29話 いざ迷宮へ
「シスター、本当に修道服で迷宮に行くつもり?」
「もちろんよレムくん。この修道服と首輪は、レムくんと孤児院のみんな、それに教会を裏切った私の贖罪の証なの」
夕刻前――
ギルドの待合スペースにて、レムとアンリがそんな会話を交わす。
三人は今日の迷宮の調査、及び異常の原因を取り除く為に、昼間の内に準備を終え、約束場所であるこの場所までやってきた。
レムはいつもの黒の外套にガントレット、それにレギンス姿。
アリシアは先日レムに買い与えられた冒険者衣装。
アンリは今もレムが言った通り修道服姿だ。どうやら彼女の贖罪に対する思いは戦闘に赴く時でも変わらないらしい。
レムはもっと防御力のあるものを買うように説得したのだが、アンリは譲らなかった。
まぁ……仮に彼女に鎧を与えてもまともに動けないだろうからというアリシアの言葉で、レムは渋々それを認めた。
「それより、ご主人様。今日同行する騎士の方々はどんな人たちなのでしょう?」
「アリシア、一緒に行くのは全部で五人らしいよ、なんでも迷宮とかにも慣れている隊の人たちが来るとか……」
アリシアに問われて、レムは受付嬢のネネットから聞いた情報をアリシアとアンリに伝える。
特に隊長である人物は、防御に特化した上級スキルを持つ凄腕の騎士だとネネットに聞かされていた。
「レムさん、それにお二人もお待たせいたしました。騎士隊の皆さんが到着しました!」
レムが話し終えたタイミングで、後ろからネネットがそう言ってやってくる。
(一体どんな人達だろう――って、嘘だろッッ!?)
振り返ったレムが驚愕した様子で目を見開いた。
なぜならそこには……。
「ふははははっ! まさか今回同行する冒険者がダーリンだったとは! やはりこのヤエお姉ちゃんとダーリンは運命の赤い糸で結ばれているようだな!」
高笑いする重鎧を纏った女性、ポニーテールに結った髪の色は黒銀、瞳の色も同じく黒銀。
凛とした雰囲気を纏った彼女の名前はヤエ。
この都市にレムがやって来た時に、彼に襲いかかろうとしたド変態女騎士だ。
「あの方は! 以前ご主人様にビンタされて達してしまった女騎士様です!」
「えっ? レムくん、なんて高度なプレイを……! 羨ま――じゃなくてなんて汚らわしいの!」
ヤエを見てアリシアが言うと、それに続いてアンリまでもがとんでもないことを口走ろうとする。
そんな二人にグッタリきながらも、レムはなんとか気力を振り絞ってヤエへと話しかける。
「ひ、久しぶりです、騎士様。その口ぶりからすると、今回同行される騎士隊というのは……」
「騎士様なんて堅苦しい呼び方はやめてくれ、私のことはヤエお姉ちゃんと呼んで欲しい! それはさておき、改めて自己紹介しよう、私の名前はヤエ・サクラギ。リューイン騎士団の三番隊隊長だ」
「た、隊長!?」
――この変態女騎士がか?
とは口に出せるわけもなく、レムも自己紹介とともに、アリシアとアンリのことも紹介する。
すると――
「なんだ、一緒に戦う冒険者ってレムたちだったのか?」
ヤエの後ろの方からそんな声が聞こえてくる。
「え? ジェシーさん……? それにみなさんも!」
声のした方を見ると、そこには以前酒場でレムとアリシアに酒を奢った騎士たち……中年騎士のジェシーに、リザードマンのラージ、それにビキニアーマー二人組のペニーとマリエルが立っていた。
「ふむ、レム殿にアリシア嬢、二人とも元気そうで何よりである」
「Bランク相当の冒険者が同行するって聞いてたけど、まさかレムとアリシアだったとはね」
「ですぅ! びっくりなのですぅ!」
ラージに続いて、ペニーとマリエルが言う。
どうやら皆、レムとアリシアのことを気にかけていたようだ。
「こちらもびっくりしました。まさかみなさんと一緒にクエストに臨むことになるなんて」
「なんだ、レムちゃんは私の部下たちと知り合いだったのか?」
「はいヤエさん、実は以前に酒場で一緒になったことがありまして……」
レムに向かって、早速ちゃん付けで呼ぶヤエ。
レムはそれをスルーして答える。
反応してもどうせロクなことにならないと分かっているからだ。
「むぅ、ヤエお姉ちゃんと呼んでくれない……。もしかして反抗期か?」
「それはありません、ご主人様はベッドの上では赤ちゃんみたいに私のおっぱいに甘えて――」
「おい黙れ駄エルフ」
お姉ちゃんと呼んでもらえないことに不服そうに漏らすヤエに、アリシアがとんでもないことを暴露しようとしたところで、レムがそれを止める。
そんなやりとりを、ジェシーを始めとしたヤエの部下たちがニヤニヤと眺めているのだが……これもレムは無視することにした。
「ヤエさん。それより、お互いがやれることを確認しましょう。ぼくは霊装騎士です。ある程度の霊装武具の召喚と眷属の召喚が可能です。主に前衛が主体ですが、中距離からのサポートもやろうと思えば出来ます」
「ほう、可愛い見た目をして、レムちゃんは意外としっかりしているのだな。霊装騎士に会うのは初めてだが……これは期待出来そうだ。そちらの二人は?」
おふざけはここまでと言わんばかりに、レムが自分の力をある程度説明し始めると、先ほどまでのデレきっていた表情からは一転し、凛とした雰囲気に戻ってヤエが説明の続きを促す。
「私は魔法スキルを使うことが出来ます。それと固有スキルを使って、ご主人様限定ですが、力を底上げすることも可能です」
「わ、私は戦闘スキルは持ち合わせていませんが回復魔法スキルを使うことが出来ます。みなさんを後方からサポート出来たらと……」
アリシアに続いてアンリが言う。
戦闘スキルを持たないとアンリが言ったところで、騎士の面々が渋い顔をするが、そのタイミングでレムが、アンリを守るためのスキルを持っているから安心してくれと説明することで、同行を認めさせることに成功する。
「それにしても、アンリの格好だが……いや、今はやめておこう。それより私たちの役回りの説明だな」
ヤエがアンリの修道服と首を見て何かを言おうとするが、今はそんな場合ではないと判断したのだろう。それについての追及はなかった。
「まずは私の役回りはタンクだ。防御系の上級スキルを持っているので頼りにしてくれ。次はジェシーだな」
「あいよ、隊長! 俺は見てもらった通り剣士だ。隊長みたいに強力なスキルは持ってねぇが、この隊で副隊長を張れる程度の実力はある。よろしくな」
そう言って、ジェシーはニカッと笑ってみせる。
決して色男というわけではないが、どこか人を惹きつける笑顔だな、とレムは改めて思った。
「では次は某である。某の武器はこの拳と蹴り、それに尻尾である」
ラージは強靭な尻尾を地面にパシンッ! と叩きつけることで挨拶を終える。
どうやら、格闘家のようだ。
「アタシの武器はこのバトルスタッフだ。どちらかと言えば得意なのは奇襲だよ!」
「同じくなのですぅ!」
ビキニアーマー二人組、ペニーとマリエルは金属製の棍棒を掲げる。
「よし、お互いの戦力確認はこれぐらいでいいだろう。後は迷宮で実際の力を確認して細かな連携を決めるとしよう」
「わかりました。よろしくお願いします、みなさん」
ヤエの言葉に、レムが頷いたところで、一行は迷宮を目指して歩き出した。
「頑張ってくださいね、みなさん……」
皆の後ろ姿を、ネネットが胸の前で手を組んで見送る。




