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視界から光がなくなると、雲ひとつない青空が目に入った。辺りを見回すと、足元につなぎ目のない石造りの丸くて広い舞台が広がり、後ろに赤茶けた山の山頂らしきものが見える。右手に持ったままだった野太刀を鞘にしまい、前に慎重に進むと、遠くの下のほうにかすんでいるが街らしきものと、その街を内側に抱いたくの字型の木がまばらに生えた山脈が見える。どうやら、山の中腹辺りにいるようで、少し肌寒い。
「クェベ!」
急に、左手の方から声がした。隠れる場所がないかざっと探したが、見当たらないので、石舞台の中央に自然体で立つ。
「メオ シ ハン 、グロッギ デ リャメック!」
「ダントン。サン ト テンロ」
「ローム!」
声は若い女性二人のもので、なにやら言い合っているようだが、その内容はさっぱり分からない。
「ガロン、サイス アイ……」
ここで言い争っている二人の顔が石舞台の端に見え、目があった。すると二人は走って俺から三メートルほど前に立った。二人とも白いゆったりとした外套を着て、よく似た顔立ちと同じ茶髪に茶色の目をしている。身長も俺の胸の下くらいの同じくらいの高さなので、双子なのかもしれない。ただ、右側の子は意思の強そうな目をしているが、左側の子はまったりしていそうな目で、そこだけが違っていた。顔つきは、可愛い系としか言えない自分の語彙力に絶望するが、とにかく可愛い系の顔だ。胸はなかった。
「エー、プレデオン」
そう左側の子が言った。多分挨拶なのだろうが、意味は分からず首をかしげる。すると、右側の子が何かぶつぶつつぶやいて俺に手をかざす。すると、その手が光ると同時に顔の周りが温かくなる。
「これで分かりますか?」
次に右側の子が言った言葉は、日本語ではないのにどういう訳か理解できた。
「あ、ああ。分かるぞ」
そう自分の口から発した言葉は日本語ではないのに、なぜか理解できる。二人はほっとした表情をしているが、俺は内心不安に襲われそうになるが、考えたところで意味がないので忘れることにする。
「では改めまして。初めまして、勇者様」
左側の子はそう言ってにこりと微笑む。目つきと同じくまったりした口調だ。
「私たちは貴方のお世話係兼教官に任命されました、『技術神の教会』の修道士のアンと」
そう右側の子が言うと、続けて左側の子が
「同じく二コルです」
と言った。
「アンで、二コルだな。よろしく」
指差しながら確認する。いつも名前を覚える瞬間は緊張するな。
「一応神様からおおざっぱな話は聞いてはいるが、細かい話はさっぱりだ」
二人は教官らしいのと、邪な気配を感じないので、信用して先に俺の知っている量を話しておく。すると、
「それを教えるのも私たちの役目です」
そうアンが胸をはって言った。
「では、着いてきてください」
そうアンが言い、先導するように歩き出す。それに着いていきながら、ニコルからこの世界について説明を受ける。この世界はボーダーと言い、今俺がいるロード大陸を含めて四つの大陸がある。言語は世界共通で、様々なヒト種がいるらしい。この二人も外見からは分からないがドワーフという種族だそうだ。俺たちの世界の人間と似たような種族は猿人族というらしく、この世界で一番多い種族だそうだ。そういう俺は技術神のちびっ子いわく鬼神族らしいがその実感はまだない。お金の単位はマニらしく、だいたい十マニでパンが一個買えるとのこと。ということは十マニで大体百円くらいか? そして、俺の世話はしばらく『技術神の教会』がしてくれるとのことだ。
そんな話をしているうちに山を降り、街に近付いていく。動いているから少し暑いが、過ごしやすい気候だ。山の上からでは分からなかったが街は石造りの城壁に囲まれ、その外側に背のかなり低い果樹のようなものが植えられていた。葉を触ってみた感じ、表面がつるつるしていてあまりみずみずしくない。火を放てば良く燃えそうだ。目の前に見える城門も、開かれているが鉄で出来ているし、城壁の外側にある堀にかかる橋を上げてしまえば、そう簡単に落ちないだろう。
城門の前では流れは速いものの検査待ちなのか人が並んでいる。ほとんどの人が徒歩だが、時たま馬車を見かける。ペルシャ馬とは違い、ばん馬に似たがっしりした馬だ。人の中には頭の上に獣の耳がついている人もいて驚いたが、ニコルとの話を思い出してすぐ落ち着けた。そんな行列に並ぶのかと思っていたら、アンは並ばずに行列の横を素通りしていき、ニコルもそれが当然といった感じで着いていく。
「なあ、並ばなくていいのか?」
そうニコルに聞くと、ニコルは微笑を浮かべて
「貴方は勇者様なのだから当然です」
と言った。だが、行列の人は俺たちを見て怪訝そうにしている。そのことを指摘すると、
「まだ技術神の勇者様が召喚されたことは一般には秘密にされていますから」
と答えた。それなら納得がいく、とうなずく。
「だが、それなら門番に止められないか?」
「その点も大丈夫です。門番にはあらかじめ連絡してありますから」
そう言っている間に門番の前を素通りしてしまった。心配しただけ損だったな。
街並みは、レンガ造りの家が多いため赤い、といった印象で、通りはあまり広くなく、建物が三階建てが多いせいで圧迫感を感じる。鍛冶師が多いのか、鉄をたたく音があちらこちらからし、白い煙が家中からあがっている。これのせいで山の上からは街が見えにくかったのか。そして、お昼時なのか良いにおいが漂ってくる。ただ、既に蕎麦で腹がいっぱいなのであまり魅力的に感じられなかった。
「二人とも、食事は良いのか?」
「勇者様を神殿にお届けすれば食べられます」
そう答えたアンは少し不機嫌そうだった。
そのまま歩いていくと、急に目の前に細い塔の沢山ある白い教会が目についた。
「あれが、私たちがつとめる『技術の神殿』です」
そう言ったニコルはどこか誇らしげだった。