六 初夏
翌日は朝から晴れていた。
陽射しが夏そのものだった。
義貴が橋本家の呼び鈴を押すとすぐに扉が開いて、私服のひーこが出てきた。
「おはよう」
若草色のシャツにショートパンツ、白いサンダルを履いたひーこは義貴の目に新鮮に映った。
二人はいつものように並んで歩き出した。
しばらくしてひーこが尋ねた。
「昨日は家族に会いに行ったの?」
「いや、捜し物」
話をしながら、さりげなく義貴は車道側に回った。
登下校のときもそうだった。
ひーこはその瞬間はいつもくすぐったいような、嬉しい気持ちになった。
「今日の予定は?」
義貴が尋ねると、ひーこは即答した。
「海に行こう」
彼らの住む街は海に面していたが、日常の生活では海が見える距離になかった。
「海、か。そういえば、この街の海を見たことないな」
「水上バスがあるの。水面がきれいだし、古い町並みも、新しい街も海から眺められていいよ」
「夏っぽいな」
「夏っぽいでしょ」
水上バスの停留所は電車で三駅ほどのところにあった。
平日だったせいか、駅のホームには親子連れが少しいるだけだった。
電車が来る間、二人はホームに貼ってある「夏のイベント情報」のポスターを眺めていた。
電車に乗り込んで、先に口を開いたのはひーこだった。
「間宮くん、夏休みは家に戻るの?」
「いや。大体はこっちにいる」
「そう、よかった。休みでも会えるね」
窓から海が見えてきた。
内湾なので波はほとんどないが、潮の香りがした。
「そうだな。そういえば、終業式の前に社会科見学があるな」
彼らの通う高校では、夏休みの直前に社会科見学と称した日帰り旅行が行われた。
学年に関係なく、国会議事堂とその界隈・水族園・工場見学のいずれかを希望して出かけるものだった。
年度ごとに別々のルートを選ぶ者もいれば、三年とも同じ場所へ行く生徒もいた。
二人は電車を降りた。
改札を出て、水上バスまでの道をゆっくり歩いた。
ひーこはからかうように言った。
「先生はこれで生徒の進路を計っているっていう噂らしいよ。
まじめな文系は永田町に、まじめな理系は工場へ、どちらでもない子は水族園だって」
「へぇ。ひーこはどうするの?」
「水族園」
「言うと思った。でも俺もだ」
「間宮くんは、工場かと思った」
「俺はまじめじゃないし。それに高校生にビール工場はないだろう」
「近場にあるからじゃない?ジュースは飲み放題らしいし」
「ジュースの飲める量なんて知れている。それなら成人してから自分で行った方がいいな。ビールの試飲もできるらしいし」
「そうだね。今日とか暑いから、ビール飲んだらおいしいのかも」
「じゃあ、二十歳になったら一緒に行こう。ひーこは飲みそうな気がする」
「なによ、それ。あ、でもうちのかーさんはザルだわ」
平日のせいか水上バスの停留所は閑散としていた。
チケットを購入してしばらくすると水上バスが入ってきた。
中には数人の乗客が見えたので貸し切りにはならなかったが、見晴らしの良い席を選ぶ余裕はあった。
桟橋の手前にいる人にチケットを渡して水上バスに乗り込むとき、義貴は自分の手をひーこに差し出して、からかうように言った。
「段差があるから、こけないように」
サンダルを履いているひーこを配慮した義貴の仕草に、ひーこは少し照れながら返した。
「こけないよ」
ひーこは義貴の手に捕まって水上バスに乗り込んだ。
そしてバスに乗り込んでからも手を放さないひーこの顔を、義貴は一瞬見た。
照れながら笑うひーこの様子に、義貴は手をつないだまま席を選び、ひーこを窓際に座らせた。
ゆっくりと流れる景色を見ながら他愛のない会話をしている二人は、普通に仲の良いカップルだった。
そうして初デートは穏やかに過ぎていった。




