14話 女主人の助言
数分後――
「さて、どうやら彼女も落ち着いたようですし、お召し物などはいかがですか?」
とろんとした表情を浮かべるアリシア。だが、先ほどまでとは違い息は荒くない。どうやら体内のマナの流れが落ち着いてきたようだ。
頃合いと見計らって、グウェンがアリシアの服を購入するように勧めてくる。アリシアの格好を見てロクに服を持っていないことを見抜いたらしい。
「奴隷市場なのに服も売っているのですか?」
「もちろんです、若旦那様。当商会では奴隷に合わせた、あらゆる衣類を取り揃えております。美しい彼女にもピッタリの服がございます」
レムが問いかけるとそんな答えが返ってきた。レムのことを若旦那と呼び方を変えているのを聞くに、奴隷の主人となった者をそのように呼ぶ習慣があるのだろう。
若旦那と言う呼び方に、レムはなんだかむず痒い感覚に襲われながらも、アリシアの服を購入することに決める。
「これで買える分の服と下着をお願いします。彼女の好みに合わせたものを用意してあげてください。お金は使い切ってしまっても構いません」
「かしこまりました。それではアリシアさん、服を仕立てに参りましょう」
「はぁい……」
レムの腕に自分の腕を絡ませ、彼の隣に座り込んでいたアリシアが、とろんとした表情のままグウェンに言われて立ち上がる。
そのまま扉の前までグウェンに連れて行かれると、扉の向こう側では使用人のような出で立ちをした二人の女性が待ち構えていた。
「彼女に似合う服装を仕立てて上げなさい。お代はこれだけ頂いております。決して粗相の無いようにお願いしますよ?」
「「かしこまりました」」
二人に連れられ、アリシアはぼーっとした雰囲気のまま部屋を後にした。レムが出した金額に抵抗を示さないのを見る限り、まだ隷属魔法の酔いが覚めきってないようだ。
だが、レムにとってはこれ幸い。やはりアリシアには綺麗な服を着ていて欲しいのだ。彼女自身が美しいというのもあるが、レムにとって、アリシアは一瞬でも自分を死の欲求から解放してくれた特別な人物。
そして、彼女の面倒をみるということは、生きる理由をなくしたレムに新たな生きる意味を与えてくれた。
そんなアリシアだからこそ、レムは彼女のために出来ることは全てしてあげたいと思っているのだ。
「それで、ぼくに何か話があるのでしょうか?」
「クスっ、若旦那様は幼い見た目に反して察しがよろしいのですね?」
「わざわざぼくをここに残して彼女を別の場所に連れて行ったのです。それくらい分かりますよ。それで、どんな用件ですか?」
レムの言葉に、グウェンは小さく笑いながら感心した様子を見せる。彼の言う通り、グウェンはレムに聞きたいことがあった。
そして、レムの察しの良さ、そして落ち着いた様子に、やはりこの少年は只者ではないと心得る。
イービルエルフの少女を連れていた事実、それに金貨数枚を支払える財政力。それを踏まえて只の少年ではないことは分かっていたが、レムからは何か特別なものを感じ取ったのだ。
「ちょっとした疑問があったのでございます。若旦那様のような幼い少年が、どうして彼女のような美しい少女――それもイービルエルフを連れているのか……。そして、そんな若旦那様が何者なのか……ね?」
レムの前に腰掛けながらそう答えるグウェン。言い終えると同時に脚を組む。その際に彼女の綺麗な脚が太ももまでドレスのスリットから覗き、レムを誘惑する。
「……彼女は迷宮で出会ったのです。どうやら記憶喪失のようだったので、ぼくが面倒をみることにしました」
「まぁ、迷宮で? でしたら、彼女は若旦那様と同じように、冒険者か何かだったでしょうか?」
グウェンの太ももに視線がいかないように注意しながら、レムはある程度の真実を話す。
下手な作り話だと後々バレて面倒に繋がるかもしれないからだ。もっとも……さすがに封印されて云々は話したらヤバそうなので伏せておいたが……。
グウェンは自分の脚を見ないように話すレムの姿を面白そうな目で見ながら、彼の胸元に視線を落とし、さらに問いかける。
視線先は石製の冒険者タグ。Eランクの冒険者である証だ。これもグウェンがレムのことを不思議に思った理由だ。
彼の立ち居振る舞いは通常の金持ちや貴族のそれではない。であれば成功した冒険者かと聞かれれば、今の時点ではそれは違う。
何もかもチグハグなレムの存在に、単純な好奇心が湧いてしまったのだ。それに――レムが時折見せる憂いのようなものにグウェンは心惹かれていた。
「そこまでは分かりません。なにせ記憶喪失ですから、面倒をみようと思った理由は、ただ単に彼女を哀れに思ったからです」
「クスっ、まぁそういうことにしておきましょう。それで、もう一つの疑問にはお答え頂けるのしょうか?」
「……ぼくが何者かってヤツですね。それについては――話すとめんどくさいので、聞かないで貰えると助かります。ですが、決して後ろめたいことをしてきた人間ではないということだけはハッキリと言えます」
(まぁ……、なんて誇りに満ちた表情でしょう。これはこれ以上聞くのは野暮というもですね)
これに関しても、レムは今思った素直な気持ちと事実を口にした。自分が勇者パーティの一員だったなどと言えば、さらに興味を持たれて面倒だ。
だが、今までの救世の旅路は、理由は裏切ったアンリの為であり、当の勇者であるマイカから追放されてしまったが、人々を救ってきたという事実は自信を持って誇れることだ。
そんな曇りのないレムの表情に、グウェンは彼に対して悪人かもしれないという疑念を完全に払拭し、さらに彼の存在に惹かれた。
そして、興味本位でレムの素性を調べようとしたことに、なんとなくバツの悪さを感じ、これ以上の詮索を止めるのだった。
「それでは若旦那様、ここからは私の助言となります」
「助言……ですか?」
「はい、彼女はとても美しい。私が今まで見てきた女性の中で一、二を争うほどです。それゆえに、これから彼女を従えている若旦那様に様々な厄介ごとが舞い込んでくるでしょう。それを常に意識し、彼女を守ってあげることです」
「……なるほど、確かに。気をつけた方がいいですね、ありがとうございます」
グウェンから紡がれたのは、意外にも純粋な厚意の言葉だった。それにレムは一瞬呆けた顔をするも、素直にその意見を受け入れる。
アリシアほどの美少女を連れているともなれば、彼女を狙う輩が現れても何ら不思議ではないだろう。
(それにしても、さすが奴隷市場の主人だな。アリシアさんを見て、一、二を争うなんて言えるなんて……)
グウェンの口ぶりからすると彼女は、過去にアリシアと同等レベルの美貌を持つ女性を目にしたことがあるかのような感じだ。
今まで見てきた中で一番美しいと感じたアリシアに匹敵するような女性を、レムは一目でも見てみたいと、少なからず思うのだった。
◆
コンコン――
「失礼します。アリシアさんの仕立てが終わりましたので、連れて参りました」
しばらくの時間をグウェンの淹れた紅茶を飲みながら、彼女と他愛ない話をして過ごしたレムの耳に扉を叩く音とともに声が聞こえてくる。
どうやらアリシアの服が揃い終わったようだ。いったい彼女がどんな服を選んだのかと、レムは胸をワクワクさせる。
アリシアほどの美少女であれば、何を着ても似合うことだろう。扉が開く。そこに立っていたアリシアの姿を見て、レムは――
「なん……だと……ッ!?」
そう言って、驚愕したかのような表情でその場に立ち尽くした。




