうです! 〝その手〟がありました!)
レムを愛おしげに抱きしめながら、思考の海に沈むアリシア。
その途中、彼女はとある名案を思いつく。
その瞬間――抱きしめられているというのに、レムは何となく悪寒を覚え、小さく震えるのだった。




