34話 惨劇の序章
「サクラギ・リューイン……」
「それにヤエ、ということは……」
冷汗を流しながら目の前の人物を見つめるレム。
そんな中、アリシアとアンリもその事に気付く。
つまり目の前の侯爵を名乗る偉丈夫は、先程まで一緒に迷宮攻略を行っていた騎士隊長・ヤエの父であるのだと……。
「えっと……どういう事でしょう? 何故ぼくなんかがヤエさん……いえ、ご令嬢の婿なんかに……」
「ふむ、ちといきなり過ぎたな。少々興奮し過ぎていたようだ。いやすまない、そなたはヤエの恩人だと聞いてな。大切な愛娘を守ってくれたそなたに是非にと思ったのだ」
レムの質問に侯爵はガハハと笑いながら答えるのだった。
いやにヤエが早く帰って行ったと思ったら、どうやら自分が助けられたことを侯爵に伝える為だったようだ。
「とはいえ、いきなり結婚と言われても戸惑うことだろう。まずは娘を助けてもらった礼に、食事会に招きたいのだが……来てくれるだろうか? もちろん、そちらの二人も歓迎しよう」
(これは……断るわけにもいかないよな)
貴族なんかと関わり合いになるのは面倒だ。その上、どこまで本気か分からないが婚姻の話まで飛び出す始末……レムとしては断りたいところだ。
だが、相手は貴族だ。おまけに侯爵自ら出向いて来ている。
そこまでされて無下にするのは得策ではないだろう。
「分かりました。婚姻の話は別ですが、お食事会には出席させて頂きます」
「おお……! そうか! それを聞けただけでも良しとしよう! では今日は疲れているであろう。明日の夕刻頃に迎えの馬車を寄越すからそれに乗って来てくれ」
侯爵はレムの言葉を聞くと目を輝かせてよしよしとうなずくと、そう言って表に止めてあった馬車へと乗りこんで行くのだった。
「はぁ、何だかまたとんでもない事になってきちゃったな……」
侯爵を見送ると、レムはグッタリした様子で椅子にドカっと腰掛ける。
そんな彼の様子を見て、アリシアは小さく笑いながらキッチンにお茶を作りに行く。
先ほどまで暴走を始めたアンリをサポートしていた彼女ではあったが、レムが心身ともに疲れたと見ると、途端に一流のメイドとして活動を始める。
(あぁ……私のこの疼きはどこへやればいいの!? それにこのままだとヤエさんにまで先を越されちゃうことに……!)
あとちょっとで愛しいレムの唇を奪えたというのに、侯爵に邪魔された形となったアンリは、体の中の疼きを必死に抑えていた。
尚且つ、このまま話が進みでもすれば、アリシアだけでなくヤエにまで先を越されてしまうことに……。
そんな状況に、アンリは快感――もとい焦りを覚えるのだった。
「ご主人様、ずいぶんとお疲れのご様子です。今日はご奉仕はなしにしてお休みになられますか?」
「ア、アリシア、シスターの前でそういう話題はちょっと……」
お茶を差し出しながら今夜はどうするかと聞いてくるアリシアに、レムはタジタジといった様子で答える。
流石に育ての親の前で情事を重ねるかどうか答えるというのは気が引けるというものだ。
「ふふっ、では今日はご主人様をたっぷり癒して差し上げますっ。お茶を飲み終わったら一緒にお風呂に入りましょうね?」
レムが言いにくいことをアリシアはすぐに察して、風呂の準備を始めてしまう。
結局、レムはアリシアの誘惑に負けて
今日もたっぷりと甘やかされてしまうのだった。
アンリはそれにまたもや焦燥感を覚えつつも、彼らの残り湯に興奮したり、隣の部屋から聞こえてくる甘い吐息や声に身悶えすることとなる――
◆
「ふふっ、ご主人様、もうお昼過ぎですよ?」
「アリシア……もうそんな時間か……」
翌日の昼下がり――
昼の日差しが差し込むベッドの上で、レムが目覚める。
昨日の疲れもあり、この時間まで泥のように眠ってしまったのだ。
そんな彼を胸の中に愛おしげに抱きしめながら、アリシアが慈母のように微笑みかける。
まだ眠たげなレムの頭を優しく撫でながら、アリシアはさらに深く彼の頭を豊満なバストの中に埋めるのだった。
「あぁ……レムくん、なんて愛らしいの♡」
「ッッ!? シスター!?」
アリシアのメロンに埋もれながら気持ち良さに目を細めていると、すぐ後ろから聞こえた声に思わずレムは飛び起きる。
どうやらアンリも寝室にいたようだ。
育ての親であり初恋の相手である彼女に、自分の甘えきった姿を見られ、レムは羞恥に頬を染める。
「ご主人様も、もう少し素直になれたらいいのですが……。アンリに思いっきり甘えてしまって大丈夫なのですよ?」
「別に甘えたいわけじゃ……」
アリシアの言葉に、レムは俯きながらなんとも歯切れ悪く答える。
そんなレムの様子に、アンリは「レムくん……」と小さく彼の名を呼ぶ。
レム自身、アンリが自分のことを大切に思ってくれているということは、隷属魔法によって引き出した言葉によって理解している。
だが、過去の裏切り行為があったせいで、未だに彼女を受け入れられずにいるのだ。
レムとアンリ……二人の距離が縮まるのには、もう少しの時間ときっかけが必要となりそうだ。
少し遅めの昼食をとりダラダラと時間を過ごすこと数刻――
約束通り侯爵家から迎えの馬車が現れた。
レムは救世の旅路の途中で貴族に会う機会も何度かあったので、その時仕入れた服に着替え、アリシアは露出の少ない正統派のメイド服を着用、アンリはやはり贖罪の証として修道服のまま馬車に乗り込んでいく。
◆
「おお! よく来てくれたなレムよ……! アリシアとアンリも歓迎するぞ!」
「「「いらっしゃいませ、お客様!」」」
侯爵家の屋敷の前に着くと、侯爵自ら庭の前に出てきてレム達を歓迎した。
その後ろには何人ものメイドが控えている。
さすがは侯爵家、どのメイドもバッチリとメイド服を着こなし、その上誰もが美人と言える容姿をしている。
だが、レムはこのひと月アリシアという絶世の美少女エルフメイドにご奉仕されてきた。
ただの美人メイドさんに簡単にときめくことはないのだ。
「嗚呼……レムちゃん!」
「ヤエさん――うむぅっ!?」
そんな中、後方から駆けてきたヤエに、レムはそのままの勢いで抱擁された。
随分と熱のこもった抱擁だ。
彼の顔を豊満なバストの中に抱きかかえ、その戸惑った表情をうっとりと見つめている。
彼女は普段の重鎧ではなく、胸と背中が大きく開いた桜色のドレスを着ていた。
ドレスから露出した胸の谷間がレムの頬にダイレクトに触れて、ドギマギとしてしまう。
侯爵自ら迎えに出た上に、その愛娘が抱擁するような客人とは一体何者なのかと、侯爵家の前を行く人々が驚いた様子をしている。
「ヤエ、お客様が困っているからその辺にしておきなさい?」
レムがヤエのバストで窒息しかけていると、庭の奥からそんな声が聞こえてくる。
そこにはヤエとよく似た凜とした雰囲気の麗人が佇んでいた。
静かにレムとヤエの方に近づいてくると、興奮した様子のヤエの腕を解きレムを解放する。
「ぷはぁっ! た、助かりました。ありがとうございます、お姉様」
「あらやだ、レムさんったら、私はヤエの姉ではなく母ですわ」
「えっ!?」
レムは驚愕に目を見開く。まさか目の前の麗人がヤエの姉ではなく母親だったとは……。
「ふははは! どうだ、私の妻は美しいだろう? 名は〝カスミ〟という」
「よろしくお願いしますわ、私の娘の救世主様」
侯爵の紹介に続けて、彼の妻――カスミ夫人はドレスの端を摘みながら優雅に挨拶するのだった。
レムも改めて自己紹介し、アリシアとアンリもそれに続く。
それぞれの挨拶を終えたところで、一行は屋敷の中に通されるのだった。
この食事会がとある惨劇に繋がる事になろうとは、この時のレムが知る由もなかった……。




