10話 霊装騎士VS霊装騎士
「…………ッ!?」
言葉とともに目の前の空間から剣を引き抜いたレイを見て、レムは驚愕といった様子で目を見開く。
レイの引き抜いた剣は、彼女の身の丈ほどもある黒紫の禍々しい形をした大剣だった――
レムはその大剣のことをよく知っている。なぜならその大剣――否、魔剣は霊装騎士である彼の霊装武具、《霊剛鬼剣》と同じ姿をしていたのだから……。
「来い、《霊剛鬼剣》……ッ!」
驚愕はしたものの、レムもすぐ様《霊剛鬼剣》を召喚する。目の前の……レイの言っていることの意味はよく分からない。
だが、力を試させてもらうというセリフと、引き抜いた《霊剛鬼剣》を見るに、レムとの戦いを望んでいるのだろう。
水晶の中の少女の封印を解くどころか、封印されていたという事実自体をレムは知らなかったので、レイの「封印を解こうとする者」という認識は間違っている。
だが、そのことを伝えたところで信じる保証はない。いつ斬りかかられてもいいように、得物を召喚しておいて損はないだろう。
『ほう……私と同じ霊装騎士か、ならば相手にとって不足はない。存分にその力を振るうがいい』
レムの召喚した《霊剛鬼剣》を見て、レイは一瞬驚いた表情を浮かべる。だが、すぐに無表情に戻ると――そんなセリフとともに、レムに向かって飛び出した。
ガキンッッ!!
金属と金属がぶつかり合う激しい音が鳴り響く。
レイの振りかぶった《霊剛鬼剣》を、レムも同じく《霊剛鬼剣》で防いだのだ。
「ぐぅ……!?」
歯を食いしばったレムの口から苦しげな声が漏れる。
同時にレムの体が僅かながら後退する。
同じ《霊剛鬼剣》を扱う者同士、剣から得られるアンデッド・オーガの膂力によって、両者のパワーは互角……とはならない。
得られる力が同じであれば、あとは地の力がモノをいう。レムの体が幼く華奢であるのに対し、レイは女性にしては大柄な上に重厚な鎧を纏っている。
パワー、そして重さともにレムを上回っているのだ。
ダンッ!!
地面を力強く蹴ると、レムは大きくその場を飛び退いた。このまま力比べをしていては負けてしまうと即座に判断したのだ。
飛び退く際に、レイの《霊剛鬼剣》が襲いかかるが、レムは空中で身を捻るという神業染みた芸当でそれを回避した。
「《斬空骨剣》!!」
着地すると同時に、レムは左手を肩の後ろに回す。そして新たな魔剣、《斬空骨剣》を召喚し、そのまま一気に振り抜いた。
アンデッド・オーガの膂力で降り抜かれた魔剣から、真空の刃が飛び出した。
『面白い、では私も――《斬空骨剣》!』
対し、レイはその場から一歩も動かない。それどころか、微笑を浮かべ自分もレムと同じく《斬空骨剣》を召喚する。
斬――ッ!!
距離を置いた二人の間で、鋭い斬撃音が響き渡る。
(なッ、斬撃を斬撃で打ち消しただと……!?)
レムは再び驚愕する。飛来する見えない斬撃を打ち消した。それはレイがレムの剣筋を見切って、斬撃が飛んでくる位置とタイミングを完璧に把握していた証拠だ。
だが驚いている場合ではない。レムはすぐさまその場からサイドステップする。すると今まで立っていた場所を風切り音が通り抜けた。
(く……っ、やっぱり向こうの方がパワーは上か!)
内心悪態を吐く。レムの判断は正しかった。《斬空骨剣》は振り抜く速度によって真空刃の威力を増す魔剣だ。
レイはレムよりも膂力が勝る。それ即ち、斬撃を相殺するどころか、余った威力でそのまま飛来する可能性があったのである。
もし、その考えに至っていなければ、今頃レムの体は大きな切り傷を負っていたことだろう。
『ふっ、幼い見た目でいい判断をする。彼女の封印を解こうとするくらいだ、それくらいやって貰わなければな。……だが、今度はこっちの番だ』
レムの咄嗟の判断に、レイは静かに称賛の言葉を呟く。どうやら、幼いレムのことを少々侮っていたようだ。
だが、それもここまでのようだ。先ほどまでの無表情から一転。目を鋭く細めると左手に持った《斬空骨剣》を縦に横に振るってくる。
「く……ッ、連撃か! ならば……《眷属召喚》――ッ!」
連続して飛来する真空の刃を前に、レムは回避しきれないと判断する。すると、すぐさま回避という考えを捨て、別の手に打って出る。
彼が選んだのはアンデッドの召喚だ。目の前の空間に黒紫に魔法陣が展開される。魔法陣の中から現れたのは二メートルほどの身長を誇るスケルトンだ。その両手には巨大な盾が装備されている。
ガコンッ、ガコンッ――!!
両手の盾を前に構えるスケルトン。その直後、盾から重い衝撃音が響く。レイの真空刃が衝突したのだ。
『〝スケルトン・ガードナー〟を召喚したか、いい判断だ。それに召喚スピードも桁違いに速い。中々の才能を秘めている、この少年ならあるいは……』
眷属を召喚することで連続攻撃を見事に防いだレムを見て、レイはまたもや感心したかのような表情を浮かべ、何やらブツブツと呟く。
レムが召喚したのはCランクのアンデッドであるスケルトン・ガードナーだ。大した攻撃力は持たないが、その反面強固な防御力を誇る。
敵対したアンデッドの中に、この個体が混じっていると生半可な攻撃では無力化されてしまい、挙げ句の果てに他のアンデッドに隙を突かれるのでかなり厄介だ。
二年……それも成長期を勇者パーティで過ごしたレムの霊装騎士として実力は非常に高い。
通常の霊装騎士が数秒間かけて召喚するようなアンデッドも、高度な召喚技術で一瞬のうちに呼び出してしまうほどだ。
「いくぞ、スケルトン・ガードナー……ッ!」
レムが叫ぶ。それに応じて、スケルトン・ガードナーはドシンッドシンッと駆け出した。その後に続き、レムも魔剣を両手に持ったまま駆け出す。
このフォーメーションには意味がある。アンデッドガードナーを盾にすれば、正面から《斬空骨剣》による攻撃を受けることはなくなる。
遠距離戦ではレイに分があると判断し、再び接近戦に持ち込むつもりなのだ。先程は膂力の差で後れを取ったが、スケルトン・ガードナーを召喚した今であれば話は別。
コンビネーションプレイで、彼女を追い詰めるつもりなのだ。それに、今のレムには余裕がなかった。
たび重なるモンスターたちとの戦闘で、彼のマナは尽きかけていた。マナが尽きれば霊装武具の召喚も、眷属の召喚も叶わない。
一応、マナを回復できるマジックアイテム〝ポーション〟を所持してはいるが、この強敵を前に、それを使うヒマはなさそうだ。
(思ったとおりだ、やっぱり向こうは眷属の召喚が苦手なんだ)
接近するスケルトン・ガードナーとレムを前に、レイは《斬空骨剣》を振るい続け、なんとかその防御を剥がそうとしている。
レムのように、眷属を召喚するそぶりを一切見せない。それ即ち、彼女は眷族の《眷属召喚》を不得手とする証拠だ。
霊装騎士は霊装武具を多用するタイプ、そして眷族を多用するタイプの二パターンになりがちだ。
それだけ両方の操作技術を並行して確立するのが難しいのだ。だがレムは違う。彼は幼い内に力に目覚め、愛する――否、愛していたシスター・アンリの為に常に力を磨いてきた。
想いの力で、霊装武具と眷属を使いこなすまでに至ったのだ。
「やれッ! スケルトン・ガードナー!」
レムが叫ぶ。その直後にスケルトン・ガードナーは一気に加速する。レイに向かって強烈なチャージアタックを浴びせるつもりなのだ。
万一避けられたとしても、その時はレムが隙をついて魔剣による斬撃を浴びせるつもりだ。
『《霊龍轟剣》、召喚……』
迫りくるスケルトン・ガードナーを前に、レイが小さくとある単語を紡ぐ。その声が聞こえた瞬間、レムの背筋に冷たいものが走り抜けた。
そして、すぐ様その場を離脱しようとするが――――
ドゴォォォォォォォォオオンッ!!
轟音が鳴り響く。気づけばレムはイービルエルフの少女が閉じ込められた水晶の柱に背中から激突していた。
「ゴフッ……!?」
レムの口から鮮血が吐き出された。激突の衝撃で内臓に損傷を負ったようだ。背骨も折れたらしく、激痛が走り抜ける。
その視線の先ではレイが静かに佇んでいた。その手には身の丈をはるかに上回る白銀の霊装武具が握られている。
その剣の名は《霊龍轟剣》。Sランクアンデッドたる、〝アンデッド・ドラゴン〟の力を具現化した霊装武具だ。
Sランクの霊装武具を操れる霊装騎士など、過去に数人しか存在しない。実際、レムも二年の旅路で出会ったことはなかった。
だが、その霊装武具の名前だけは聞いたことがあった。そしてその能力も……。《霊龍轟剣》は最強の霊装武具、一度振るえばその剣圧で全てを薙ぎ倒すと言われている。
そして、その噂は本当だったのだとレムは確信する。事実、レムの召喚したスケルトン・ガードナーはその剣圧にかき消され、レム自身こうして重傷を負っているのだから。
『終わりだ、少年。なかなかの実力だったが、お前は封印を解くのに相応しくなかったようだ』
口から溢れる血と激痛で苦しみ、動けないレムに向かって、レイは静かに《霊龍轟剣》を振り上げる。
(あぁ……、やっと死ねるんだ……)
その光景を見て、レムは安堵したかのような表情を浮かべる。ようやく孤独になれる。もう苦しまなくて済む。
心の中で、そんな言葉を呟いていた。しかし……そんな中、彼はふと思う。
このままぼくが死んだら、彼女はどうなってしまうのだろう。このまま閉じ込められたままなのかな? と――
すると、彼の中から沸々怒りが込み上げてきた。今まで見てきた中で最も美しいと感じた。そしてその美しさで一瞬でも自分の死の欲求を忘れさせてくれた……そんな彼女が、こんなところに閉じ込められ続けなければならないという事実に。
「……せ……な……い」
『……? 何を言った、辞世の句な聞いてやるが……ッ!?』
血を吐きながらレムの言葉に声を耳を傾けるレイ。そんな彼女の瞳が見開かれる。そして、その左胸には禍々しいオーラを放つ漆黒の槍が突き刺さっていた。
「やっぱ……、そんなの……許せ……ない、よな……。本当は……使いたくなかったけど……使わせてもらった、よ……マイカ……」
血とともに言葉を溢すレム。彼はとある魔法を発動していた。その名も闇魔法、《黒の魔槍》――
この世界で大魔導士の血に連なりし者のみが使用出来る上級魔法だ。大魔導士の娘であるマイカは、その魔法を使うことが出来た。
そして彼女は、魔法を服や武器に込める技術を持っていた。いざという時の為に、マイカはパーティであるレムの外套に、自分の魔法を込めていた。
レムはこの土壇場で、その力を解放したのだ。本来であれば自分を追放したマイカの力に頼りたくはなかった。
だが、水晶の中に閉じ込められた少女への想いが、レムにその力を使わせたのだ。
闇魔法、《黒の魔槍》――その発動は凄まじく速く、発動すれば常人の目にも止まらぬ速度で標的に襲いかかる。
闇魔法の特性は〝奪う〟。魔法の殺傷力とは別に、標的の生命力そのものを奪い去る。最強の属性なのだ。
『迂闊だった……。だが、それほどの力があれば彼女を任せられる』
胸に《黒の魔槍》を受けたレイの姿が光に包まれ始めた。そのまま激しい光を放つと足元から光の粒子となって消えていく。
『彼女を……〝アリシア〟を頼んだぞ、少年――』
そう言って、最後に微笑みを残すと、レイの姿は完全に粒子となって消え失せた。
「ぐ……っ、これは〝ハイポーション〟を飲まなきゃ……な」
レイが消え失せた後、レムは自分の置かれた状況を思い出し、ポーションの上級薬、ハイポーションをアイテムボックスである外套から取り出し一気に呷る。
すると、みるみるうちに体から痛みが引いていく。ハイポーションは秘薬中の秘薬であり、体の欠損ですら治すことが出来るのだ。
「さて、頼むと言われたがどうしたものか……」
水晶の中に閉じ込められた少女――レイの最期の言葉からするに、アリシアというのだろう。
今までの会話から、レイを倒せば封印が解けると想像ができる。しかし、少女を閉じ込める水晶の柱は一向にその様子を見せない。
「うーん、水晶を壊さないとダメとか……? でも、中の彼女まで傷つけそうで怖いし……ん?」
レムがそんな言葉を呟いていたところで、水晶に異変が起きる。よく見ると小さなヒビが走り始めたのだ。
ピシッ、ピキッ……。ヒビが音を立てる。やがてヒビから亀裂に変わる。そして――パキンッ……!
とうとう水晶は砕け散った。砕け散った水晶が彼女の体を傷つけてしまうことを心配したレムだったが、水晶は地面に落ちる前にフッ……と消え去った。
解放された彼女が地面に投げ出される。レムは咄嗟にそれを抱きとめた。
「やっと……やっと逢えました……。わたしのご主人様――」
それが、イービルエルフの少女――アリシアが、レムに紡いだ最初の言葉だった。




