25話 檻の中の修道女
その日の昼――
「うぅん……」
「起きたね、アリシア」
ベッドの上で瞳を開けるアリシアに、レムが声をかける。
その声色はどこまでも優しげだ。
「ふふっ、久しぶりに気絶させられちゃいました。ご主人様、よっぽど裸エプロンがお気に召したのですね?」
「ああ、最高だったよ。アリシア……すごく可愛かった」
「あんっ、ふふ……嬉しいです」
眠気まなこのアリシアをレムが優しく抱きしめると、彼女は目を細め彼に体を委ねる。
奴隷でありながら主人に愛してもらえる――
アリシアの心が幸福感で満たされてゆく。
「アリシア、今朝の話の続きなんだけど……今日あたりに冒険者活動を再開しようと思う」
誘惑に屈したレムではあったが、冒険者活動再開を諦めたわけではない。
先ほどとは打って変わって、真剣な表情でアリシアに言う。
「…………かしこまりました。それでは、お着替えを手伝わせていただきます」
「おっと、今日は着替えさせっこはなしだ」
少しの沈黙の後、両手をワキワキさせながら服を脱がそうとしてくるアリシアをするりと躱し、レムは立ち上がる。
そんなことをすれば、着替えさせっこからのイチャラブタイムが始まってしまうからだ。
「むむっ、今日は手強いです。……どうされたのですか、ご主人様?」
「どうもこうもない。もうひと月も働いていないんだ。このままじゃダメになるよ」
「いいじゃないですか、ダメになったって。ご主人様にはわたしがついてます! だから今日もいつもみたいに、わたしのおっぱいに甘えてください……ね?」
いつもと違い抵抗を示すレムに、アリシアが胸の谷間を強調しながら耳元で甘く囁き誘惑する。
レムはゴクリと喉を鳴らす。
だが、今日の彼は違う。
誘惑に成功したと確信したアリシアが彼を自分の胸に誘おうとしたところで――
「〝命令だ、アリシア。どうしていつも働こうとするのを邪魔するのか、理由を答えるんだ〟」
「くっ……これは隷属魔法!? やめてくださいご主人様! 答えるわけには……ッ!」
レムは隷属魔法を使った。
本当はこんな手は使いたくなかったが、このままではラチがあかない。
これからの生活もかかっているのだから、なんとしてでも働かなければならないのだ。
「〝さぁ、答えるんだアリシア〟」
「く……ッ、ご主人様を働かせたくなかったからです」
「どうして……?」
「ここしばらく、ご主人様の行動を見ていて分かりました。ご主人様はわたしを大切にするあまり、自分のことを蔑ろにしている節があります。そんなご主人様が冒険者活動を再開すれば、きっとわたしの為に命を削ってお金を稼ぐことでしょう。奴隷として、メイドとして、そしてあなたを愛する者として、そんなの見過ごすことは出来ませんッ!」
隷属の魔法の効果により、アリシアはレムの質問に素直な気持ちを答えた。
これが彼女がこのひと月レムを戦わせたくなかった理由だ。
アリシアはレムを愛するあまり、彼が自分の為だけに生きているのだと、本能的に感じ取っていたのだ。
「アリシア……ぼくのことをそんな風に……」
彼女の思いを知り、レムは胸が張り裂けそうになる。
ここまで自分はアリシアに大切に思われていたのかと――
だがだからこそ、レムは戦わなければならない。
エルフ族は人間よりも遥かに寿命が長い。
レムはアリシアよりも早くこの世を離れてしまうことになる。
そうなった時、彼女が一人でも何不自由なく生活していけるだけの財産を残してやりたいのだ。
「大丈夫だよ、アリシア。決して無理はしないから安心して――」
「と言うのが理由の一つです」
「は…………?」
レムが言う途中、アリシアがその言葉を遮った。
間抜けな声を漏らすレムに、アリシアは隷属魔法によって引き出される言葉を続けて言う。
「わたしはご主人様を甘やかすのが大好きです! なので働くなんて考えを出来なくなるまで甘やかしまくってしまえばいいのです! いずれは食事もトイレも一人では出来ないように調教して赤ちゃんのように――あぁッ! どこへ行くのですか、ご主人様!?」
――なんて恐ろしいことを考えてやがるッ!?
アリシアの画策していた恐ろしい計画 (ご主人様幼児退行調教計画)を途中まで聞いたところで、レムは無言で部屋を出て行くのだった。
◆
「むぅ、幼児退行の何がいけないのと言うのですか……」
「黙れ駄エルフ、それと早く首輪を選べ」
アリシアがレムをダメにする計画をパァにされたことにブツブツと文句を言う。
レムは冷たい視線でそれを一蹴する。
ここはひと月前に世話になったグウェンの営む奴隷市場だ。
そしてレムたちの前には銀や金、それに宝石で装飾された首輪が並んでいる。
レムは思った。
やはりアリシアに重たい首輪を付けたままにするのは良くないと。
首に負担がかかるのはもちろん、粗悪な首輪は肌に悪いし、何より戦闘時の動きに支障をきたす。
そんなわけで、冒険者活動再開前に、綺麗で軽い首輪を買いに来たのだ。
「これはどうでしょう若旦那様、銀で出来た首輪です。丁寧に研磨されていて見た目もいいですし、何より軽い。アリシアさんの髪の色も相まって似合うと思われます」
一緒に首輪を選んでくれてるグウェンが銀の首輪を勧めてくる。
本来であれば、通常のスタッフが対応するところだが、客がレムだと気づくとグウェンが自ら接客を申し出たのだ。
よほどレムのことが気に入っているのか、あるいは将来への投資の為か……。
それはさておき。
勧められた首輪のデザインはシンプルで装飾はほとんどない。
シャープな作りのため、重さも気にならない程度だ。
「ご主人様、わたしはやっぱりこの首輪のままでいいですよぉ」
アリシアが遠慮がちに言う。
わざわざ自分の為だけに首輪を購入してもらうのが申し訳ないのだ。
(はぁ、仕方ない。ここはあの手を使うか……)
首輪の購入を拒むアリシアに、レムは用意しておいた手を使うことにする。
「残念だなぁ、軽くて細い首輪を買えばアリシアの首を堪能することができるのに……」
「……!?」
「この首輪のままだとアリシアの首筋に甘えることも出来ないや……」
「――ッ!!」
「アリシアの首、舐めてみたかったのに残念。やっぱ諦めるしか……」
「欲しい! ご主人様、新しい首輪欲しいですッ!」
計画通り!
アリシアはレムの言葉に誘惑され、新しい首輪が欲しいとねだり出した。
実に自分の欲望に忠実な奴隷エロフである。
「ではグウェンさん、この銀の首輪を下さい」
「かしこまりました、若旦那様。すぐに隷属魔法の掛け直しをしますので、客室へとご案内します」
首輪の購入を決めると、グウェンが前回の客室へとレムたちを案内する。
その途中で、檻に閉じ込められた奴隷たちがいる通路を通ることになり、レムは前回同様に視線を合わさないように通路を進む。
情が湧いてしまうのが怖いからだ。
もう少しで客室にたどり着く、そんな時だった……。
「レムくん……レムくん……なの?」
そんな声がレムの耳に届いた。
レムはハッとする。
この声は……いや、そんなはずはない……。
そんなことを考えながら、声のした方を向く。
すると――
「あぁ……やっぱりレムくんだったのね……」
「シス……ター……?」
檻の中から、修道服を着た女性が涙を浮かべながらレムを見つめていた。
レムが呆然と彼女の呼び名を口にする。
そこにいたのは、レムの育ての親にして初恋の相手……そしてその想いを利用し、裏切った人物――シスター・アンリだった。




