18話 霊装騎士は誓う
時刻は昼を回った頃だろうか――迷宮都市の一角にある宿の一室、ベッドの上で一人の少女が「んっ……」と声を上げて目を覚ます。
「あぁ……! アリシア、目が覚めたんだね」
「ご主人様……」
少女――アリシアが目を覚ますと、ベッドの端に腰掛けていたレムが、ホッとした様子で彼女に声をかけてくる。
「ごめんね? まさか気絶するなんて思わなくて……」
「あっ……」
謝りながらアリシアを抱きしめるレム。自分の愛しい人から抱擁に、アリシアは小さく声を漏らす。
そしてアリシアは思い出す。自分が隷属魔法の力が原因とは言え、彼に本能のままに襲いかかったこと。
そして、レムが思ったよりも激しくて、返り討ちにされた挙句、耐えきれずに気絶してしまったことを――
「申し訳ありません、ご主人様……。ご奉仕の最中に、気絶してしまうなんて……」
「そんな言い方しないでアリシア。それよりもありがとう、ぼくを受け入れてくれて」
愛し合うことを〝ご奉仕〟と言うアリシアに、レムは慰めるように彼女の頬に手を当て、そのまま彼女の額に軽い口づけをする。
この数時間で、随分と行動が男らしくなったレムに、アリシアは「ひゃうっ」と声を漏らすと、恥ずかしげに頬を染める。
(あぁ……愛らしいご主人様に、こんな一面があったなんて……ドキドキしちゃいます♡)
そんな感想を抱きながら、アリシアはレムの胸に顔を埋め、スリスリと甘え出す。まるで昨日とは立場が逆転してしまったかのようだ……。
そんな時だった。
「あの〜そろそろ部屋の掃除をしてもいいですかー?」
遠慮がちな声が、部屋の中に響く。
「「ッ――!?」」
驚いた様子で、声のした方を見るレムとアリシア。すると、扉の隙間から苦笑しながら宿屋の娘が二人の様子を窺っていた。
よく見れば、頬をほんのりピンクに染めている。二人の格好、それに雰囲気――何があったのか察したようだ。
レムは慌てて謝るとともに、汚してしまったシーツの弁償をすると伝えるも……。
「あはは、大丈夫ですよーサービスしときますから〜」
と、またもや苦笑しながらそんな風に対応してくれた。それどころか、そそくさと出て行こうとするレムと、それを追うアリシアが〝歩くのが辛そうな〟様子を見せると「良かったらどうぞ、痛み止めです」と、彼女に錠剤を渡す始末。
どうやら、レムたちの〝音と揺れ〟は下の階まで聞こえていたらしい。レムは恥ずかしさで顔を真っ赤する。
そんな彼の腕に、何故かアリシアは誇らしげな表情を浮かべ、自分の腕を絡めるのだった。
◆
「よう、ずいぶんと仲良くなったんだな?」
二人で寄り添いながら宿の一階へと降りてくると、宿屋の主人がそんなふうに話しかけてきた。
やけに顔がニヤついている。やはりバレていたようだ。周りを見れば、樽ジョッキをこちらに掲げてニヤついてくる客さえも見受けられる。
(あぁ……もうこの宿には泊まれないな……)
きっと泊まれば、この先もこのニヤついた視線で見られることだろう。初心なレムにそれに耐える自信はない。
今日の内に新しい宿を見つけることにする。……次は壁が厚い宿にしよう――なんてことを考えいるのは内緒だ。
「はい、ご主人様。あ〜んですっ」
「あ、あ〜ん……」
とりあえず遅めの朝食にありつくことにした二人。料理が運ばれてくると、アリシアは早速、レムの口にフォークで料理を運んでくる。
恥ずかしく思うレムではあったが、アリシアにそんな風にされると、何故か逆らうことが出来ない。遠慮がちに口を開けながら、彼女に料理を食べさせてもらう。
「ふふ……っ、ちゃんともぐもぐ出来て、ご主人様はいい子いい子です♡」
「ふぁ……」
よく噛んで料理を味わっていると、アリシアがまるで赤子に接するかのように、レムを撫でて甘やかしてくる。
レムは蕩けた表情をしながら、これまた蕩けそうな声を漏らす。どうやら、アリシアは先ほどまでの立場を挽回させるつもりのようだ。
「クソッ! 俺もアリシアちゃんに甘やかされたい……! ハッ! そうか、これが〝バブみ〟というヤツか!」
「はぁんっ! 甘やかされるレムきゅん可愛い……。お姉さんの色に染めたくなっちゃう……」
レムとアリシアのやり取りを見て、中年の冒険者風の男や、水商売風の妙齢の美女がそんなことをのたまっている。それだけ二人が魅力的なのだ。
まぁ……そんな声さえも、二人きりの世界に入ったレムとアリシアの耳には届いていないのだが……。
「ところでご主人様、今日はどうされる予定なのですか?」
いちゃいちゃ食事タイムを終えた頃、アリシアがレムに問う。先ほどよりもかなり顔色が良い。どうやら宿屋の娘にもらった薬が効いてきたようだ。
「そうだな……。とりあえず迷宮に向かおうと思う。昨日ゴブリン討伐のクエストを受けてたから、ノルマ分を討伐しないと……」
死ぬために迷宮に潜った為に、すっかり忘れていたが、レムには達成しなければならないクエストがある。
それに、これからアリシアを養っていく為にには稼ぎが必要だ。なので、レムは冒険者として生活していくつもりなのだ。
「すぐに終わると思うから、アリシアは部屋で待っていてね?」
「そういうことでしたら、ご主人様。わたしに装備を買い与えてもらえませんか? わたしもお供いたします!」
「……? 何言ってるのアリシア、迷宮は危険だよ?」
「そんなことは百も承知です。ですがご主人様、わたしには戦闘系のスキルがあります。記憶はほとんどありませんが、そのことだけは覚えています。それに使い方も……。だから一緒に連れて行ってもらえませんか? 決して足手まといにはなりませんっ!」
「そうなの? いや、でも……」
意外にも戦う術を持っていたアリシア。だが、レムは彼女に戦って欲しくはない。この二日間で、レムにとってアリシアは本当の意味で生きる理由になっていた。
保護対象から、愛しい人へと変わった彼女に万が一のことがあったら、レムはおかしくなってしまうだろう。
そんなわけで、断ろうとしたのだが――
「ご主人様に養われるだけのお荷物になるくらいなら、本当の意味で奴隷になった方がマシです!」
などと言い、アリシアはグウェンのいる奴隷市場に本気で身売りに行こうとしてしまったので、レムは首を縦に振るほかなかった。
――いざとなったら、ぼくの命に代えてでもアリシアを守り抜こう……。
レムは心の中で誓いを立てる。




