23
朝、目が覚めると倦怠感に襲われる。熱はないが、まるでインフルエンザにでもかかったかのようだ。なるほど、これがペナルティか。
「なかなかきついな」
起き上がり、修練場に行く。モラエンス・ライ・デイの研ぎ士は良い腕で、昨日受け取った野太刀は完璧な状態に仕上がっている。だというのに、俺の状態は最悪で、いつもより精細を欠いている。変な癖がつくと困るので早々と素振りをやめ、食堂へと向かう。
「おはよございます」
「ああ、おはよう」
そこでアンとニコルと合流する。二人には昨日のうちに戦闘とその結果について話しているので、少し不機嫌そうだ。話した当初は烈火のごとく怒って、最後は泣き出してとそれはもう酷かったのだから、これでも大分ましだ。
「それで、今日も変身するとか言い出しませんよね」
アンが食事を受け取りながら言う。今日も豆のスープとパン。いい加減飽きてきたが食べさせてもらう立場な以上文句は言わない。
「ああ、言わない。というか、体調が悪いのでそれどころではない」
二人はそれ見たことかと言わんばかりの表情だ。
「きっと無茶したせいですよ」
ニコルが席につきながら言う。
「まあ、初めての対魔王戦だったのだからこれでも上等なほう、と思いたい」
そう言うとニコルが「どういうことですか?」と聞いてくる。
「夢の中で言われた」
そう答えると、二人はしばらく押し黙る。
「それって、キンキン声に?」
アンがおずおずといった感じで聞いてくる。
「ああ、そうだ。なんなら格好も説明しようか?」
「いや、いい」
アンは片手で制してくる。
「てことは、技術神様からの神託があったのね。嘘みたいだけど」
アンは呆れた声で言った。
「でも、勇者様ならありえそう」
ニコルがそうフォローする。
「お前は技術神の声を知っているのか?」
「姿も、ね。貴方の教育係になるよう言われたわ」
ニコルもうなずいている。そういった理由で二人は俺の教育係になったのか。
「ま、まあともかく、なら納得ね。あの体には魔王でもないと傷付けられそうにないし」
アンは、頭を抱えながら言う。短い髪がスープに入りそうだ。
「それは過大評価だろう」
一応言っておく。まだ何なのか良く分かっていないが、魔法なら片腕くらい吹っ飛ばせそうな気がする。
「そうかな?」
ニコルが首をかしげる。
「とりあえず、この後教皇の所に報告くらいしたほうが良さそうね」
「……そういえば、していなかったな」
地図の報告もあると言うのに、昨日は報告をサボってしまった。何ともないとはいえ戦闘中に負傷したことを報告していないのは不味いだろう。
「では、この後行きましょうか」
ニコルはそう言いながらパンをちぎった。
* * *
「おお、良くきた」
フェルミはそう言ってソファまで案内する。ガラスの机の上には、俺が作った地図が並べて置かれていた。
「すみません。きのう忘れてた分です」
そう言いながら昨日作った分の地図を渡す。センサーで得たデータを帰って来てから紙に写すだけなので、疲れはするが簡単な仕事だ。
「毎日ありがとう。おや、このバツ印はなんだ?」
「そのことについて、話があります」
アンが俺をにらみながら言う。
「なんだ、アン」
フェルミはそう言って話すようすすめる。
「勇者様は、その地点で昨日交戦。変身中の左足と右腕をもがれ撤退しました」
「……にわかには信じがたいが」
「はい私も信じられませんでした」
ここでアンはニコルに目配せする。
「勇者様に神託があったそうです」
「神託!?」
フェルミは驚いて持っていた地図を取り落とした。
「はい、何でも、交戦した相手は魔王だそうです」
「……なるほど、それなら有り得る」
フェルミは納得したのかうなずく。
「で、その魔王の姿は」
フェルミは俺を見ながら言った。ようやく俺の出番か。
「巨大な枯れた木の幹のようなものに口らしきものをもち、多数のツタを操っていた。現れたのは地中から。蒼白く光る半透明な魔術らしき壁で攻撃を防ぎ、幹の部分を切り飛ばしても死ななかった。これから何か分かるか?」
そう尋ねると、フェルミは顎に手をあてて考え込む。
「相手が植物型で移動しないであろうことは分かる。だが、それ以上はそいつを調査してみん限り分からん」
「……あいつのいた場所は遠い。戦闘の前に調査のためにもう一度あいつの所に行く必要がある」
そう言って頭を抱える。残念なことに今は変身出来ず、次変身できるようになるのはいつか分からない。
「観測機器をどう持っていくか、が問題だ。数も多いし……」
フェルミも頭を抱える。ナイトレイヴンには当然二つしか腕がなく、さらに観測機器の大きさは分からないが、そんなに多いと持ち運びようがない。
「あのー」
ニコルがおずおずといった感じで右手をあげる。
「何だ」
「いえ、前話してもらったゲームの設定によると……」