22話 面倒ごとの予感
「アリシア、右だ!」
「了解です、ご主人様! 《ウィンドカッター》……ッ!」
迷宮二層目――
レムが《ランクアップ・マジック》で進化した《霊剛鬼剣》でオークを切り捨てる。
アリシアは横へと逃げ出したゴブリンの相手だ。
彼女は風属性の下級魔法スキル《ウィンドカッター》を発動。
もちろん《ランクアップ・マジック》で強化済みだ。
本来であれば《ウィンドカッター》は威力の低いスキルだ。
ゴブリンが相手であってもせいぜい肌を切り裂くくらいの威力しかない。
しかし、《ランクアップ・マジック》で強化されているのであれば話は別だ。
鎌鼬はまるで斬撃のように威力を上げ、易々とゴブリンの首を刎ね飛ばした。
「ふぅ……ご主人様、だいぶ敵を狩りましたね」
「そうだね、この調子なら三層目にもいけそうかな?」
アイテムボックスの外套に、倒したオークとゴブリンの死体を収納しながらレムが答える。
本来であれば、二人はクエスト達成数であるゴブリンの討伐を終えている。
だが、アリシアの《ランクアップ・マジック》の効力を試す為、少々奥の階層まで足を伸ばしていたのだ。
進化した《霊剛鬼剣》の力は凄まじかった。
振るだけで衝撃波を生むだけでなく、それほど力を入れなくとも、オークの体を一刀両断にしてしまえるほどの膂力をレムに与えた。
他にも、《斬空骨剣》も試してみたが、こちらも以前とは比べものにならないほど真空刃の威力が上がり、その上射程まで伸びるという進化を遂げた。
「ふふっ、ぜひ次の階層にも足を伸ばしましょう。これだけのモンスターを持ち帰れば相当な収入が――きゃあッ!?」
「アリシア……ッ!」
喋りながらレムの元へ近づこうとしたアリシアが、足もとに躓き転んでしまった。
急いで駆け寄るレム。
彼の瞳に擦りむけてしまったアリシアの手のひらが目に映った。
「大変だ! アリシア、今ポーションを飲ませてあげるからね!」
「えっ、ご主人様? たかが擦り傷にポーションなんて……んも゛ぉ!?」
問答無用――と言わんばかりに、レムはアリシアの可愛いお口に、ポーションの瓶をぶち込んだ。
「ほら、全部飲むんだ……!」
そのままアリシアの首を後ろへ傾け、中身を無理やり喉に流し込んでいく。
自分の意思とは関係なく喉に注がれる液体に、アリシアは頬を染め、若干の涙目になりながら、喉をゴキュゴキュと鳴らす。
「ぷはぁっ! もうっ、ご主人様ったら強引なんですから! わたしのお口に突っ込むのは自主規制だけにしてくださいっ!」
「おい黙れ」
迷宮とはいえ、公然の場でとんでもない発言をするアリシアに、レムは冷ややかな視線を向ける。
アリシアは「やんっ、ご主人様の蔑むような視線たまりません……っ♡」などとのたまって、反省の色は見えない。
(はぁ、この残念さがなければ完璧なのに……)
レムは思わずにはいられない。
だが、そんなところも愛おしいとさえ感じてしまうあたり、レムも大概である。
「それよりも、やっぱり今日のところはここまでにしよう。考えてみればアリシアは冒険者活動は今日が初めてなんだ。ちょっと無理をさせすぎちゃったね」
「だ、大丈夫です、ご主人様! わたしはまだ……」
「だーめ。それに、体力は余らせておかないと……その……」
「……ッ! ふふっ、ご主人様ったら、えっちなんですから♡ でも、わたしもそれには賛成です。朝の続き、たっぷりしましょうね?」
レムの言わんとしていることを、すぐさま理解したアリシアが、頬を染めながらそんなことを言う。
どうやら、彼らは夜戦 (意味深)と洒落込むようだ。
そうと決まれば、行動は早い。
アイテムボックスにモンスターの死体を収納すると、二人はルンルン気分で迷宮を後にするのだった。
◆
「な……なんだあのダークエルフは……!」
「ベッピンなんてもんじゃねーぞ!」
「それにあのメロンみたいな乳……たまんねーぜッ!」
クエスト報告の為にギルドへとやってきたレムとアリシアの耳に、そんな声が聞こえてくる。
声の出所は酒場で飲んでいた男性冒険者たちだ。
その視線は皆、アリシアに釘付けだ。
「むぅ……ご主人様以外の男性に見られるのは不快です……」
男たちの視線に晒されたアリシアが心底不快そうな表情を浮かべ、レムの腕にすがりつく。
それを見た男たちが――
「けっ! 男がいんのかよっ」
「っていうか、あのダークエルフちゃん、隷属の首輪つけてねーか?」
「まさか、あの女みたいな顔したガキが主人なのか!?」
などと、口々に言う。
(女みたいな顔は余計だ……)
少女のような容姿がコンプレックスであるレムは、内心で悪態を吐きながら、受付カウンターへと足を運ぶ。
もちろん、アリシアもべったり状態だ。
「すみません、クエストの達成報告をしに来たのですが……」
「はい、お疲れ様です――ってレムさん!?」
「はい? あ、えっと……ネネットさんでしたっけ? 昨日はありがとうございました」
レムの声に応える途中で、彼の顔を確認した受付嬢――ネネットが驚いた様子で声を上げる。
レムはいったいどうしたのだろうと、不思議に思いつつ、昨日冒険者登録してもらった礼を言う。
「心配してたんですよ! 昨日ゴブリン討伐に出掛けたっきり帰って来なかったので……」
「あ〜……ちょっと野暮用が出来てしまって、ご心配かけて申し訳ありませんでした。それで、さっそく素材の買い取りをして欲しいのですが、目立たない場所でしてもらうことってできますか?」
「目立たない場所ですか? 奥の鑑定室でしたら出来ますが……いったいどういうことですか?」
「見てもらえれば分かります。通してもらえますか?」
「何やらワケありのようですね? かしこまりました。ではこちらへどうぞ」
心配してもらえていたことを申し訳なく思いつつ、レムは素材の買い取りを目立たない場所でしてくれと頼む。
流石はギルドの受付嬢、詳しく説明するまでもなく、それに快く応じてくれる。
冒険者によっては、どんなクエストを達成したか。
またはどんなモンスターを倒して、どれほどの報酬を得たかなど、秘密にすることを希望する者もいるからだ。
「さて、それでは素材の買い取りに移らせてもらいます。と言っても、そんなに量はないと思いますが……」
アリシアの紹介を終え、ギルドの奥にある、買い取り素材の鑑定室へと通されたレムとアリシアに向かって、ネネットが言う。
一応、レムはあらかじめカモフラージュの為に、アイテムボックスから小さめのバックパックを出しておいた。
なので、少量の素材の買い取りしか発生しないとネネットは踏んだのだ。
「それでは、買い取って欲しい素材を出します。ネネットさん、それに他のみなさんもこれから起こることは他言無用でお願いします」
ネネット、それに奥の作業台で特殊な器具を使いながらモンスターの素材の鑑定を行っている二人の男性作業員に向けてレムが言う。
いったい何をするのだろう? そんな表情を浮かべつつもネネットも作業員もレムの言葉に頷く。
「では……アイテムボックス、オープン」
その言葉とともに、レムの目の前に黒い靄が立ち込める。
靄が消え去ると――そこにはゴブリンの死体の山、それにオークの死体が二体ほど現れた。
「な……ッ、なんですかこれは!?」
「アイテムボックス……まさか君みたいな少年が持っているなんて……」
ネネット、それに作業員が驚いた声を上げる。
アイテムボックスの存在は知っているようだが、まさかレムのような幼い少年が所有しているとは思いもしなかったようだ。
「それで、買い取りしてもらうことは可能でしょうか? ネネットさん」
「え、あ……もちろんです! ただ、鑑定に時間がかかるので、その間ギルド内のベンチか酒場で時間を潰していてもらってもいいですか?」
あまりのモンスターの死体の数に、呆然とするネネットにレムが尋ねると、慌てた様子で答えが返ってくる。
ちょうど小腹が空いた頃だったので、レムとアリシアは酒場で何か軽くつまむことにした。
◆
「はい、ご主人様っ、あ〜んです!」
アリシアがフォークに刺した料理を、レムの口もとに運んでくる。
その際に彼女のやわからメロンがレムの腕に当たり、彼は気が気ではない。
テーブル席だというのに、アリシアは向かいではなくわざわざ隣に腰掛けた。
恐らくこれをやるためだったのであろう。
実に計算高いイービルエロフである。
せっかく二人で初めてこなした仕事、ささやかな祝杯をする為に、二人とも度数の弱い果実酒を頼んだ。
つまみは肉をソテーしたものをチョイス。濃い味付けの為酒が進む。
そんな二人がほろ酔い気分になった頃だった……。
「おい、ガキィ……いい女連れてるじゃねーか。ちょっと俺らに貸してくれよ」
「きひひひ……」
そんなセリフとともに、二人組みの男たちが、レムに向かって絡んで来た。




