17話 深まる絆
――死にたい……。
翌日、目が覚めたレムの頭に思い浮かんだ言葉がそれだった。
昨日は酒に酔って、アリシアを前に感情を露わにしてしまった。内容も実力不足で勇者に捨てられた上に、初恋の相手にも金ヅルとして利用されていたというなんとも情けないものだった。
おまけに、アリシアの優しさに甘え、赤子のようにすがりつき彼女の抱擁の中で眠りにつく始末……。
それを思い出しただけで、顔から火が出そうなほどの羞恥心に見舞われた。それに、いくらアリシアがレムのことを慕っているとは言え、さすがに愛想も尽きてしまうだろう――レムはそう思ったのだが……。
「ふふっ、おはようございます、ご主人様……♡」
レムが目覚めたのを確認すると、アリシアは優しい声で挨拶を告げる。その際に、レムの体をギュッと抱きしめる。
どうやら、昨日はずっと一緒に眠っていたようだ。そして、先に目覚めてレムの寝顔を眺めていたらしい。
「あぅ……」
アリシアの柔らかな胸の中で、恥ずかしそうに声を漏らすレム。そんな彼の頭をアリシアは愛おしげに撫でる。
「アリシアさん……」
「なんでしょう、ご主人様っ?」
レムが不安げにアリシアの名を呼ぶ、彼女はこれまた優しい声色でそれに応える。
「なんで……なんでアリシアさんは、こんなにもぼくに優しくしてくれるのですか?」
「そうですね……。その理由を説明するのは簡単ですが、ご主人様はそれを信じてくださるでしょうか?」
「……ッ」
レムは言葉に詰まる。アリシアの言葉が核心を衝いていたからだ。マイカに捨てられたこと、そしてアンリに裏切られたことで、彼は人を信じることに恐怖を抱くようになっていた。
昨夜はアリシアの優しさに触れたことで、それも一時的には解消されたが、シラフに戻った今、再びレムにその恐怖が蘇ってきたのだ。
「ご主人様、私に隷属の紋章の力を使ってください」
「ダ、ダメだよ……! 昨日そんなことしないって言ったじゃないか!」
黙り込んでしまったレムに、アリシアは昨日と同じように、隷属の力を以って自分に命令を下せと言う。
無理やり彼女を従わせるなど、言語道断。レムも昨日と同じように、抗議の声を上げるのだが……。
「違います、ご主人様。昨夜の提案は度が過ぎていました。今回は、わたしに〝聞かれたことに正直に答えろ〟と命令してください。そうすれば、わたしの本心を知ることができますよね?」
「そ、それは……」
昨日のアリシアの提案は〝決して裏切るな〟という、彼女の行動を強制的に縛るような内容だった。
だが、今回の提案は、あくまでもレムの質問に対して素直な気持ちを答えさせるもの、そして、それをアリシア自身も望んでいる。
(アリシアさんが自分を信用させる為にここまで言ってくれる。でも、もし彼女の本心がぼくを拒絶するものだったとしたら……)
アリシアの決意を前に、それでもまだレムは躊躇してしまう。それだけ、彼の心に負った傷は大きかったのだ。
(いや、そうじゃない。例えアリシアさんからどんな答えが返ってこようと、ぼくはそれを受け入れるべきなんだ。どんなことがあろうと、彼女の面倒を見るって決めたはずじゃないか……!)
アリシアの提案に、尻込みしそうになったレムではあったが、その直後、自分が立てた誓いを思い出す。
自分を死の欲望から救い出してくれたアリシアの面倒を見ると決めたこと、そして、その誓いが、彼女から何を言われようが揺るがないものだったことを――
「アリシアさんに命じます。〝ぼくの質問に嘘偽りなく答えてください〟。そして〝自分の心のままに行動してください〟」
「……ッ !はいっ、ご主人様!」
レムが命令の意を持って、アリシアへと言葉を紡ぐ。それにアリシアは満面の笑顔で応えるのだった。
すると――レムの手の甲に刻まれた隷属の紋章、それにアリシア首に嵌められた隷属の首輪が青白い輝きを放ち始めた。
この輝きは、隷属魔法が効力を発揮した証だ。レムが命令を解除しない限り、この効果はいつまでも続く。
それと、レムはアリシアに自分に気を使わず、自由に振舞って欲しいと思っている。なので、命令の最後に彼女の心のままにと付け加えたのだ。
「じゃあ、アリシアさん。なぜぼくにここまで優しくしてくれるのですか?」
「ご主人様を愛してるからですっ!」
「………………は?」
レムの質問に、愛の告白を以って答えるアリシア。予想外の答えに、レムは沈黙の後に間抜けな声を漏らす。
「あ、えっと……それはなんで……?」
とにかくに理由を聞かなければ、レムは戸惑いながらも再度アリシアへと問いかける。
「ご主人様はわたしを封印から解き放ってくれました。それだけでもお仕えする理由として十分です。それに……」
「そ、それに……?」
「封印から解き放つだけではなく、わたしをお側にいることを許してくださりました。こんなにもお優しい方に惚れるなと言う方がおかしいです! あと、前にも言いましたが、ご主人様の愛らしい容姿もたまりません! 見ているだけで〝大事なトコロ〟がキュンキュンしてきちゃいますっ♡」
(え、あれ……? ということは、アリシアさんは本気でぼくのことを……? いや、その前に、またトンデモないこと言ってるんだけど!? 昨日言ってたことは本心だったのかッ!?)
隷属魔法の力で、アリシアは本心しか言えない状態だ。彼女の言葉に、レムは呆然とする――かと思いきや、その後に続く昨日と同じような発言に戦慄を覚える。
「もう一度言います、ご主人様。わたしは貴方様のことを愛しています」
戦慄するレムを真剣な眼差しで見据え、アリシアは再びその言葉を口にする。アリシアの真剣味を帯びた雰囲気に、レムは何も言うことが出来ずにいた。
そんなレムの体を……トンッ――とアリシアは座っていたベッドの上に優しく押し倒した。
「……?? アリシアさん、何を――んむぅッ!?」
彼女は一体何を……。突然の行動に、レムは彼女に問いかけようとしたところで――口を塞がれた。
「ぷはぁっ! ふふっ……ご主人様に〝初めてのキス〟捧げちゃいました♡」
「な、な……ッ!?」
レムに覆いかぶさっていたアリシアが、顔を上げると、妖艶なな笑みを浮かべて言う。
そう――レムはアリシアに口づけをされたのだ。突然の出来事……レムはわけがわからず、言葉にならない声を漏らす。
「ご主人様がイケナイんですよ? わたしに〝心のままに行動しろ〟なんて言うんですもの……♡」
そう言いながら……アリシアはレムの腕を押さえつけ、そのまま再び口づけをする。
深い……ッ! 先ほどとは比べ物にならないほどの濃厚な口づけだ。
「ぷはぁッ……! ア、アリシアさん! どういうことですか!?」
「どういうことも何も……ご主人様にわたしの〝初めてを捧げる〟つもりですっ♡ 昨日からずっと我慢してたんですよ? 二人部屋になるように仕向けたのも、それを狙ってのことです!」
「なぁ……ッ!?」
聞いてもないことまで暴露し始めるアリシアに、レムは絶句する。
そんなレムのことなどお構いなしとばかりに、アリシアはメイド服をはだけさせて、彼の上にマウントしてくる。
レムの下した〝心のままに行動しろ〟という命令……それがいけなかった。もはや説明するまでもないが、アリシアは、愛しいレムに初めてを捧げることを心に誓っていた。
昨日出会ったばかりで何を……と思うかもしれないが、それだけアリシアにとって、自分を救い出してくれたレムの存在は特別なのだ。優しさも申し分なし、さらに容姿はドストライクという理由もありはするが……。
(あぁ……ぼくはなんて命令を――でも、アリシアさんだったらいいか――)
頬を染め、息を荒くしたアリシアの顔を眺めながらレムは思う。自分の情けない過去を晒してなお、愛していると言ってくれた彼女のことを受け入れることにしたのだ。
二人の唇が重なり合う。先ほどとは違い無理矢理ではなく、レムの意思もあってのものだ。
封印から救われたイービルエルフの少女、そして彼女に心を救われた霊装騎士の少年……二人はどこまでも絆を深めていくのだった――




