35話 惨劇
「レムよ、改めて礼を言う。よくぞ我が娘を危機から救ってくれた。その上ゴブリンキングを単騎で屠ってしまうとは……」
煌びやかな食堂に通され席に着くと、侯爵が改めて礼を口にする。
それに合わせ、レムの隣の席に陣取ったヤエが、レムの手に自分の手を重ねギュッと握ってくる。
ヤエの瞳は潤んでおり、その表情も切なげだ。
普段とは違うヤエの淑やかな様子に、レムは戸惑いつつも周りの様子を窺う。
侯爵は満足そうな笑みを浮かべており、カスミ夫人も同様だ。
アリシアはいつものように優しげな笑みを浮かべているが、何故かいつもよりも上機嫌な気がするが気のせいだろうか……。
その隣ではアンリが息を「ハァハァ」させているのが、レムはそれを見なかった事にした。
「そのことについてはどうかお気になさらないで下さい。ぼくはあくまでクエストを共にする仲間を助けただけです。冒険者たるもの仲間の危機を救うのは当然ですので」
レムはやんわりとヤエの手を解きつつ、侯爵にあくまで冒険者として当然のことをしたまでだと言う。
それを聞いた侯爵は――
「ふむ、それだけの力を持ちながら随分と謙虚な性格をしているのだな。さらに気に入ったぞ、見た目も申し分なしだ。くくく……」
と、怪しげに笑うのだった。
その様子に、レムは「まずい! 好感度上げちゃった!?」と、自分の遠慮がちな言動を後悔する。
「とはいえ、貴殿がヤエの命を救ってくれたことには変わりはない。何か褒美をとらせなければな。金でも物でも何でもいい、欲しいものを申してみよ」
「……」
どうしたものかとレムは考える。
ヤエを助けたのはともにクエストを受けた仲間なのだから当然のことをしたまで――というのが、彼の素直な気持ちだからだ。
ゆえにそれに対して何か対価を求めることはしたくはないのだ。
それに、レムは今回の報酬に加え、ゴブリンキングの死体を丸々買い取ってもらうことで、目玉が飛び出る程の儲けを得ることとなる。
働きに見合った対価はすでに受領済みなわけである。
だが、侯爵にも貴族として、そして一人の父として恩義を返さなければならない義務がある。
それを無下にするわけには……。
「では、〝スクロールショップ〟で戦闘スキルのスクロールを買う権利をいただけないでしょうか?」
少し考えた末に、レムはそう切り出した。
「ほう、戦闘スキルを習得するスクロールを買う権利か、いかにも冒険者らしい要望だな」
「はい、スクロールショップは特別な許可がないと戦闘スキルのスクロールを売ってはくれませんので。ですが侯爵様であれば……」
スクロールはアンリには与えられた回復系スキルや、生活系スキルの他に戦闘用のスキルを授けるものも存在する。
戦闘用のスクロールは馬鹿みたいに値段が高く、その上レムの言った通り購入にはその都市のギルド長か領主の許可が必要だ。
これは悪人の手にスクロールが渡り、犯罪が起きるのを未然に防ぐための処置である。
「いいであろう、自らの命をかけて娘を救ってくれた貴殿の正義感を信じよう。許可証とともに代金も引き換えてやろう。好きなもの好きなだけを所望するがいい」
「スクロールの代金まで……ありがとうございます」
侯爵はすぐさま使用人に許可証の用意をするように命じ、帰り際にレムに手渡すように手配した。
「それとは別に、これを貴殿に授ける」
侯爵が言うと、使用人のメイドが装飾された箱を恭しくレムに差し出してきた。
中を開けろと侯爵に言われ、レムが蓋を開くと――そこには入れ物の箱以上に豪華な装飾をされた一振りの短剣が収められていた。
よく見ると侯爵家の家紋が彫られている。
侯爵の話によると、何か困ったことに巻きこまれても、これを見せれば大体のことはどうにかなるだろうとのことだった。
(家紋付きの宝具までもらってしまった……。これは早々に引き上げないとまずいことになりそうだ)
レムは焦る。ここまでされたということは、侯爵がこれからもレムとの繋がりを持ちたいと強く思っている証拠だ。
恐らく婚姻の話もレムが思っている以上に本気なのだろう。
(ちょうどいい。食事もほとんど終わったことだし、今日はこの辺で逃げるとしよう……)
レムはそう考え「今日はお招きくださりありがとうございました。ぼくたちはこの辺で……」と、退散を試みたのだが――
「何を言う! まだ始まったばかりではないか!」
「そうだレムちゃん! 私はまだレムちゃんとおしゃべりしたいぞ!」
と、侯爵とヤエがクワッ! と止めにかかる。
「そうね、せっかくだし今日は泊まっていったらどうかしら? アンリさんとアリシアさんも帰れないと思いますわ」
最後にカスミ夫人がそんなことを言う。
レムは「は?」と不思議な声を出しながら、アリシアとアンリの座っている方に視線を向ける。
すると――
「うぅ……っ、レムくんったら、いつになったら私を抱いてくれるの……?」
「むぅ、このカルーアミルク薄いですね。やっぱりミルクはご主人様のものに限ります♡」
テーブルの上に突っ伏し、顔を真っ赤にしながらとんでもない発言をするアンリ。
同じく顔を真っ赤にしながらアンリの上をいく爆弾発言をするアリシア……どう聞いてもアウトです、本当にありがとうございました。
侯爵の相手をするのでレムが手一杯になっている中、どうやら二人はかなりの量の酒を盛られていたようだ。
そしてそれは侯爵の狙い通りだったのだろう。その証拠に、侯爵の顔には「してやったり」とでも言いたげな笑みが張り付いている。
(コンチクショウが……!)
レムは内心で悪態を吐くのだった。
◆
「レムよ、ヤエのことをどう思う?」
食事会が終わって少し――レムは一人、侯爵の私室へと招かれた。
ソファーを勧められ腰掛けた途端、侯爵が何とも答えにくい質問を投げかけてくる。
「とても綺麗な方だと思います。凛とした雰囲気も素晴らしいですし、女性でありながら騎士隊長を務めるなど人としても尊敬できる方かと……」
レムは正直な感想を口にすることにした。
正直、彼女を気に入っているようなことは言いたくなかったが、相手は貴族だ。
下手な事を言えば何をされるか分かったものではない。
「そうであろう、そうであろう。自分で言うのもなんだが自慢の娘だ」
レムの答えを聞いた瞬間、侯爵の鋭い目つきがにへらっと形を崩す。
いかにヤエのことを愛しているのかが分かる。
「ですが婚姻となれば話は別です。実はぼくは孤児なのです。なのでヤエ様のような高貴な方と結ばれるなど許されませんし、何よりぼくはまだ十二才ですので婚姻できる歳ではありません」
「なんと、貴殿は孤児であったのか。それでいてそこまでの実力を身につけ、その上腐ることなく高潔な精神を宿すとは大したものだ。ますます気にいったぞ!」
「え……? 孤児であるぼくを見下さないのですか?」
「ふむ、確かに孤児であるという事には驚いた。だが、娘が惚れた男をそれだけの理由で毛嫌いするというのもおかしな話だとは思わんか? さらに言うのであれば、貴殿の出自など些細な問題だ。何せ貴殿はあのゴブリンキングを単騎で屠るほどの傑物だ。近いうちにギルドにAランク冒険者として認められるであろう。そうなれば、五爵位の男爵と同じ地位を手にする事が出来るからな。年齢の問題も、今は婚約という形さえ取って婿養子として縁組みしてしまえば良いのだ」
レムの疑問に、侯爵は問題ないと答える。
それどころか全てを見越して、レムが質問してくるであろうことにあらかじめ答えるのだった。
彼の言う通り、Aランク冒険者は男爵と同じ地位として扱われる事になっている。
それでも文句を言う輩を黙らせるために、レムを養子とし侯爵家の一員として扱ってしまおうという考えなのだ。
「どうしてそこまで……とでも言いたげな顔をしているな」
「はい……」
「それにも答えるとしよう。ヤエには別の婚姻の話があるという事は本人の口から聞いておるな?」
「はい、確か公国の王子様と言っていたかと……」
「その通りだ。だが、ヤエはその王子のことが嫌いでな。まぁ、ここだけの話、私もなのだが……それはさておき、ヤエは望まぬ婚姻を恐れ騎士団に入った。しばらくすれば音を上げると思っておったのだが、隊長にまで登りつめる始末でな。もう婚姻は諦めかけておったのだ。だが、昨日のことだ。先日までのお転婆ぶりが嘘のようにしおらしい様子で帰ってきてこう言ったのだ。〝父上、愛すべきお方を見つけました。その方と一生を添い遂げたいです……〟とな。正直耳を疑ってしまったわい」
侯爵はそこまで言うと、その時のヤエの様子を思い出したのか、感慨深げに天井を仰ぐ。
そしてそのまま言葉を続ける。
「娘が初めて愛した男、それが貴殿なのだレム。貴殿であれば容姿・性格・そして強さ――どれを取っても申し分ない。是非とも我が娘と結ばれてほしい」
「……申し訳ございません、ぼくには既にアリシアという相手がいます。なのでそのお気持ちには――」
「貴族になれば一夫多妻など当たり前だ。その辺のこともヤエは弁えている。だが、今すぐに答えを出す必要はない。いずれ貴殿はヤエの虜になるであろうからな」
レムの答えを聞くも、侯爵はそう言って「クククッ……」と笑う。
その笑みに、レムは言いようのない不安感を覚えるのだった。
◆
同時刻、カスミ夫人の私室にて――
「なるほど、レムさんの大切な相手を増やしたい……アリシアさんにそんな思いがあったのですわね」
「アリシアはレムちゃんのことを本当に愛しているのだな。普通、そこまでの覚悟はできないぞ……」
アリシアは以前アンリに打ち明けた、レムにとって愛すべき女性を増やそうという計画をカスミ夫人とヤエにも打ち明けていた。
それを聞いた二人はアリシアのレムを思う気持ちと、彼の為であれば自分以外の女性を受け入れることも辞さないという覚悟に、驚愕と感動を覚える。
「アンリも、、もう少しでご主人様の寵愛を受けられると思うのですが……なかなか上手くいきませんね」
「私はレムくんのことを裏切ってしまったから……それにレムくんは私のことをママだと思ってもいるでしょうし……」
アリシアの言葉に、アンリは悲しそうな表情で答える。
それを見て、カスミ夫人とヤエがアンリとレムはどういう関係なのかと聞いてくる。
「今はレムくんの奴隷ですが、私は彼の育ての親です。昔……まだ赤ちゃんだったレムくんが教会の前に捨てられているのを見つけて……」
酒が入っていたのもあるのだろう、アンリはレムを赤ん坊の頃から育てたこと、幼いうちから彼を女として誘惑してきたこと、それに彼を裏切ってしまったことを二人に打ち明けた。
育ての親という立場で恋してしまった上に、事情はあれど、そんな大切な存在を裏切ってしまったこと、そんな複雑な事情を聞き、カスミ夫人とヤエはなんと答えていいものやらと悩んでしまう。
「ご主人様はお優しい方です。こんなアンリでも許そうと今も自分の気持ちと戦っている様子です。何より、アンリはご主人様の初恋の相手です。ご主人様がアンリを許せる日が来たら、その思いを叶えて差し上げたいのです」
「アリシア……これは私も負けてられんな!」
さらなるアリシアの話を聞き、ヤエは負けてられないと恋の闘志を燃やす。
アンリよりも先に認められたいと、女の闘争本能に火がついたのだ。
「ご主人様と結ばれる際は注意してくださいね? あんなに可愛い顔してあっちはトロールみたいに立派ですから♡」
「ト、トロールだと!?」
「まぁ!」
アリシアの言葉を聞き、ヤエとカスミ夫人が興奮した声をあげる。
トロールとは、三メートルもの巨体を誇るAランクモンスターのことだ。
その戦闘力もさることながら凄まじい性欲とその体型に見合った〝武器〟を持つことで知られている。
つまりレムは少女のような顔に似合わず、そういった凶悪な武器を……。
「一度捉えられたらそのままバキューン! をズキューン! されて、一気にドキューン! させられてしまいます。やめてと叫び懇願しても、気絶するまでやめてくれませんっ♡」
「ふあ……レムくん、この二年でそこまで成長してたの!?」
「わ、私は処女なのだが、そんなことされて壊れてしまわないだろうか……」
「トロールサイズ……ちょっとだけ興味がありますわ……」
アリシアの体験談を聞き、再び興奮した声を上げるアンリにヤエ、それにカスミ夫人。
どんなに美しい容姿を持っていたとしても、そういったことに興味があるのは男も女も変わらぬようだ。
四人の密談は夜更けまで続くのだった。
◆
翌朝早朝――
――ぼくは昨日酔い潰れてなんかなかった。
――酔い潰れてなんかなかったはずだ。
――酔い潰れてなんかなかったよねぇ……?
レムはそんな自問自答を繰り返していた。
なぜかというと……。
「うぅん……」
そんな艶かしい寝息を漏らしながら、レムの隣でヤエが眠っていたからだ。
下着姿で……。
「む、おはようレムちゃん。ふふっ、昨日は激しかったな? 私はビックリしてしまったぞ?」
「Oh……」
どうやら致してしまったらしい。
「ふふっ」
下着姿のまま、ヤエは小さく笑うと四つん這いでレムにすり寄ってくる。
やはりよく実っているアリシアのメロンほどではないが、言い表すなら桃クラスと言ったところだろか。
昨日のドレスと同じ淡いピンク色の下着に包まれた果実がたゆんっと揺れる。
臀部も程よくムッチリとしており、男なら誰もがそそられてしまうだろう。
(あぁ……ぼくはなんて最低なことを――)
レムの瞳に涙が浮かぶ。
そして、酒の勢いで過ちを犯してしまったことに、嗚咽を漏らしながらヤエに謝罪をする。
「ち、違っ! すまないレムちゃん、さっきのは嘘だ! 私がぐっすり眠るレムちゃんの隣に入り込んだだけで……そうすれば襲ってもらえると思ったから……」
「ふぇ……本当に?」
泣き始めてしまったレムを目の当たりにして、ヤエはそんなことを言い出す。
どうやら、レムは過ちを犯した訳ではなかったようだ。
(あぁ、良かった。それにしてもこんなにタチの悪いことをするなんて……少しお仕置きが必要かな)
涙を拭きながら、レムは思う。
そしてヤエにこんな風に言う。
「ヤエさん、もうちょっとこっちに寄ってもらえませんか? 下着姿のヤエさんを見ていたらぼく……」
「レ、レムちゃん! 私を受け入れてくれる気になったのか!」
「はいっ、なのでこちらにお尻を向けてくれませんか?」
「そ、そんな恥ずかしいことを!? いや、しかしレムちゃんが望むなら……」
ヤエは頬をピンク色に染めながら、恥じらった様子でレムに臀部を向けた。
「ヤエさん、目をつぶっていて下さい」
「わ、わかった! レムちゃんったら、可愛い顔して大胆なのだな……」
緊張からか、不自然なポーズを取らされて目をつぶれという不可解な要求になんの疑問も持たずに従ってしまうヤエそんな彼女を見て、レムはほくそ笑むと――
バチィィィィンッッ!
そんな派手な音を響かせ、その大きく実った臀部に平手を叩きつけた。
「あぐぅぅぅぅッッ!? レ、レムちゃん何を!?」
「何って、もちろんお仕置きの〝お尻ペンペン〟ですよ?」
レムは笑顔で答えながら、黄金長○形のフォームで振りかぶると――
「もいっぱぁぁぁぁぁっっ!」
と、さらに何発もの平手をヤエの尻に叩き込む。
パァン! パチン! バチィィィン!
「やめっ、痛い!? ひゃあああんっ♡」
(は? 最後の声おかしくなかったか?)
レムは幾度目かの平手を打ち込んだところで、ヤエの発した声がおかしいことに気づく。
どういうことかと確かめるために、もう数発叩き込んでみると――
「ふあぁ! ダメ! 何これ!? すごいの! すごいのきちゃううぅぅッッ!」
ヤエはそんな絶叫を上げるとともに、体をビクンッ! と大きく痙攣させた。
「う、嘘!? まさか尻を叩かれて……」
レムは戦慄を覚える。
そんなレムに、尻越しに振り返りながらヤエは言う。
「レムちゃん、もっとぉ……♡」
と――
「うわぁぁぁぁ変態だぁぁぁぁ!」
レムは忘れていたのだ。
彼女がショタっこに頬をビンタされただけでアレしてしまう変態だったことを――
そんな彼女が尻なんか叩かれれば……ね?
レムは脱兎の如く逃げ出し、アリシア達の眠る部屋に飛び込んで、事情を説明。
ヤエの介抱など色々と処理してもらうのだった。
◆
「ふはははは! あれだけ結婚を拒んでおきながら翌日には開発してしまうとは! いや恐れ入った! パパびっくりしちゃったぞ?」
「誰がパパだ!?」
朝食の席で侯爵が満足そうに高笑いし、レムがそれに鋭いツッコミを入れる。
早朝の事件は屋敷のメイドたちを通して瞬く間に侯爵の耳に入った。
侯爵はヤエをアレさせてしまったことを知り、大そう満足げだ。
「あぁ、まだジンジンと痛む……もうレムちゃんが相手でないと女として機能する自信がないぞ♡」
ヤエが尻さすりながらウットリした表情を浮かべる。
「まぁ、私もされて見たいですわ♡」
その横では夫である侯爵がいるというのに、カスミ夫人がなんとも危険な発言をする。
「ふむ、では四人で遊んでみるか! きっと盛り上がるぞ!」
「この腐れ貴族どもが!」
どうやらそんなプレイまでイケるらしい侯爵の発言に、とうとうレムは盛大に悪態を吐く。
もはやネタとしか思えない状況に、アリシアとアンリは飲んでいたオレンジジュースを「ブフォッ!」と吹き出すのだった。




