37話 戦蟲召喚
「よし、この辺でいいかな? シスター、スクロールを使ってみよう」
「わかったわ、レムくん。……スクロール、発動!」
アイテムショップを出た後、レムたちは都市の外れにある森林の中にやってきた。
ここにはモンスターは出現せず、いるとしても通常の動物くらいのものだ。
手に入れたスクロールはフェイズシフトスキルのため、どのようなスキルが手に入るか分からない。
いきなり凶悪なモンスターがいる迷宮で試すわけにもいかないので、こうして比較的安全で、広い場所も確保できる森林にしたわけである。
スクロールを手に持ち、発動したアンリ。
スクロールは下から粒子状なって宙へと舞い上がり消えてゆく。
それとは逆に、アンリの体が眩い光に包まれる。
この光はスクロールが新たなスキルを使えるように体内のマナの構造を書き換えている証だ。
自分の中でマナが激しく変動する感覚にアンリは頬を染めながら「ん……っ!」と思わず吐息を漏らす。
そんなアンリの姿に、レムは別に何もいやらしいことはしていないというのに、どこか艶めかしさを覚えるのだった。
(ふふっ、ご主人様ったらお顔が赤くなってます♡ やっぱりアンリを女性として意識してしまっているのですね♪)
レムの反応に、アリシアはこっそりと微笑むのであった。
「どう? シスター、スキルは無事に手に入れられた?」
「はぁっ……はぁっ……レ、レムくん、大丈夫……二つ手に入ったみたい……」
「よかった、落ち着いたら早速試してみよう」
体内のマナの書き換えの影響で、息を荒くしながらアンリが答える。
なるべく平静を装うレム、まだまだ二人が再び打ち解けるのには時間がかかりそうだ。
「ふぅ……もう大丈夫だわ、レムくん。スキルを発動してみるわね?」
「うん、お願いシスター」
「じゃあいくわ……来なさい《装剣蟲》……!」
アンリが右腕を前に出して言葉を紡ぐ。
すると彼女の腕が淡い輝きに包まれた。
光は瞬時に形を成し、顕現する。
アンリの腕、そこには甲殻を纏ったムカデのような蟲がガッチリと固定されていた。
そして口に当たるであろう部分からは一メートルほどの鈍色の刃が伸びている。
「《装剣蟲》……どうやら、装備型の使役魔らしいですね、ご主人様」
「そうだね、アリシア。でもおかしいな……」
「何がおかしいの、レムくん?」
「シスター、フェイズシフトスキルは本人の技量に合わせて進化するスキルだ。シスターは前衛経験が無いのに、近接戦闘型の装備が召喚されるのはおかしいんだ」
「確かにそう言われてみれば……でも、剣として使う以外の方法はないみたいだし……」
「ん〜……待てよ? フェイズシフトスキルは技量だけじゃなく環境にも左右される、だとしたら……シスター、その《装剣蟲》は他人の腕にも召喚って出来る?」
「ええ、大丈夫よレムくん。でもレムくんには優秀な霊装武具があるし、意味がないんじゃないかしら? 《装剣蟲》には斬る以外に特別な能力はないみたいだし……」
レムの問いに答えるアンリ。
彼女の言う通り、レムは《霊剛鬼剣》や《斬空骨剣》といった強力な霊装武具の召喚が可能だ。
《装剣蟲》は見た目にも切れ味は良さそうだが、レムが装備したところでただの剣にしかならない。
では何故レムはそんなことを聞いたのか、それには理由がある。
「《眷属召喚》……!」
レムが目の前に召喚陣を構築する。
黒紫の紋様の中から、三体のアンデッドが現れた。
それらの名は《スケルトン》、人型の骨格を持った下級アンデッドだ。
《スケルトンガードナー》のように武装を持っているわけでもなく、これといって特別な力を持っているわけでもない。
せいぜい壁に使うくらいしか出来ないのだが……。
「アリシア、この三体に《ランクアップ・マジック》をかけてもらっていいかな?」
「……! なるほど、そういうことですね! さすがご主人様です♡」
レムの意図に気づいたアリシアが彼を称賛する。
そして三体の《スケルトン》に《ランクアップ・マジック》を付与する。
《スケルトン》たちが淡い輝きに包まれる。
そして輝きが収まると――
『お呼びでしょうか、マスター』
『こうして言葉を交わすことが出来て光栄です』
『何なりとお申し付けください』
物言わぬはずの《スケルトン》たちがレムに向かって言葉を紡いだ。
さらに、その姿は大きく変貌していた。
以前、《スケルトンガードナー》に《ランクアップ・マジック》を付与した時と同じように、《スケルトン》――否、《ハイスケルトン》へと進化した三体は青白い肌をした女性へと……。
白い骨格のような鎧を身に纏ったその姿は、剣を持てばさながら騎士のようだ。
「シスター、この三体の腕に《装剣蟲》を召喚出来る?」
「で、出来るわ! まさかそんな手を思いつくなんて……さすがレムくんね……」
ようやくレムの意図に気づいたアンリも、少年の考えに目を見張る。
そして、スキルを使い《装剣蟲》をそれぞれの腕に召喚していく。
「よし。三人とも、扱えそうかい?」
『はい、問題ありませんマスター』
『我々に言葉と知性を与えてくれただけではなく、まさかこのような装備まで与えてくれるとは……』
『感謝いたします』
レム問われると、三体の《ハイスケルトン》は騎士のようにその場に跪くと感謝の言葉を述べる。
レムは小さく頷くと、そのまま剣を振ってみるように命令を下す。
シンプルな動きではあったが縦に横、それに突きを放つ動作を中々のスピードで披露する《ハイスケルトン》たち。
この動きであれば、Cランクアンデッド程度の実力はありそうだとレムは判断する。
レムが言った通り、フェイズシフトスキルは本人の技量以外にも、環境によって発現するスキルが変わってくる。
あまり使い道のないアンデッドも、アリシアの《ランクアップ・マジック》を使えば、知恵と技量を手に入れることが出来る。
そして武器を与えればそれなりの戦力として進化することが可能だ。
アンリの中に備わったフェイズシフトスキル、《戦蟲召喚》は、彼女の置かれた環境に適応し、《装剣蟲》を授けたのだ。
もっとも、環境に適応すると言っても本人のマナ保有量や、環境の認識の違い、それに技量によって発現するスキルが決まるので万能というわけではないが……。
「シスター、次のスキルを試してみよう」
「わかったわ、レムくん。次のスキルは《甲弾蟲》という名前みたい」
「何だか名前でどんなスキルか想像出来るな……まぁ一応試してみよう」
「いくわ、《甲弾蟲》……!」
アンリが両手を前に出してスキル名を口にする。
両手を向けたのはレムたちから少し離れたところにある大木だ。
彼女がスキル名を紡いだ瞬間、両手の前に召喚陣が展開された。
そしてその中から、漆黒の小さな影が勢いよく飛び出した。
ドパン――ッ!
重い音が周囲に響き渡る。
「これは……すごいな」
レムが小さく言葉を漏らす。
その視線の先には大木――そしてその中心部に漆黒の装甲のようなものに覆われた蟲が突き刺さっていた。
八本脚の、近いもので言えば蜘蛛だろうか。
木に突き刺さるほどの威力とスピード……下級や中級のモンスターが相手であれば、その肌を貫きダメージを負わすことが出来るだろう。
「やりましたね、アンリ。これで後方からも援護攻撃が可能になりました」
「ええ、《装剣蟲》が召喚された時はどうなるかと思ったけど、これなら私も戦線に加われるわ!」
アリシアに言われて、アンリが嬉しそうに返す。
《装剣蟲》と違い、《甲弾蟲》はアンリ自身が繰り出す直接攻撃型のスキルだ。
今まで回復役しか出来なかった彼女は、ずっと自分自身もサポート以外にも力になりたいと願っていた。
《甲弾蟲》であれば、威力も申し分なし。
アンリ自身も仲間と敵が入り乱れる中で、的確に味方のみを回復することが出来るほどの動体視力の持ち主だ。
後方から狙いをつけて高速の攻撃を放つことの出来る《甲弾蟲》は、まさに彼女に売ってつけのスキルだろう。
目覚めた二つのスキルの性能をもう少し試すと、次は実戦でどれほど通用するのかを試すために、レムたちは迷宮へと移動する。




