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俺は、その教会が急に視界に入ったことに驚いた。普通、これだけ大きな建物にこれだけ近付かなければ気付かないということはあり得ない。ということは、偶然、というのは考えにくいので、そうなるように初めから街ごと設計されているということだ。
「これは、狙ってこう造ったのか?」
俺は、目の前の事実が信じられず、そう尋ねた。
「はい、そうです。何でも、神々の存在のあり方というものを表しているのだとか」
アンの言葉を聞いて納得する。存在していないように思えて、実は存在している大きな存在。それが、この世界の神々の存在のあり方なのだろう。
「なるほど、素晴らしいな」
そう言うと、二人は嬉しそうにうなずいた。
そのまま進むと、教会の前に二人と同じような外套を着た集団が集まりつつあった。恐らく、この教会の修道士たちだろう。ただ、その人数が多い。ざっと三百人はいるだろう。そして、その異様な光景に野次馬が集まりつつあった。不安に思いながらさらに進むと、修道士達の中から一人の背の低く、灰色のひげの長い老人が前に出た。二人と共に老人の前で止まると、老人は頭を下げ、それに合わせて修道士達も頭をさげ、一斉にこう言った。
「「勇者様!ようこそ、『技術の神殿』へ!!」」
俺はその音量に耳を塞ぎたくなったが、我慢する。
「……よろしく頼む」
なんとかそうとだけ言うと、野次馬のほうから歓声があがる。
「では、こちらへお越しください」
歓声にかき消されそうな老人の声を何とか聞き取り、老人についていく。修道士の集団は俺たちが通るときだけを上手に避け、後ろから着いて来ようとする野次馬共が教会に入ってこないように塞ぐ。なるほど、このためにこれだけの人数が集まっていたのか。
そうやって入った教会の中は、外の喧騒が信じられないほど静かな空間だった。樹木を連想させる乳白色の柱が何本も並ぶ空間を赤い絨毯の上を歩いて抜けると、今度は年季を感じさせる木の椅子が並んだ場所に出た。正面の一段高くなったところには教卓のような木の机があり、その後ろに錆びた鉄のような色をした卵型の岩があった。天井を見上げると、ステンドグラスの天使が微笑むドーム状の天井があった、
岩の右側を素通りし、硬い絨毯の敷かれた廊下を何度か曲がり、茶色の革張りのソファが透明なガラスの机を挟んで向き合った部屋に入ると、老人に進められるまま野太刀を膝の上に置いて椅子に座り、老人は俺の正面に座り、アンとニコルは一瞬迷ったそぶりを見せたのち、俺の後ろに立った。
「さて、では改めまして、ようこそおいでくださいました、勇者様。貴方のことは技術神様から聞いております」
そう言って老人は頭を深々と下げる。なんだか居心地が悪い。
「そうか。見たところ、貴方はこの教会ではなかなか高い地位にある人のようだが、なんとお呼びすればよいだろうか」
ここで俺はまだこの威厳のある老人の名前を知らないことに気付いた。
「これは失礼しました。私はフェルミ・ロジットと申します。この教会の教皇をしております」
教皇、というとキリスト教で一番偉い人だったか? だとすると、この老人は相当偉いのだろう。だが、どういうわけかへりくだられているので、このままの口調で話すことにする。
「では、よろしく、教皇ど……」
「どうかフェルム、とお呼びください」
俺が話している途中でフェルミは割り込んできた。が悪い気はしない。
「……分かった。改めて、俺はこの世界のことはあまり知らない。だから、しばらく世話になる、フェルム殿」
なぜ俺の世話をしてくれることになったのか尋ねたかったが、どのみち世話になるのは変わらないので先にそう挨拶した。
「こちらこそよろしくお願いします。勇者さ……」
「ケンタ、だ」
「はい?」
「俺の名前はケンタだ。どうかそう呼んでくれ」
先ほど遮られた意趣返しも兼ねてそう言った。すると、フェルムは満面の笑みで
「分かりました、ケンタ様」
と言った。
「では、まず教えて欲しいのだが、なぜあなた達は俺の世話をしてくれるのだ?」
そう聞くと、フェルミは少し居心地悪そうにしながら答えた。
「それは、そう『ルール』に定められているからです」
「『ルール』?」
俺は思わず聞き返した。
「はい。神々は、『神魔大戦』で邪神を打ち倒した後、邪神の破片から発生した魔王を打ち倒せる存在を異世界から勇者として呼び出す際、幾つかのルールを定めたそうです。それは、
①勇者となる人物は、十日以内に死ぬ運命の人物、あるいは一年以内に滅びる定めにある世界の住人であること。
②一柱の神につき一度に一人しか勇者を召喚せず、また召喚された人物が生存している間は新たに勇者を召喚しないこと。
③勇者が死亡した場合、その勇者が死亡してから百年以内に次の勇者を召喚すること。召喚しなかった場合、その神は勇者を召喚する権限を失う。
④勇者を召喚する際必ずその召喚する神は自分が保有する力の一部を勇者に与えること。
ただし、その勇者が死亡した際にはその力を回収すること。ただし、その勇者が他の勇者により倒された際には倒した勇者を召喚した神がその力を回収すること。
⑤勇者の世話はその勇者を召喚した神に仕える神殿が行い、国家や個人が行わないこと。
⑥勇者は本人が望まない場合戦わずともよく、又全ての神々はその権利を全力で守ること。
⑦以上六項を破った場合、その神の自我は消失する。
この六つです。あとこれに付随した細かいルールもあるそうですが、それらは神々にしか関係がないので、お教えしなくとも構わないでしょう」
そんなものがあるなど、俺は聞いていない。