15話 ほくそ笑むエルフ
「ご主人様? もしかして、この格好はお気に召しませんでしたか……?」
目を見開いて立ち尽くすレムを見て、アリシアは不安そうな表情を浮かべながら彼に問いかける。
「違う……すごく、似合ってる……! でもどうしてそんな格好を……?」
「……っ! お気に召してもらえたようでよかったですっ! どうしても何も、これからわたしはご主人様に仕えるのです。これは当然の服装ですっ」
言葉に詰まったレムが、やっとといった様子で感想を述べると、アリシアはパァッと表情を綻ばせる。レムに自身の選んだ服装を褒めてもらえたのがよっぽど嬉しかったようだ。
アリシアの服装は、レムに与えられたあり合わせの服から、白と黒を基調としたエプロンドレス――いわゆる〝メイド服〟へと変わっていた。
それもただのメイド服ではない。スカートの丈は非常に短く、アリシアの程よくムチっとした綺麗な脚が……。
おまけに、その脚を包み込むのは黒のガータストッキングだ。ストッキングの透け感と、上部につながるガーターベルトが彼女の脚をより妖艶に演出する。
そして、極めつけは胸部だ。このメイド服のデザインは胸の上部を大きく露出させるように出来ている。
つまり、アリシアの二つのぽよぽよメロンによって出来た谷間が、大サービス状態なのだ。
アリシアは自分を封印から解き放ってくれたレムを主人と崇め、彼に誠心誠意仕えると決めている。そんな彼女がレムに仕える為に選んだ正装が、このメイド服というわけである。
かなり挑発的なデザインなのは、アリシアに付き添った使用人たちの助言によるものなのか……。
はたまたアリシア自身の趣味によるものなのか気になるところではあるが、それは置いておくこととする。
超絶美少女、エルフ耳、ミニスカメイド服、トドメにご主人様呼ばわり……。男であれば誰もが萌え悶えてしまうであろう。
「さぁ、行きましょう、ご主人様っ♡」
「あっ……う、うん……」
メイド服という最強の装備を身に付けたアリシアに腕を組まれ、レムはドギマギしながらも奴隷市場を後にする。
それを面白そうな顔で眺めながら、グウェンは「来月には新しい奴隷の仕入れがあります。ぜひ足をお運びください――」と、レムに向かって礼をする。
アリシアの愛らしさ、それに色気にあてられたレムは、グウェンに生返事をすることしか出来なかった。
◆
「おい、見ろよ」
「あぁ、あのダークエルフのメイド……っていうか奴隷か? すげー可愛いな」
「だよな、それにめちゃくちゃエロい体してやがる」
「腕組まれてるボウズが主人なのか?」
「いや、あれは女じゃねーのか? 服装が男なだけで……」
都市の表通りを腕を組んで歩くレムとアリシア。彼らの姿を見た道行く男どもがそんな会話を交わす。
言うまでもなく、アリシアは絶世の美少女だ。その上スタイルは抜群で、着ている服も刺激的なメイド服……。
そんな彼女に密着されているレムも、パッと見は黒い外套をきた男装の愛らしい少女のように見える。
タダでさえ幼い見た目のレムが奴隷を侍らせているだけでも目立つというのに、二人の容姿も加われば注目の的となって当然だ。
まぁ、そんな周りの反応もアリシアに密着されて緊張したレムの耳には届いていないし、アリシアもレムに夢中で気づいていない。
「ご主人様、この後はどうなさるのですか?」
「あ、えっと……とりあえず宿を探さなくちゃ。まずは宿泊区に向かおう。実は、ぼくはこの都市に今日初めて来たんだ」
「そうだったのですね、申し訳ございません。服を選ぶのに時間をかけてしまって……」
アリシアに問われて、レムは自分があてもなく歩き回っていたこと、そしてまだ今夜の寝床を確保していないことに気づく。
アリシアは主人であるレムの事情を気にせず、自分の服を選ぶのに時間をかけてしまったことにバツの悪そうな表情を浮かべる。
だが、レムに彼女を咎める気はない。記憶も理由も定かではないとはいえ、アリシアは封印から救い出してくれる者が現れるのを待ち望んでいた。
そしてついに今日、その時が訪れたのだ。その事実に、アリシアはもっと手放しで喜ぶべきなのだ。少なくともレムはそう思っている。
だからこそ――
「大丈夫ですよ、アリシアさん。むしろぼくは嬉しいです。理由は上手く話せませんが、ぼくはアリシアさんの喜ぶ姿が見れるのが大好きなんです」
何度も言うが、アリシアはその美しさで、レムを死の欲求から解放してくれた。そして彼女の面倒を見るということが、今のレムの生きる理由だ。
服を選び、レムの前に現れたアリシアは、満面の笑みを浮かべていた。奴隷にするというのは形だけのつもりでいたレムは、アリシアが彼に仕える為の服装だと言った時は複雑な気持ちになったが、それでも彼女が嬉しそうにしているのを見てときめいた。
レムの生きる理由になったアリシア。彼女の笑顔が、レムの喜びそのものだのだ。その辺の理由は、恥ずかしくもあるので彼女に伝えはしないが……。
だが、アリシアにとってはその言葉で十分だったようだ。レムの言葉を聞くと、感極まった様子で「ご主人様……!」と声をあげ、エルフ耳をピコピコと上下させる。
先ほどまでの妖艶な雰囲気とは一転。その様子はまるで小動物のようでなんとも愛らしい。
あまりの可愛さに、レムは「〜〜〜〜〜……ッ!?」と声にならない叫びを上げて、悶えるのだった。
◆
「よし、それなりにしっかりした造りですし、ここにしましょう」
ゴンドラに乗って、宿泊区へとやって来たレムとアリシア。レムはそれなりの見た目の二階建ての宿を早速見つける。
宿は通りに面しているので、治安的にもバッチリそうだ。木造ではあるが、建てつけもしっかりしており、夜も温かく眠れるだろう。
宿に入る。すると中はギルドほどではないが活気に満ちていた。宿の中にはテーブルがいくつか置いてあり、それぞれの席で食事している客の姿が見受けられる。一階が受付兼食堂、二階に宿泊室があるようだ。
「いらっしゃいませー! お食事ですか? 宿泊ですか?」
レムとアリシアを見て、店の奥から給仕服の娘が元気な様子でかけてくる。どうやら受付と給仕の両方をこなしているようだ。
「両方ともお願いします」
「かしこまりましたー! お部屋はどのようにしますか?」
「別々でお願い――「二人部屋でお願いします!」
レムが別々で部屋を取ろうとしたところで、それはアリシアの声で遮られた。
「アリシアさん? 何言ってるんですか?」
幼い見た目をしていてもレムも思春期の男の子……。美しいアリシアと同じ部屋で寝ていれば変な気を起こさないとも限らない。
だというのに、アリシアは当たり前のように二人部屋にしようとする。レムは意味がわからなくてアリシアに問う。
「ご主人様、わたし……一人になるのが怖いのです。側にいさせてもらえませんか……?」
「……ッ!」
レムの問いに、アリシアは不安げな表情を浮かべながら、レムの腕をギュッとする。か弱いアリシアの反応に、レムの庇護欲が一気に高まった。
(考えてみれば、アリシアさんは暗い迷宮の中に一人で閉じ込められていた。孤独がトラウマになっていても当然か……)
彼女の反応を見て、レムはそのことに思い当たる。可愛いアリシアにそう言われては仕方がない。レムは、自分の理性を信じ、給仕の少女に「二人部屋でお願いします」と伝えるのだった。
レムは気づいていない。アリシアから目を離したその一瞬、彼女が頬を染めながら「ふふっ……」と、微笑んでいたことに――




