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「異世界、ですか?」
俺は、異世界、という言葉が何なのか分からなかった。
「……マルチバース宇宙論における子宇宙とかみたいなものですか?」
「まるちばあす、とやらが何か分からないが、多分おぬしが思っているのとは違うぞ」
そう言われて、ますます分からなくなる。
「まあ、そういうのは置いておくとして、異世界、と言うのはこことは異なる世界のことじゃ。もちろん、物理法則や化学法則はこの世界とは異なるが、そこらへんはなんとかなる」
「はあ」
語りだした師匠に俺は気のない返事をする。
「そして、おぬしが行くことになる世界は、剣と魔法の世界じゃ。おぬしの技術も活かせるであろう」
「師匠」
疑問があるので、口をはさんだ。
「なんじゃ」
師匠は不機嫌そうな声で言った。
「魔法、って何なのですか?」
そう言うと、師匠は驚いたような顔をしたのち、おそるおそると言った感じで口を開いた。
「おぬし、トールキンを読んだことは?」
「ありません」
トールキン、とは小説の題名だろうか。
「ライトノベルは?」
師匠は矢継ぎ早に質問してきた。
「小説に軽いも重いもあるのですか?」
「映画は?」
「見ません」
「……まさかとは思うが、ゲームをしたことは?」
「ロボットゲームを少し」
「そのゲームを買った店に、こう、ファンタジックなパッケージのものがあったじゃろ?」
「ゲーム機もソフトももらい物なのでなんとも」
そう言うと、師匠は額に右手を当て、しばらく黙り込んだ。
「あの、師匠」
そう声をかけると、師匠は俺を左手で制し、こう言った。
「ま、まあ魔法と言うのは一種の超常的な力じゃ。詳しいことは向こうに行ってから調べると良い」
「まだ行くと決めた訳ではないのですが」
「その割りにはノリノリじゃのう」
自分でも不思議なことだが、与太話と取るのが普通の話なのに、なんだか本当の話のような気がしていた。
「それでは、どうやってその剣と魔法の世界に行くのですか?」
「なんなら、この店を出ればすぐ行ける。ワンクッション置くがの」
「……本当ですか?」
「何じゃ、その疑うような目は。わしがこれまで嘘をついたことがあったか?」
「ありません」
そうだった。師匠が嘘をついたことは、今までなかった。だから、信じたのだろう。
「では、行きます」
「……えらく即決じゃのう」
師匠はまた驚いた顔をした。今日一日で、一生分驚かせたかもしれない。
「そうですか?師匠が進めてくださったのだから、間違いはないと思いますし」
そう言うと、師匠は照れくさそうに、
「こんな大男に慕われても、嬉しくないわい」
と言った。俺はそれに苦笑する。
「出口のドアをくぐると同時に、異世界へと行くことになるが、覚悟は良いか?」
そう言った師匠はどこか寂しげだったが、俺は気にせず答えた。
「もちろんです」
「では、行こうかの」
そう言って席を立つ。俺が野太刀の入った袋を背負っている間に師匠はレジまで行ってしまっていたので、慌てて追いかける。追いついたときには、師匠は会計を終えていた。
「師匠、すみません」
「なに、気にするでない」
そう師匠は鷹揚に答え、出口へと歩きだした。
「師匠」
「何じゃ、また」
「今まで、ありがとうございます」
そう言いきると同時に、俺は出口の扉をくぐった。