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勇者パーティをお払い箱になった霊装騎士は、自由気ままにのんびり(?)生きる  作者: 銀翼のぞみ
一章

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33話 霊装騎士の受難はまだまだ続く

「よし、皆準備は出来たようだな、では行くとしよう」


 ささやかな宴の後、数時間の睡眠を得たところで、ヤエが皆に向かって指示を出す。

 その表情には数時間前までの寂しげな様子は見られず、いつもの凛とした雰囲気を纏っている。


「またゴブリンか……」


 安全地帯を出て少し、レム達の前方に他のモンスターの死骸に群がるゴブリンの姿が見えてきた。

 どうやら死肉を貪っているようだ。


 レムは先手必勝とばかりに、アリシアの《ランクアップ・マジック》で強化された《霊剛鬼剣》とは別に、もう一方の手に《斬空骨剣》を召喚し、死肉を貪るのに夢中になっているゴブリンどもに向かって、連続で真空の刃をお見舞いする。


「やはりこの迷宮でゴブリンのみが異常繁殖、そして異常発達を遂げているようだな」


 レムがゴブリンを一掃したところで、ヤエがおもむろに呟く。


 ここまで来る途中、他にもモンスターの死体に群がるゴブリンども見ることがあったが、餌となったモンスターに変異種は見られなかった。

 それ即ち、普段は迷宮内でも狩られる側であるゴブリンのみが異常発達、変異している証拠だ。


「二層目でこの様子では、この先の階層はどうなっていることやら……皆気を引き締めていくぞ!」

「了解です、ヤエさん。……《ハイスケルトンガードナー》、アリシアとシスターを何があっても敵の攻撃から守り通せ」

『承知しております、マスター』


 ヤエの指示に頷きつつ、レムは改めて《ハイスケルトンガードナー》に命令を下す。


《ハイスケルトンガードナー》は深く頷き、任せて下さいとでも言うように、両手の盾を打ち鳴らす。

 アリシアの《ランクアップ・マジック》で進化する前は物言わぬスケルトンだったというのに、随分と人間味を感じさせるようになったものだ。





 迷宮三層目――


「あれは〝ホブ〟か……」

「ああ、しかもとんでもねー数だ」

「とうとう進化種まで出てきたか、おまけに変異種まで混ざっているな」


 ジェシー、ラージ、それにヤエが物陰からヒソヒソとやり取りを交わす。


 三層目に足を踏み入れてしばらく、曲がり角の向こうにモンスターの一団が姿を表した。

 アーチャーやメイジなどの変異種と思われるゴブリンが約二十、それに〝ホブゴブリン〟が二十といったところだろうか……。


 ホブゴブリンとは身長百八十センチほどのゴブリンが進化した個体のことを指す。

 しかも、見る限りでは腕が剣状に変化した〝ホブゴブリンセイバー〟や四肢が異常発達した〝ホブゴブリンファイター〟なども確認出来る。


「とんでもない数だね――って、一番奥の個体、あれって……!」

「まさか〝ホブゴブリンジェネラル〟ですぅ? それに腕に抱えてるのは……」


 敵の戦力を確認している中、ペニーとマリエルの目がとある一体に止まる。


 周りのホブゴブリンよりも一回り大きく、黒い肌をしている。

 そしてその黒肌は鎧のように発達を遂げている。


 その名はゴブリンジェネラル、ホブゴブリンの中でも最上位近しい個体だ。

 ランクで表せばBランク+といったところだろうか……だが、そんな強力なホブゴブリンジェネラルよりも、その腕に抱えられた存在の方が問題だ。


 その存在とは……。


「黄金色の……ゴブリンの幼体でしょうか?」

「その通りだアリシア。けどただのゴブリンの幼体じゃない。あれは……〝ゴブリンキング〟の幼体だ――」


 アリシアの疑問にレムが答える。


 ホブゴブリンジェネラルの腕の中には、アリシアの言った通り黄金色に輝く赤ん坊ほどの個体が抱かれていた。

 黄金の肌を持つゴブリン――それ即ちゴブリンの最上位種、ゴブリンキングの証だ。


「キングの誕生、それがこの迷宮の異常の原因だったのね……」

「どうやらそうみたいだね、シスター。けどこれは不幸中の幸だ。キングが成体に進化する前に討伐できそうだ」


 数十年に……あるいは数百年に一度、ゴブリンは群れの中からキングと呼ばれる個体が生まれる事がある。

 キングはゴブリンの繁栄の証、キングが生まれるとゴブリンどもが異常繁殖するとともに、進化と変異を遂げるとされている。

 つまり、今回迷宮で起こったこの異常事態は、全てゴブリンキングの誕生が原因だったのだ。


「さて、どうする隊長?」

「ジェシー。どうするもこうするも、ここでキングを倒さねばならないだろう。問題はジェネラルだが……」

「ヤエさん、ジェネラルの相手はぼくに任せて下さい」

「レムちゃん……本気で言ってるのか?」


 ジェシーとヤエが攻め手を議論していると、レムがジェネラルの相手を買って出る。


 それに対しヤエが真剣な表情で問う。

 レムが並ならぬ戦闘力と判断力を有しているのは知ってはいるが、流石にジェネラルの相手がこのような幼い少年につとまるかと疑問に思ったのだ。


 それに対しレムは――


「大丈夫です。ジェネラルなら前に倒した事があります。あの時はギリギリの戦いでしたが、今はアリシアに力を強化してもらえてるので問題にはなりません」

「ジ、ジェネラルを倒した事があるだと……!? レムちゃん君はいったい……いや、今はやめておこう。その言葉を信じさせてもらうぞ」


 レムの言葉に驚愕するヤエだったが、レムから伝わる絶対の自信――元勇者パーティの一員としての自信に、彼を信じることを決める。


「そうと決まれば話は早い。まずはレムちゃんの《斬空骨剣》とアリシアの魔法で先制攻撃を仕掛ける。その後私とジェシー、ラージで正面から突撃し、ペニーとマリエルは外側から奇襲、敵が混乱した隙にレムちゃんはジェネラルに仕掛けてくれ。アンリは随時回復を頼む」


 敵の本丸の相手をレムがすると決まったところで、ヤエが各々に向けて指示を出す。

 チームを組んでまだ一日だというのに、レム達の特性をよく理解した的確な指示だ。

 伊達に若くして隊長を任されているわけではないというわけだ。


「じゃあ行こうか、アリシア、シスター」

「はいっ、ご主人様!」

「回復は任せて、レムくん!」


 レムの呼びかけに、アリシアもアンリもやる気満々といった様子で答える。

 それと同時に、アリシアはレムの左手に持った《斬空骨剣》も《ランクアップ・マジック》で強化する。

 タダでさえ攻撃的なフォルムをしていた《斬空骨剣》の色は毒々しい赤と黒のコントラストに染まり上がり、より凶悪なフォルムへと進化、大きさも一回りほど巨大化する。


「相変わらずすごい力だな、《ランクアップ・マジック》……!」

「ふふっ、お気に召して頂けたようで嬉しいですっ」


 レムが満足そうに進化した《斬空骨剣》を見つめていると、アリシアは主人に喜んでもらえたことをに満面の笑みで嬉しがるのだった。


 斬――ッッ!


 曲がり角から飛び出したレムが《斬空骨剣》を横薙ぎに大きく振るう。


《霊剛鬼剣》によって強化された膂力で振るわれる《斬空骨剣》、さらに《斬空骨剣》自体も進化し、その威力と効果範囲は格段に向上していた。


 ホブゴブリンの発達した筋肉の鎧を難なく突き抜け、三体まとめて腹から真っ二つに斬り裂いた。


『グギャッ! 敵ダ! 迎エ撃ツノダッ!』


 さすがはゴブリンの将、ホブゴブリンジェネラルだ。

 仲間がやられたのに気づくとすぐに攻撃が飛んで来た方向を確認し、周りのゴブリンどもに指示を飛ばす。


『グギャッ』

『グギギッ!』


 ジェネラルの指示で、ゴブリンどもが戦闘態勢に移行しようと動き始める。


「させません! 《アイシクルランス》ッ!」


 敵に態勢を整えさせまいと、アリシアが《ランクアップ・マジック》で強化した《アイシクルランス》を連続で放つ。

 敵の統率を乱すための攻撃のなので、流石に急所に当てるには至らないが、それでも強化された氷の魔槍は肩や腕、脚などに襲いかかり、敵の勢いを削ぐ事に成功する。


「行くぞ、ジェシー、ラージ!」

「おう!」

「任せるのである!」


 敵の統率が乱れたところで、ヤエは《セイクリッド・シールド》を召喚し、チャージアタックを前方の敵に仕掛ける。


 ジェシーとラージはヤエの側面から襲いかかろうとする敵の露払いに徹する。


 チャージアタックに成功すると、ヤエはその場で《セイクリッド・シールド》をまるで大剣のように振るい、敵を次々と切り裂いてゆく。


『ギギッ! 囲ミ込メッ! 中距離カラ攻撃スルノダ!』


 態勢を乱されたのに焦りつつも、ホブゴブリンジェネラルはヤエ達三人を囲みこむように配下のゴブリンどもに指示を下す。


 それに従い、ゴブリンアーチャーとゴブリンメイジが三人を包囲するように動き出す。

 そこから矢と魔法で攻撃するつもりのようだ。


「アタシらのことも忘れんなよ!」

「ですぅ!」


 ゴブリンどもの動きを見て、ペニーとマリエルが左右外側に展開。

 攻撃態勢に入ろうとしたアーチャーとメイジに次々と奇襲を仕掛け、バトルスタッフで骨を砕いていく。


「《ハイスケルトンガードナー》、二人を頼んだぞ!」

『心得ましたマスター』


《ハイスケルトンガードナー》に一言残すと、レムが《霊剛鬼剣》によって強化された体を駆使して凄まじいスピードで敵の本丸――ホブゴブリンジェネラルに向けて突貫する。


『ギギャァァ!』

『グギャギャ!』


 行かせはしまいと、ホブゴブリンセイバーとホブゴブリンファイターがレムの前に飛び出してくる。


 ホブゴブリンセイバーは剣状の腕を、ホブゴブリンファイターは馬鹿みたいに大きく発達した拳でレムに攻撃を仕掛ける……が――


「遅い!」


 そう言って、レムはホブゴブリンセイバーの斬撃にタイミング合わせ紙一重で回避するとともに、剣状の腕を付け根から《霊剛鬼剣》で切り飛ばす。


 レムは止まらない、そのまま半回転し今度はホブゴブリンファイターの拳を躱しつつその土手っ腹に強力な蹴りを叩き込んだ。


《霊剛鬼剣》で強化された蹴りはホブゴブリンファイターの腹に深くめり込む、そして勢いそのままに後方に大きく吹き飛ばす。


『不味イ! コノママデハ……ッ! 陛下ヲ連レテ撤退シロ!』


 ホブゴブリンジェネラルが狼狽した声で近くのホブゴブリンに黄金色のゴブリン――ゴブリンキングの幼体を慎重に渡す。

 ホブゴブリンは大切そうにゴブリンキングの幼体を抱え奥へと駆けていく。


 その瞬間だった。

 急接近したレムがホブゴブリンジェネラルの肩口を《霊剛鬼剣》で斬りつけた。

 ホブゴブリンジェネラルの鎧肌はその名の通り、非常に頑強だ。

 にも関わらず、肩口からは鮮血が勢いよく噴き出す。

 攻撃が深くまで達した証拠だ。


『グギッ!? オノレ……ッ!』


 呪詛を吐きながら、ホブゴブリンジェネラルは背中から大剣を引き抜いた。

 そしてそのままレムに大きく振り下ろす。


 レムはそれを《霊剛鬼剣》で受け止め、逆の手に握った《斬空骨剣》で真空刃をゼロ距離発射でホブゴブリンジェネラルにお見舞いする。


 大剣を受け止めた態勢で放った攻撃だった為、決め手には至らなかったが、それでも大ダメージを与えることに成功する。


 そんな攻防を交わす中、周りの状況も変化していく。

 指揮系統を失ったゴブリンどもは前衛のヤエ達、それに後方のアリシアの援護攻撃によってその数を半数ほどに減らしつつあった。


「《ヒール》!」


 アンリの声も戦場に響き渡る。

 傷を負った騎士達に絶え間なく回復魔法スキルを施しているのだ。

 アンリの状況判断能力、それと回復魔法スキルを放つタイミングの見極め能力は思った以上に高かった。

 決して狙いを外して敵に回復を施してしまうようなミスをすることなく、適切なタイミングで仲間を癒していく。


「レムちゃん! ここは任せた、私はキングを連れた個体を追う!」


 形勢がこちら側に傾いたと判断し、今まさにホブゴブリンジェネラルにトドメを刺そうとしているレムに、ヤエが言う。


「……分かりました、お気をつけて……!」


 片膝をついたホブゴブリンジェネラルの脳天を《霊剛鬼剣》で叩き割りながら、レムはヤエに応える。


 まだ敵は残っているので、本来であればタンクである彼女には持ち場を離れてもらうべきではないが、今回に関しては致し方ない。

 何せ逃亡を図った個体がゴブリンキングの幼体を連れているのだから。

 ゴブリンキングはAランクモンスターだ。

 もし進化し生体になってしまえば一大事、その前に何としても駆逐する必要があるのだ。

 一人で後を追うのは不安ではあるが、ここは最大の防御力を持つヤエがやるべきであろう。





『ギッギッ……!』


 ホブゴブリンは駆けていた。

 その腕の中には種族繁栄の証であるゴブリンキング。

 何としても逃げて守りきらなければならない。


 だが、そう上手くはいかない。

 迷宮にしては広めの空間に差し掛かった頃、ホブゴブリンの耳に足音が聞こえる。

 言わずともヤエが駆ける音だ。


「見つけたぞ! さぁ、観念するのだな」


 全速力で駆けてきたヤエに追いつかれ、ホブゴブリンは絶望する。

 この女騎士の戦い方は見ていた。決して自分が敵う相手ではない……ホブゴブリンはそれを理解しているのだ。


『グギャ……ッ!』


 だがしかし、ホブゴブリンは決死の抵抗を覚悟する。

 例え自分が殺されようとも、もしかしたら仲間が駆けつけてくれるかもしれない。

 それまで陛下を守り抜くのだ……!

 意を決して、ゴブリンキングを地に降ろし、ヤエに向かって飛び出そうとしたその時だった。


『もう()い、時は満ちた(・・・・・)。大義であったな……』


 そんな声がホブゴブリンの足元から響く。

 そして次の瞬間……。


 カ――ッッ! と、ホブゴブリンの足元……ゴブリンキングの幼体が黄金の輝きを放った。


「この光、まさか……!?」


 眩いばかりの輝きに、ヤエが腕で視界を守りながら声を上げる。


 輝きは光となり、やがて奔流となる。

 そして光が止むとそこには――


『よくも我が同胞をいたぶってくれたな、人間よ……。だがここまでだ。我は王としてここに〝進化〟を果たしたのだ』


 そんな言葉を紡ぐ二メートル程の巨体が立ち誇っていた。

 筋骨隆々の黄金の体、そしてその体を包む黄金の鎧……それは幼体がゴブリンキングとして完全なる進化を果たした証だった。


『グギャ(陛下)ッ!』


 成体へと進化したゴブリンキングを目の当たりにし、ホブゴブリンはその場に跪く。


「うむ、よくぞ我をここまで守り通した、褒めて遣わす」


 そう言って、ゴブリンキングは満足そうに頷く。

 次にヤエを見つめてこう言う……。


『ふむ、中々に美しい人間のメスだ。我の苗床にしてやろう』


 そう言った次の瞬間、ゴブリンキングの姿が掻き消えた。

 そして次の瞬間――


『《メギド・フィスト》』


 そんな単語を呟くと同時に、ヤエの目と鼻の先にゴブリンキングが現れた。

 何という高速移動、Aランクモンスターなだけはある。


 あまりの速さにヤエは驚愕するも、すぐさま《セイクリッド・シールド》を構えて防御態勢に移る。


 ゴブリンキングの巨大な右拳に、凄まじいエネルギー量を感じさせる赤黒い炎が纏わりついていたからだ。


 ドゴォォォンッッ!


 轟音が鳴り響く。


 ゴブリンキングが突き出した右拳とヤエの《セイクリッド・シールド》が衝突した。

 ゴブリンキングの放ったスキル《メギド・フィスト》はヒットした際に大爆発を起こす炎属性の上級スキルだ。


「がはっ――!?」


 ヤエの口から声とともに鮮血が飛び出す。

 爆発の衝撃で壁に叩きつけられ大きく背中を打ったのだ。


《セイクリッド・シールド》の恩恵と、身につけた重鎧があってもこれほどのダメージ……《メギド・フィスト》とゴブリンキングの膂力自体が如何に高いかが窺い知れる。


『む、やり過ぎたか。まぁいい、瀕死のメスで楽しむのも一興であろう。グフフフ……』


 激痛と壁に衝突した衝撃で動けないでいるヤエに、ゴブリンキングは下卑た笑いを漏らしながらゆっくり、ゆっくりと近づいていく。


「あ……あ、あ……っ」


 動かない体、されど迫りくるゴブリンキング。


 ヤエは言葉にならない声を漏らしながら、瞳に涙を浮かべる。

 その姿は騎士隊の隊長などではなく、犯されることに恐怖する一人の乙女そのものだ。


 ゴブリンキングがヤエのポニーテールを鷲掴みにして引き上げる。

 ヤエが恐怖で小さな悲鳴を上げるのを見て舌なめずりする。

 ヤエの重鎧を脱がそうとゴブリンキングの腕が彼女の胸部へと伸び……――その腕から鮮血が迸った。


『ガァァァァァァァ――ッッ!?』


 ゴブリンキングの絶叫が響き渡る。

 腕から噴き出す鮮血を押さえ込みながら周囲を見渡す。

 余裕綽々といった様子で事の行く末を見守っていたホブゴブリンも混乱に陥っていた。


「こっちだ、化け物……」


 そんな中、少し離れたところから声が聞こえる。


『貴様の仕業かぁぁぁぁッ!』


 ゴブリンキングが怒声を上げる。

 その目線の先には、アリシアの《ランクアップ・マジック》で強化された《斬空骨剣》を振り抜いたレムが立っていた。


「その通りだ。ほら、もう一発喰らえ……ッッ!」


 ヤエを――仲間を傷つけられて怒りに燃えるレムが、さらに《斬空骨剣》を振り抜いた。


 何か分からないがこれはマズい! そう判断したゴブリンキングはその場から大きく飛び退く。


 次の瞬間、ザシュッッ! という鋭い音とともに、ゴブリンキングが立っていた場所が大きく抉れた。

《斬空骨剣》の発した真空刃が地面を切り裂いたのだ。


「レ……ム、ちゃ……ん」

「大丈夫だ、もう安心しろ」


 苦しげにレムの名を呼ぶヤエに、レムは彼女に近づくと優しくその頭を撫でてやる。

 それとともに、アイテムボックスから回復薬ポーションを取り出し、彼女にゆっくりゆっくり飲ませていく。


「レムちゃん、どうしてここへ……? 皆はどうしたのだ?」

「向こうの敵はほとんど片付け終わったから、ぼくだけ急いで駆けつけて来たんだ。何か嫌な予感がしたからね」


 勇者パーティで鍛えられたレムの勘は鋭い。

 何か嫌なことが起きる予感がして、残りのメンバーで対処出来る数まで敵を減らしてから、ヤエの元に駆けつけたのだ。


「後はぼくに任せろ」


 そう言って、レムはその愛らしい表情に不敵な笑みを浮かべると、その後すぐに鋭い瞳でゴブリンキングを睨みつける。


『……ッ!? ば、馬鹿な! 王である我が怯えているだと!?』


 睨みつけられたゴブリンキングは自分が竦み上がったこと、そして体が震えていることに気づく。


 彼は――今のレムはいつもの愛らしい少年ではない。

 勇者パーティとして人々を守ってきた誇り高い〝霊装騎士〟なのだ。


 トクン……っ。


 そんなレムの姿を見た瞬間、ヤエの胸が高鳴った。


 それは今まで愛らしい彼に感じていたトキメキとは全く別のものであった。

 その胸の高鳴りのあまり、本来であれば騎士隊長として共に戦わねばならぬはずだが、ヤエは頬を染めながらレムに従ってしまう。


「行くぞデカブツッ!」

『グ……ッ、メ、《メギド・フィスト》ッ!』


 レムがゴブリンキングに向かって弾丸の様に飛び出す。

 自分と同じ……否、それ以上のスピードを華奢な人間の子供が出したことに驚愕しつつも、ゴブリンキングは《メギド・フィスト》を繰り出す。


「無駄だ!」


 だが、それはレムに通じなかった。

 レムは優れた動体視力と自身の勘を活かし、ゴブリンキングの二の腕を《霊剛鬼剣》で打ち付けることで軌道をズラす。


 爆発する拳も当たらなければどうという事はない。

 だが、さすがはAランクモンスターの体だ。

 大きく傷つけることには成功するも切断には至らない。


『グギャァァァァ――――ッッ! 次で貴様を殺すッッ!』


 ゴブリンキングが咆哮する。

 ダメージの大きさから長期戦は不利と判断したようだ。


 その場でバックステップし、レムから距離を取った――かと思えばそのまま勢いよく拳を振りかぶって高速接近してくる。

 捨て身の攻撃だ。言葉通りこれで決めるつもりの様だ。


「いいだろう」


 対し、レムはその場に《斬空骨剣》を突き刺すと、《霊剛鬼剣》を両手構えにして同じくその場から飛び出した。


 斬――……ッッ!


 交差するレムとゴブリンキング――


 ブシュッ……!


 レムの肩口から鮮血が血が舞う。


「レムちゃん……!」


 ヤエが悲鳴を上げる。

 レムはゴブリンキングの右腕の《メギド・フィスト》は回避したものの、左腕から放たれた鉤爪による攻撃が掠ってしまったのだ。


『我は王だ。だというのに…………』


 そんな言葉とともに――


 ズルリ……ッ。


 ゴブリンキングの胴体から上が斜め下に向かってずり落ちていく。

 言うまでもなく、レムの斬撃に叩き切られたのだ。


『グ、グギャァァァッ!』


 王が殺された事に憤慨し、ホブゴブリンがレムに向かって襲いかかってくる。


「《ファイアーボール》ッ!」


 そんな声とともに、レムの背後から飛び出した特大火球によってホブゴブリンは爆散する。


「アリシア、そっちも終わったみたいだね」

「はい、ご主人様っ! ――ってご主人様お怪我を……!」

「レ、レムくん……!? ヒ、《ヒール》!」


 火球は《ランクアップ・マジック》によって強化されたアリシアのものだ。


 レムに声をかけられ嬉しそうに応えるも、彼の肩から血が出ているのを見た途端に血相を変える。

 その後ろからついて来ていたアンリも、顔面を蒼白させながら急いで回復魔法を施す。


「な!? これってゴブリンキングだよな!?」

「まさか進化しておったとは!」


 ジェシー達がゴブリンキングの死体を見つけ、驚愕の声を上げる。


「ふふ……レムちゃんが一人で倒してしまったがな」


 ジェシー達の反応を見て、ヤエが苦笑しながら言う。

 そして、そのままレムをこれまで以上に熱っぽい視線で見つめるのだが……レムはそれに気づかない。





「ふぅ……さすがに疲れたな」


 家に着くと、レムは大きく息を吐く。


 ギルドへ報告を済ませると、レム達は冒険者達やギルド職員達による酒盛りに巻き込まれた。


 もしゴブリンキングが早期駆逐されていなかったら、ゴブリンどもは更に繁殖し、迷宮外に氾濫している恐れがあった。

 そうなれば都市には甚大なる被害が及んでいただろう。

 言うなれば、レム達はこの二日間で迷宮都市を救った英雄となったのだ。

 そんな彼らを良くやったと冒険者やギルド職員が労ったのだ。


 ヤエは途中で何やら急いで帰ってしまったが……。


 宴は数時間に及んだので、さすがのレムもヘロヘロだ。

 シャワーを浴びる元気もない、このまま寝室へ行き泥の様に眠ろう……。


 レムはそう考えていたのだが――


「レムくんッッ!」

「うむぅ……!?」


 その直後、レムはアンリに抱擁された。

 彼女の豊満なバストの下でくぐもった声を漏らしながら、いったいどうしたのかと混乱する。


「あぁ……レムくん! レムくんが怪我をしたのを見たとき、私……私……!」


 レムを抱きしめる力を強めながら、アンリは涙を流しながら言葉を紡ぐ。

 どうやら家に帰って来たところで感情が爆発してしまった様だ。


 レムがゴブリンキングに怪我を負わされた時、アンリは彼を失うことになるのではないかと絶望しかけたのだ。

 勇者パーティとして救世の旅に送り出したとはいえ、実際に我が子の様に愛したレムが傷つく姿をその目で見れば、アンリの気持ちは当然であろう。


 まぁ、レムからすれば大した怪我ではなかったのだが……。


「よかった、レムくんが死ななくて……」


 だが、アンリにそんなことは関係ない。

 レムを胸の中から解放すると、切なげな表情で彼の顔に自分の顔を近づけていく。


「ちょっ……シスター、何を!?」


 どんどん近づいてくるアンリの顔を、レムは心臓を飛び上がらせながら避けようとする――のだが……。


 むにゅん!


 そんな柔らかな感触が彼の後頭部に襲いかかる。


「ふふっダメですよ、ご主人様? ママのチューから逃げようとするなんてっ」

「ア、アリシア!?」


 レムの後ろにはアリシアが回り込み、アンリから逃さまいと彼の頭を二つのメロンで拘束してしまう。


 前と後ろで柔らかな感触挟まれ、更に二人の体から母性を感じさせる甘い匂いが漂ってきて、レムの意識を朦朧とさせる。


「いけないママでごめんね……?」


 そう言って、アンリがレムに唇を重ね――る寸前だった……。


 コンコン――っ。


 ノックオンが玄関の扉から響く。


「あ……! お客さんだ、出なきゃ!」

「あんっ!」

「レムくんっ!?」


 これ幸いとばかりに、二人の豊満バストから潜り抜け、レムは玄関の扉を開け開く。


 するとそこには、黒銀の瞳と髪を持つ、高級そうな衣装を纏った偉丈夫が立っていた。


「ふむ、そなたがレムだな?」

「え? はい、そうですが……」

「私はこの都市の領主、〝シナミ・サクラギ・リューイン〟だ。レムよ、そなたを私の娘……ヤエの花婿(・・)とする為に迎えに来た!」


 玄関に立つ偉丈夫――シナミ・サクラギ・リューインは、レムの目をしっかりと見据えたままそう言い放った。


(なっ!? ゴブリンキング倒すより厄介なことに……!?)


 レムは心の中で盛大に悪態を吐くのだった。


 女勇者に自分の性奴隷にならないと、パーティを追放すると脅されたので離脱を選択した霊装騎士の受難は、まだまだ続く様だ……。


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