23話 スケスケとヒモヒモ
「はい……?」
絡んで来た二人組に、何言ってんのお前ら? ……とでも言いたげな声色で、レムが聞き返す。
その際に、男二人の胸もとに下がった冒険者タグをチラリと確認する。
二人ともタグは銀で出来ている。それ即ち、二人がCランク――実力で表せば一人前の冒険者である証だ。
アリシアを貸せと言ってきた男は背は低いが常に体を鍛えているのか、全身に程よく筋肉がついている。
対して、気味の悪い笑い声を漏らす男の方は、背は高いがガリガリだ。ローブを着て腰に短杖を下げているのを見るに、魔法職なのだろう。
「聞こえなかったのか? その女を俺らに貸せって言ったんだよ。なーにちょっとばかし相手してもらうだけだからよ」
「もっとも、使い物にならなくなるかもしれないがね、きひひひっ!」
冒険者に荒れくれものが多いのは確かだ。
だが、この二人組みはかなりタチの悪い部類のようだ。
恐らく、華奢な見た目かつ、Eランクのタグを下げているレムが、美しいアリシアを連れているのを見て、脅し、もしくは暴力で奪い取ってやろうと画策したというところだろうか。
「どうしましょう、ご主人様……この人たち気持ち悪いです……」
「ぶっ!」
レムが内心「あ〜、めんどくさいのに絡まれちゃったな……」などと思っているところに、アリシアがそんなことを言い出すので、レムは思わず吹き出してしまう。
「て、テメェ! 笑いやがったな!」
「やっちまおうぜ、クラッブ!」
笑われたことに怒り、筋肉ダルマの男――クラッブというらしい――が、青筋を立てて、レムに掴みかかった。
ガチャンッ!
その拍子に、テーブルの上の皿が音を立てて地面へと落ちてしまう。
せっかくの料理が台無しだ。
「……なせ――」
「あ? なんだ奴隷風情が……ッ!?」
アリシアが何やら呟く、クラッブが聞き返そうとしたところで、その瞳が驚愕に見開かれる。
クラッブの目と鼻の先に、アリシアが手のひらに顕現させた《ファイアーボール》を突きつけていたからだ。
「ご主人様からその汚い手を離しなさい、殺しますよ……?」
瞳からハイライトを消して、アリシアがゾッとするような声色で静かに告げる。
その際に、《ファイアーボール》がボウッ! と膨れ上がる。
どうやら《ランクアップ・マジック》も発動したようだ。
「ヒィッ!?」
それを見たクラッブが、思わず情けない声を上げてレムから手を離す。
どうやらアリシアの言葉が本気だということに気づいたようだ。
「ふふ……手を離しましたね? では死になさい――」
「ダメだアリシア!」
「ふぁ……!? ご主人様、後ろから抱きしめないで――ひゃうんっ! 耳らめぇぇぇぇぇッ!」
クラッブに向かって、《ファイアーボール》を放とうとするアリシア。
流石に殺人はマズイと、レムは彼女にガバッ飛びつき、朝の情事で知ることとなった彼女の弱点――耳をさわさわprprしてみせる。
するとアリシアは先ほどまでの様子が嘘のように蕩けた表情を浮かべて「んっんっ!」とビクンビクンする。
あまりの艶かしさに、騒動を見守っていた男性冒険者たちは前屈みだ。
「えーと……クラッブさんでしたっけ? ぼくの奴隷が魔法を向けたことは謝ります。ですが、そちらも暴力を振るったわけですし、ここはお互い様ということにしませんか?」
アリシアがビクンビクンしているのを傍目に、レムはクラッブに向かって提案するのだが……。
「ふざけるな! テメェがおとなしくその奴隷を渡していればよかったんだ! こうなれば決闘だ! 俺が勝てばその奴隷をもらう、お前が勝てば俺と相棒の〝ゴイル〟の有り金を全部くれてやるッ!」
そう言って、クラッブは腰につけた革袋をテーブルに叩きつけた。
その際に紐が解け、中身が露わになる。
殆どが銅貨や銀貨だが、中には金貨も数枚確認することができる。
どうやら中々に稼いでいるようだ。
もう一人の男、ゴイルもクラッブに従い同じように革袋をテーブルに置く。
「なんだなんだ、面白いことになってきたな!」
「よっしゃ、俺が決闘の見届け人をやるぜ!」
レムたちのやり取りを見守っていた野次馬たちが、そんなことを言いながら盛り上がる。
「決闘のルールは素手での殴り合いだ。武器を使わなければどんな手を使ってもいい。どうだ、怖いかクソガキ?」
「……はぁ、いいだろう。受けるよ」
ニタニタと笑いながら決闘のルールを説明するクラッブ。
華奢なレムの体を見て、素手での戦いなら負けるわけがないと確信しているのだろう。
周りも決闘せざるを得ない状況を作り出してくる。
もしかしたらクラッブの取り巻きの可能性もあるかもしれない。
そんな可能性も考えに入れつつ、レムは溜息を吐きながらも、決闘に応じる。
本来であれば、アリシアが止めに入るところではあるが、彼女はレムの責め技でちょっとアレしてしまっている為、それどころではない。
今も地面に蹲り、頬を染めなながら「んっんっ……」と喘いでいる。
「来いよ、先手は譲ってやるからよぉ」
先ほどと同じくイヤらしい笑みを浮かべながら、クラッブがファイティングポーズを取る。
レムとの体格差は一目瞭然、余裕綽々といった様子だ。
「いいんですか? それじゃあ遠慮なく――の前に、一応確認です。素手であればどんな手を使ってもいいんですよね?」
「もちろんだ、なんなら金的も使っていいぞ。もっとも、当てられればだが――ぐげぇぇぇぇッッ!?」
レムに問われてクラッブが言う途中、その口から苦悶の声と唾液が勢いよく飛び出した。
「嘘だろ!?」
「何が起きた……?」
野次馬たちが騒然とする。
クラッブと同じく余裕の笑みを浮かべていたゴイルは呆然と立ち尽くす。
その反応は当然であると言える。
なぜなら、クラッブの鳩尾にレムの小さな拳が突き刺さっているのだから――
(〝霊装憑依〟、練習しててよかったな……)
クラッブの腹から拳を話しながら、レムは胸中で呟く。
霊装憑依――霊装騎士の能力の一つだ。
その効果は霊装武具を召喚せずに、その能力を体に付与するというものだ。
武具を召喚するのと比べ、霊装憑依は効果が半減するのでこの能力を実戦レベルまで修練する者は少ないが、レムは何かに使えるかもと、会得していたのだ。
今回体に付与したのは《霊剛鬼剣》の力だ。
半分とはいえアンデッドオーガの膂力を身に纏ったのだ。
ただの力自慢のCランク冒険者など相手にもならない。
「うぐぅ……こんな馬鹿な……! こ、殺してやる!」
鳩尾を押さえ、苦しげな声を漏らすも、クラッブは気合いで痛みを無視してレムの顔面に向かって拳を繰り出す。
パシッ!
乾いた音が鳴る。
クラッブの拳がレムの手のひらに止められた音だ。
アンデッドオーガの膂力を得たレムの顔は涼しげだ。
「よし、次はぼくの番だな?」
「え、ちょ待っ――あぎゃぁぁぁぁッ!?」
笑顔で言うレムに、クラッブは青ざめた顔で「待ってくれ」と懇願しようとするがもう遅い。
レムは手のひらに力を込めると――ゴキッ! バキッ! ゴリッ! そんな音と一緒にクラッブの絶叫が響き渡る。
言うまでもないがクラッブの拳を砕いてやったのだ。
「さて、次はどうしてやるかな?」
「ひぃぃぃ!? や、やめてくれ、俺が悪かったからッ!」
嗜虐的な笑顔で言葉を漏らすレムに、クラッブは顔面蒼白になりながら許しを乞う。
ようやく彼は気づいたのだ。
目の前の少年が遥か格上の存在であることに。
「本当に悪いと思っているか?」
「思ってる! い、いや思っています!」
「ぼくとアリシアに謝るか?」
「謝ります! だ、だから許して下さ――」
「だが断るッ!」
「そんな! やめ――ぎゃぁぁぁぁぁぁッ!」
散々聞いておいたというのに、レムはクラッブの言葉を無視して強烈なアッパーを顎に叩き込んだ。
空中へ舞うクラッブ。
レムもそれを追うようにジャンプすると、そのまま回し蹴りをお見舞いした。
あまりの勢いに、クラッブが壁に叩きつけられる。
「死ねぇぇぇぇ!」
「ひぁぁぁぁぁ! ゆるじでぇぇぇ〜〜ッ!」
崩れ落ちるクラッブの顔面に、レムはトドメとばかりに強烈な拳を――寸止めしてやった。
本当に殺されると思ったのだろう。
クラッブは恐怖のあまり泡を吹いて気絶する。
「ふあぁ……ご主人様、素手でもしゅごいのぉ♡」
レムの強さに、呆然とする野次馬たち。
その誰もが黙り込む中で、アリシアの蕩けたような声が木霊する。
どうやら、レムの強さに更なる興奮を覚えてしまったらしい。
主人の戦う姿でも発情できるとはレベルが高すぎる。
「さて……次はお前の番だな?」
振り返りながら、レムはゴイルに向かって笑いかける。
愛するアリシアを奪おうとした、そして物のように扱おうとした。
周りが思っている以上に、レムの怒りは激しかったのだ。
「い、いやだ……勘弁してくれ! お、お金! 約束通りお金全部あげますからぁッ!」
そんなセリフとともに、ゴイルはその場を走り去って行った。
相棒を見捨てて逃げ出すとは、やはりロクな人間ではない。
となると次は――
ギロリッ!
レムは野次馬たちにギラついた視線を向ける。
見せ物にする為に、この状況を作り出した周りの冒険者にも彼は怒りを覚えているのだ。
「あのー、その辺にしてもらえませんか、レムさん……」
「ネネットさん……。すみません、やり過ぎました」
遠慮がちな声で仲裁の声が割って入る。
受付嬢のネネットだ。
少々怯えた表情を浮かべる彼女を見て、レムはようやく冷静さを取り戻す。
「まぁギルドはいざこざが多いのは事実ですし、どうやら今回はアリシアさんを守る為の行動だったようなので不問にしたいと思います。ふふ……むしろタチの悪い方たちにはいい薬になったかもしれません」
レムの謝罪に対し、ネネットはそう答えると、さりげなく気絶したクラッブの股間を踏みにじった。
恐らくネネットもこの男に迷惑をかけられた経験があるのだろう。
気絶しても痛みは感じているらしい。
クラッブの口から「うぐぅ……ッ」という声が漏れる。
「それよりも、素材の鑑定が終わりましたのでカウンターまで来てもらえますか?」
「分かりました、行こうアリシア」
「はいっ! ご主人様っ」
レムに言われて、アリシアは立ち上がると愛おしげに腕を絡ませる。
彼女の柔らかな感触といい匂いを感じて、レムはようやく落ち着きを取り戻すことが出来るのだった。
◆
「は…………?」
「いえ、自分でやったことに何を驚いているんですか?」
間抜けな声を上げるレムに、ネネットは呆れた表情で返した。
レムと同じく、アリシアも驚いた顔をしている。
受付カウンター、その上には金貨が四枚と白銀貨と呼ばれる貨幣が六枚並んでいた。
白銀貨とは十枚で金貨一枚分の価値がある貨幣のことだ。
「一応、内訳を説明しますね。死体はどれも状態が良かったので、ゴブリンは一体につき白銀貨一枚、オークは白銀貨三枚で買い取らせてもらいました。死体を丸々持ち帰ってくる冒険者なんて、久しぶりでしたよ……」
疲れた表情でネネットが言う。
通常、迷宮からモンスター死体を丸々持ち帰ってくることは至難の技だ。
帰り道もモンスターに襲われるのだから当然だ。
だが、アイテムボックスを持つレムにかかればそれも容易だ。
それよりもレムが目の前の金額に驚いている理由だが……。
彼はずっと国から出る報酬で旅を続けてきた為、モンスターの素材買取金額の相場を知らなかったのだ。
以前に説明したとおり、金貨二枚あれば大きな都市であっても四人家族が暮らしていくことが出来る。
その倍以上の額を数時間で稼いでしまったのだから、その驚きは当然だ。
更にクラッブ達との決闘で儲けた金も合わせれば……。
「アリシア、何か欲しいものはある?」
せっかくの報酬だ。
何か彼女の為に買ってあげたいとレムが聞く。
「エッチな下着とイヤらしい衣装が欲しいです! ご主人様はスケスケとヒモヒモ、どちらがお好きですか?」
この日の夜は大いに盛り上がった。




