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2話 シスター・アンリ

 亜麻色髪、少々垂れ気味の瞳がおっとりした印象を与える。

 背は小柄なレムよりも高い。ちょうどレムの頭が彼女の胸元に来るくらいの身長差だ。

 胸は程よく育っており、修道服を下から盛り上げている。


 そんな彼女の名は〝アンリ〟。

 この協会に幼い頃から仕えるシスターであり、レムの育ての親である。

 親といっても彼女自身まだ二十代。

 レムにとっては母であり、姉のような存在だ。


「どうしてレムくんがここにいるの? 勇者様達と旅に出ているはずじゃ……」

「シスター、実は……」


 レムはポツリポツリと語り始めた。

 自分の実力が勇者達に追いつけなくなってきたこと。

 そして、それが原因で見限られておめおめと帰って来たことを――


 さすがに性奴隷にされそうになってビビって逃げ出したことは、あまりに格好がつかないので伏せてはおいたが……。


「っ…………」


 レムの話を途中まで聞いたところで、アンリの顔が強張ったようにレムは感じた。

 だが、すぐに二年前と変わらぬ、おっとりとした優しい表情に戻ると話の先を促した。


 今のは気のせいだったのか?

 そんなことを思いながら、レムが全てを話し終えると――


 むにゅんっ!


 レムの頭に手を回し、豊かな胸の中に彼の顔を(いざな)った。


「うむぅっ!?」


 突然の抱擁に、レムは驚いた声をアンリのバストの下で上げるが、その直後に彼女はレムの頭を優しく撫で上げる。


(あぁ……やっぱりシスターは優しいな……)


 心の中でレムは呟く。


 昔からそうだ。

 アンリはレムが思い悩んでいる時や、傷ついている時は、何も言わずに優しい抱擁で包み込んでくれた。


 そんな優しい彼女だからこそ、レムは彼女を母、そして姉として敬うと同時に、いつしか女性として意識するようになった。


 そう、シスター・アンリはレムにとって初恋の存在なのだ。


 レムが霊装騎士の力に目覚め、勇者の騎士として旅立つ決意を固めたのも全てはアンリのためであった。


 勇者パーティに加われば、国から多額の報酬がパーティに支払われる。

 その一部をアンリの奉仕する教会に振り込む約束を国がしてくれたのだ。


 レムのそんな想いを、勇者であるマイカは、彼が旅立つ時のアンリへ甘える姿を見て、なんとなくでは気づいていた。

 だからこそ、決別の時に〝あの女〟などとレムを挑発したわけである。


「レムくんは小さいのによく頑張ったわ、今はゆっくり体を休めて。それと……お帰りなさい」

「……っ! ただいま、シスター……」


 お帰りなさい――


 この二年の旅路で、ただの一度も聞くことがなかった言葉に、レムの瞳にうっすらと涙が浮かぶ。

 それをなんとか抑え込み、彼は満面の笑みで、ただいまの言葉を口にするのだった。





「そうか、救世の旅路はそこまで過酷なものだったのか……」


 教会の一室、普段は談話室として使われている場所の片隅で、テーブルの前に腰かけた男が重々しい口調で言葉を紡ぐ。


 男の名は〝ネトラ〟という。

 この教会の神父であり、歳は四十。

 オールバックに固めた髪には白いものが混じって入るものの、歳にしては、そして神父にしてはガッシリとした体格を持つ男だ。


「期待に応えられず申し訳ありません、やはり魔界付近はレベルが違いすぎました……」


 ネトラの真正面の席で、レムは言葉通り申し訳なさそうに体を縮め、彼に向かって謝罪の言葉を口にする。


 シスターと再会の喜びを分かち合った後、まずは教会の責任者であるネトラ神父に事の顛末を報告しなければと、レムはこの部屋に通された。

 今はアンリに語ったことを、そのままネトラにも伝え終えたところだ。


「何を言うんだレム、君はよくやった。その歳で勇者様を魔界の手前まで護衛しきっただけでも大したものだ。君は我が教会の誇りだよ」

「そうよレムくん、自分を卑下してはいけないわ。あなたは立派よ」


 ネトラは、優しい表情でレムに労いの言葉をかける。

 その隣に腰かけたアンリも改めてレムを褒め称える。


「ありがとうございます。神父様、シスター。……ところで、ぼくはこれからどうしたらいいと思いますか? 勇者パーティを首になってしまったので、ただの孤児に戻ってしまいました。できればまた教会の為に何かしたいのですが……」

「何を言うんだレム、その気持ちは嬉しいが、今はそんなこと考えなくていいんだ。……それに、どうやら君と話すのを待ちきれない子達がいるみたいだしね」


 勇者パーティを追放された身ではあるが、レムが教会の――アンリのために何かをしたいと言う気持ちに変わりはなかった。


 しかし、ネトラは彼の気持ちを落ち着かせると同時に、ドアの方に目配せをする。


 なんだろうと? とレムが振り返ると、そこにはドアの隙間からこちらの様子を窺う子供達の姿が見えた。

 覗いていたことがバレて、それぞれ「ヤベッ!」といった表情を浮かべると、顔を引っ込める。


「レム、話はここまででいいから、みんなに顔を見せてあげなさい。きっと喜ぶだろう」

「それと、言いづらかったらパーティを抜けたことも、無理に話さなくていいわ。そのうちゆっくり明かしていきましょう」

「わかりました。ありがとうございます」


 二人の言葉に、レムは小さく頭を下げると、扉に向かって歩いていく。


 そして扉を開けると――


「うわぁ! レム兄ちゃんだぁ!」

「お帰りなさい! 旅は終わったの?」

「なんだか、ちょっと大人っぽくなってる?」


 あっという間に、年下から同い年くらいの子供たちに囲まれた。

 皆、レムと同じように、この教会で育った孤児たちだ。


 彼らにとって、同じ孤児でありながら霊装騎士の力に覚醒し、勇者パーティに同行することになったレムは希望の星のような存在だ。

 そして何より、レムは優しい少年であった。

 そんな彼のことが皆好きでたまらないのだ。


「レム兄ちゃん、鬼ごっこしよっ!」

「何言ってんだ、それより勇者様との旅の話を聞かせてくれよ!」


 あれをしたい、これをしたい……。

 次々とねだってくる孤児たちに、レムは「順番にね?」と優しい笑顔で応えてやるのだった。





「「「いただきますッ!!」」」


 夕刻――


 子供達と遊び終わった後、レムは教会の食堂で夕食をとることとなった。

 二年前と変わらぬボロけた食台の上には、これまた昔と変わらぬ、黒パンにスープ、それにささやかな付け合わせという、質素な料理が並んでいた。


「…………?」

「どうしたのレムくん、具合でも悪いの?」

「いや……何でもないよシスター」


 二年前と変わらぬ食卓。

 懐かしい気持ちになりつつも、何故かレムはその光景に違和感を覚えた。

 だが、そんな感覚も、シスターの優しい声色の問いかけによって、すぐに払拭された。


「いただきます……」


 固すぎる黒パンをスープにつけて食べる。

 塩っ気も少なく、相変わらず味気ない。

 そんな料理であっても、レムにとっては大切な故郷の味だ。


 皆と過ごした十年間の思い出が蘇る。

 それと同時に、マイカ達と旅をした二年の思い出も……。


「レム兄ちゃん、泣いてるの……?」

「えっ…………?」


 レムは気づけなかった。

 自分の瞳から涙が伝っていることを――


 そして、ようやく理解した。

 やはり自分は、マイカ達に追放されて寂しかったのだと。


「大丈夫よレムくん。ここは誰もあなたのことを見捨てたりはしないから……」


 レムの心境を悟ったのだろう。

 アンリは静かにレムに近寄ると、彼の小さな体を優しく抱擁した。


 レムは大声で泣いた。

 皆が見ている前だろうと抑えることができなかった。


 生まれ育った故郷の味、自分の育ての親からの抱擁……。

 それらをもって、ようやくレムは自身の感情を吐き出すことができたのだった。


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