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「とりあえず、色々聞きたいことが出来たが、構わないか」
「構いませんよ」
そうフェルミは答えた。すると、すぐにアンが俺の横に立ちながら「教皇」と口にした。反対側を見ると、ニコルも俺の隣に移動している。一体何が始まるんだ。
「どうした?」
「教育係は私たちの筈です。なので、これについては私たちに説明させてください」
「いいじゃないか、私だってケンタ様と話したいんだよ」
そうフェルミは先ほどまでとは違い崩れた口調で言った。
「ですが」
「あーあー分かった。二人を指名したのは私だからな。練習の成果、見せてくれよ」
「それは言わない約束でしょう!?」
フェルミは案外お茶目な人物なのかもしれない、と内心つぶやく。
「では気を取り直して、質問をどうぞ」
「それでは、まずルールの一つ目が絡むのだが、俺は十日以内に死ぬ人間だったのか、それとも滅びる世界の人間だったのか、分かるか?」
俺は、自分にとって一番重要なことを尋ねた。もしも俺の居た世界が滅びるのだとしたら、師匠はどうなるんだ。
「それは分からないです」
すると、ニコルが申し訳なさそうに答える。
「それを知っているのは貴方を召喚した技術神様だけです。そして、それが貴方に知らされていないということは、知らせると貴方にとって都合が悪くなる、と技術神様が判断したのだと思います」
「……そうか」
結局分からないのか。ため息を吐き、椅子に深く腰掛け、顔に両手を当てる。もしかしたら、師匠は俺を助けるためにこの世界に送ったのかもしれない。だが、師匠はどうなったのだ? いや、そもそも師匠は人間だったのか? 確かちびっ子は「他の世界の神から推薦を受けた」と言っていた。ということは師匠は神だったのかもしれない。それなら世界が滅びても大丈夫そうだ。そう考えると、心が軽くなった。
「それで十分だ」
顔から手を離して言う。すると、三人は驚いた顔をした。
「何と言うか、切り替えが早いですね」
そうフェルミが言ったが、何のことか分からない。
「切り替え?」
「あー、まあ良いです。気になさらないで」
「そ、それで、他に質問はありませんか?」
ニコルが慌てた様子で聞いてくる。
「ではルールの六についてだが、俺は戦うつもりできたのだが、戦わないでも良いのか」
「はい。というよりも、技術神様が武闘派の勇者を召喚されてのは初めてのことで、正直困惑しています」
そうアンは答えたが、全然困惑した様子はない。
「ということは、俺の前にも召喚されたものがいるのか?」
そう質問したが、答えは分かっていたので確認のようなものだ。
「はい、貴方の前に技術神様は二十七人の勇者を召喚なされております。そして、先代の勇者が死亡してから八十年が経っています」
「……少し多くないか」
「? いいえ、このルールが始まってから四千年が経ちますので、むしろ少ないほうですよ」
「よんっ!?」
俺は思わず絶句した。そんなに昔から召喚が行われているとは思っていなかったからだ。それに、それだけの歴史をこの教会は勇者と共にあるのだ。
「それは、なんというか……、すごいな」
「ええ」
アンはどこか誇らしげだ。フェルミとニコルも嬉しそうにしている。
「ん? では、その二十七人は何をしてきたんだ?」
「そのうちのほとんどがこの街で平凡に暮らして、一部のものは新たな技術の普及に尽力されました。そのお陰で、今までこの街を襲撃してきた魔王二体の撃破に成功しました」
「なるほど」
確かに、戦いよりは平凡な生活を求める人が多いだろう。ということは、俺は異端者なのだろう。
「では、そもそもの基本的なことなのだが、魔王を放置しておくと世界が滅びかねないと聞いてはいるが、倒すことで他にも何かメリットはあるのか?」
「それは……どうなのでしょう?」
そうニコルはフェルミに聞いた。
「お、私の出番か」
フェルミは嬉しそうに言った。
「そもそも魔王は、邪神の破片と言うだけあって神の力を持っており、倒せばその力を召喚した神が回収する手はずになっておる。そして、その際『おこぼれ』にあずかれることがあったりする。まあ、早い話倒せば強くなれるんだな」
「ふむふむ」
倒せば強くなる、というのは戦いたいやつからすればご褒美だろう。そしてそれは俺にもあてはまる。
「それは楽しみだ」
俺は口角が上がるのが止められなかった。そしてそれを見た三人が冷や汗をかき出す。
「どうした」
「い、いやなかなか凶悪な顔をするな、と」
フェルミがなんとか、といった感じで声を出す。
「そんなに凶悪か?」
そう言って首を傾げると、三人はほっとした様子で息をはいた。
「では、昼食にするが、ケンタ様はどうなさいますか?」
「いや、俺は食べたばかりだから構わない」
実際、腹の中に蕎麦が残っているので食欲はなかった。
「そうか、では二人は食事に行ってきなさい。その間私はケンタ様と話しておくから」
フェルミがそう言うと、二人はしぶしぶといった感じで部屋を出て行った。