18
ドルドルを右手に持ちながら、街をゆっくりと歩く。
「にしても、あの店員手馴れた感じだったな」
そう言うと、アンは口の中のドルドルを飲み込んで答える。
「この通りは外からのお客さんが多いから、払い方に慣れていない人も多いの。だからじゃない?」
「なるほど」
そう言ってドルドルを口にする。舌の上でドルドルは溶け、山羊の乳の味が口の中に広がる。が、確かに溶けているのにドルドルは存在を舌の上に示している。
「?」
不思議に思いながらも、その塊を噛むと、もっちりとした食感が歯に伝わってくる。
「これは面白いな」
そう言って食べ進む。アンとニコルとそれぞれ一口ずつ食べあったが、アンドーラはリンゴ味、クロッカーは濃いブドウ味だった。
「?」
ふと視線を感じて辺りを見回すが、特に不審な人物は見当たらない。
「このクッキー当たりです」
ニコルは色々おいしいものを食べられてご満悦だ。といってもお菓子ばかりなのだが。
「俺はこのコーヒーが気に入った」
苦味の中に僅かな酸味のあるこの店のコーヒーは完全に俺の好みと一致していた。今は、喫茶店で少し休憩している。すごい勢いでマニが無くなっていっているが、楽しいから良いだろう。
「そんな苦いのよく飲めるわね」
アンはサイダーを飲みながら言う。ニコルは普通にコーヒーを飲んでいるので、なんだか意外だった。
「ふと思ったのだが」
そう言って飲んでいたコーヒーをテーブルに置く。
「この街の人間は小柄な人が多いのだな」
この店のバーテンも、体つきはがっちりしているが小柄だ。正面に座る二人も、俺のいた世界の女性の身長を考えると小柄だろう。
「まあ、この街のおもな住人はドワーフとそのハーフだからね」
アンはそう言ってサイダーを口に含む。
「そのドワーフ、というのは確か人種のひとつだったか? 俺のいた世界では人種の違いは肌の色の違いくらいで、身長だとかがこれほど違うものではなかったから、なんだか不思議だ」
「……そういえば、人種については教えてませんでしたね」
ニコルはそう言いながら食べかけのクッキーを皿に置く。
「当たり前のことすぎて忘れてたわ」
アンはそう言って額に手を当てる。
「まあ、簡単に言うと、この世界の人種はヒトに進化するときに『加護』を貰った神の違いで生じたと言われています」
「その話、長くなるか?」
なんとなく覚えきれない話の気がする。
「大丈夫です、帰ってからまた教えますから」
俺の思考を読んだのか、アンはそんな発言をした。
「うげ」
「……前から思ってましたけど、勇者様って勉強苦手ですよね」
ニコルが言った言葉は、全くその通りだった。勉強は嫌いではないのだが、どうも覚えるという行為が苦手なのだ。体を動かすことならば、一発で覚えられるのだが。
「まあ、それは置いておいて、話を戻します。そういう訳で、この世界の人種と言うのは、加護を与えた神の影響が濃く出ています。例えば、火を司る炎の神の加護を受けた人種は、火に強い肌と火をはく喉を持った竜人族、大地と誕生を司る大地母神の加護を受けた人種は、その象徴である獣の耳を持った獣人族、といったように。今も加護は影響は残っているようで、神魔大戦で滅びた土の神の加護を受けていたホビット族はその百年後に絶滅したりと、神々とヒトの間には切っても切れない縁があります」
「なるほど」
内容は半分ほどしか頭に入らなかったが、そこまで強大な影響を与える神というものに、少し恐怖を感じた。
「そういえば、俺は鬼神族らしいのだが、その加護を与えた神は誰なんだ」
「あの噂、本当だったのですね……」
ニコルが気になることを言ったが、多分どうでもいいことなのでスルーする。
「鬼神族は自然発生する種族なので、加護を与えた神はいないらしいですよ。何でも、一種のイレギュラーなんだとか」
「イレギュラー、か」
情報源が気になるが、多分魔法とやらで神に直接聞いたのだろう。
「まあいい、で、他に覚えておくべき種族はいるか?」
「細かいことは帰ってから教えますが、光の神の加護を受けた猿人族、水の神の加護を受けたメロウ族と魚人族に闇の神の加護を受けていた魔人族」
「受けていた?」
気になる発言があったので、口を挟む。
「はい、勇者間の闘争で闇の神が召喚した勇者が負け続けた結果、闇の神は弱体化して、滅びる寸前までいったそうです」
「それって不味くないか?」
「はい、実際にそれで魔人族は弱体化し、猿人族からの攻撃を受けました。そこで、闇の神は自分の存在を消失させる代わりに、魔人族が様々な能力を持つよう進化させ、その結果猿人族との闘争に勝利することが出来ました。この出来事から様々な物語が生まれたので、一度読んでみると良いですよ」
能力は、スキルによらない自分の実力のことだ。この世界では一般的に神々からスキルを授かり、それを使うことが多いので、闇の神がしたことは種族全体の実力を上げるという、なかば反則じみた行為だ。いくらスキルが神の力の一部だとしても、それを使いこなせるのは一部の人間だけらしいので、猿人族はひとたまりもなかっただろう。そこまで考えて、突然あることをひらめいた。
「ん? ということは、スキルと加護を与える神のもつ概念の間には、何か関係があるのか?」
「冴えてますね、その通りです」
そう答えたアンは驚いた顔をしている。
「基本的にスキルは加護をもらっている神からしかもらえません。例えば、私たちは猿人族とドワーフ族のハーフですが、加護は二人とも技術神のものなので、例えば光の神のみがもつ概念である『治癒』のスキルは持てマせん。まあ、魔法だと誰でも使えてしまうので、あまり関係ないのですが」
「なるほど」
「話を戻しますが、他に覚えておくべき種族は、技術神の加護を受けたドワーフ族と森の神の加護を受けたエルフ族。あとは神魔大戦で滅びたと言われているフリューゲルくらいです」
指折りながら数えてみると、かなり多くの種族がいる。その多様性に驚きを感じながら、俺はコーヒーを飲んだ。