19話 武具店ガルガンズ
「ご主人様、ここなんてどうでしょう?」
「そうだね、ここなら品も良さそうだし中に入ってみようか」
迷宮都市にある商業区、その路地にひっそりと佇む店の前で、アリシアに問われたレムは店のショーウィンドウに並んだ品々を見て小さく頷く。
店の入り口には剣と盾が描かれた看板が掲げられている。それは、ここが武具店であるという証だ。
遅い朝食を終えた後、アリシアの武具が欲しいという要望を叶える為に、二人は小一時間ほどいくつかの店を回っていた。
さすが大都市、数多くの店があった。だが、どの店も見た重視で機能性に満足いくものが見つからなかったのだ。
そんな中、見つけたのがこの店だ。ショーウィンドウに飾られた剣や槍は、見た目は無骨だが、作りがしっかりとしているのが分かる。
二年の間、様々な死線をくぐり抜けたレムは、武具は見た目ではなく性能が大事だということを弁えているのだ。
レムが店の扉を開けると、カランッ――とベルが音を鳴らす。だが、店の者が出てくる気配がない。
「まぁ、いいか。とりあえず良さそうな武具がないか探しながら待たせてもらおう。アリシアが欲しいのは防具と〝魔制具〟だよね?」
「はい、ご主人様。できれば防具は動きやすいもの、魔制具は持ち運びが便利なものがいいです」
レムに問われてアリシアが頷く。アリシアが欲しがっているのは、レムの言った通り防具と魔制具と呼ばれる武器だ。
魔制具とは、魔法スキルを持つ者が好んで使う武器の総称だ。形は杖や槍など様々なものがあるが、そのどれもが魔法スキルの発動スピードを上昇させるという特性を持っている。
どうやら、アリシアは魔法スキルの使い手のようだ。そして、それを聞いた時、レムは少しホッとした。
アリシアには後方から魔法を撃ってもらい、レムは霊装騎士の力を使って前衛で彼女を守ることが出来るからだ。
もし彼女が近接系のスキルを有していて、前衛で大暴れされては守るどころの話でなくなっていた。
「あ、これなんかどうでしょう、ご主人様っ」
「〝ヤドリギ〟の杖か。魔法スキルを使うには一般的な武器だね」
アリシアが持ってきたのは一本の短杖だった。深緑色をした木製のものだ。
ヤドリギとは魔法植物の一種で、中に入ってきたマナを収束させ外へ押し出す性質を持っている。
その性質を利用すれば、魔法スキルの発動速度を速めることが出来るというわけだ。
「たしかに取り回しはいいけど、間合いに入られた時に自分を守ることができなくなるから注意が必要だ。それに、マナの収束スピードを試してみたかい?」
「マナの収束スピード……ですか?」
レムの質問に、不思議そうな表情を浮かべるアリシアに対して、レムは以下の様な説明をする。
同じ武器であっても、使われる材質の部位や加工技術によって、マナが収束される速さに差異が出る。
それが僅か一瞬の差であっても、戦闘においてはそれが命取りになる。なので、同じ武器がいくつも並んでいるときは必ず収束スピードを試すべきだ――と。
「へぇ……。可愛い顔して随分と詳しいじゃねーか」
レムに説明されて、アリシアが感心しているその時であった。店の奥から、そんな言葉が響く。
「店の方ですか?」
「おうよ、俺の名前は〝ガルガン〟。この店の店主で鍛冶士だ」
現れたのは一人の女性だった。燃えるような赤の髪、その髪の上からピョコンと犬の様な耳が生えている。
服装は……かなり大胆だ。素肌の上にオーバーオール、さらに前掛けをつけている。中々に胸が育っており、谷間や横乳が露わになっている。
歳は十八〜二十くらいだろうか。少々つり上がった瞳に、男口調で話すせいで粗暴な印象を受けるが十分に美人と言える容貌だ。
「鍛冶士も兼ねてるのですか。なるほど納得です」
犬耳の女店主……ガルガンの紹介を受け、レムは言葉通り納得した表情で頷く。そしてその視線は彼女の耳に止まっている。
ガルガンの赤い髪、それに犬のような耳は〝狼人族〟と呼ばれる種族の証だ。狼人族は先祖に狼の血を引く亜人であり、通常の人間種と比べ発達した筋肉を持っている。
二年の旅で、レムは色々な種族に出会うことが多かった。そしてその中に狼人族も含まれている。
耳を除けばただの美人といった風貌の彼女が、鍛冶士をしているという事実に納得したのは、狼人族の持つ優れた筋力を知っていたからだ。
技術さえ伴っていれば、重い金属や槌を振るう鍛冶士には、まさにうってつけの種族であると言えるだろう。
「へへっ、魔制具の特性だけでなく、俺の種族の特性まで知っているとは、ずいぶん物知りだな。気に入った、お前にだったら武具を売ってやるぜっ」
「……? 売ってやる……ということは、ガルガンさんは客を選んでいるのですか?」
「当たり前じゃねーか、俺の作った大切な武具を素人に売って死なれでもしたら、たまったもんじゃねーからな」
どうやらガルガンは随分と職人気質な人物のようだ。だが、レムはそれを聞き、理解した。
彼女は金儲けのために武具を作っているのではない。ただ性能のいい武具を作るのが好きだから作っているのだと。
だからこそ他の店とは違い、彼女の店には装飾が施された武具がほとんど置いていないし、自分の決めた客にしか武具を売ろうとしないのだ。
「んで、確か魔制具と防具が欲しいって言ってたな?」
「はい、彼女の武具を一式揃えようと思いまして。そこで質問なのですが、ガントレット型の魔制具は置いてありますか?」
「ほう……これまた分かってるじゃねーか。もちろんあるぜ、ちょっと待ってな!」
ガルガンはまたもや感心したような表情を見せると店の一角へと引っ込んで行く。どうやらレムのご所望の品を持って来てくれるようだ。
「ご主人様、どうして防具型の魔制具を? 私は杖でも……」
「アリシア、杖だとさっきも言った通り、敵に間合いに入られた場合に対処が遅れる。けどガントレット型の魔制具であれば、杖よりも取り回しがいいし、他の武器を持ったまま使うことが出来るだろ? 例えば片手で魔法、もう片方にはナイフを……みたいにね」
「……たしかに、その方がいざという時に対処がしやすいです。それにナイフであれば近接戦素人のわたしでも使うことが出来ます。さすが元勇者パーティの一員ですね……」
レムの説明にアリシアもまた感心する。そんな彼女に対し「まぁ、万が一なんてことがないように、アリシアを守ってみせるから安心してね?」とレムは気恥ずかしげに言う。
アリシアはレムの仕草が可愛いのと、守ってやるという発言のギャップに胸をキュンキュンさせる。
「ほら、持って来たぞ。着用してマナの収束スピードを試してみな」
萌え悶えるアリシアが、思わずレムに抱擁しようとしたところで、ガルガンが金属製のガントレットを持って戻って来た。
ガルガンに言われ、早速ガントレットを装着するアリシア。ガントレットの指先に意識を集中すると……「いい感じですっ」と満足げに頷く。どうやら収束スピードもヤドリギの杖と比べて遜色ないようだ。
「そりゃそうだ。なんたって特殊な製法で鉄にヤドリギの特性を封じ込めてあるからな」
「金属に魔法植物の特性を? 随分と高度な……もしかして〝鍛冶スキル〟ですか?」
「当たりだ。俺は鍛冶に関する固有スキルを持ってるからな!」
レムの予想は当たりだった。通常、金属に魔法植物の特性を持たせるのは非常に高度な技術がいる。
それを個人経営の店で用意出来るとなると、鍛冶に関する特殊なスキルがなければ不可能と踏んだのだ。
(もったいない。客を選ばなければ今頃大金持ちだろうに……)
レムは思うのだった。
それはさておき、時間も押しているので、アリシアの防具、それに護身用の短剣などを選び、レムたちは店を後にした。




