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結局、燃料はなくならず、無事街についてしまった次の日、食堂でいつもの豆のスープとパンの朝食をアンとニコルと共に食べながら、昨日感じた気配について話し合ったが、結局何だったのか結論は出なかった。
「それよりも、今日は何をする予定ですか?」
アンが尋ねてくる。
「特に予定はないが、どうしたんだ?」
今までそんな質問はされたことがなかったので、内心驚く。
「普通に勉強じゃ駄目なのか?」
「いえ、訓練がひと段落したようなので、街を案内しようかな、と」
「ふむ」
俺は顎に手を当てて考える。この世界に来てから、勉強と変身の訓練と素振りしかしていない。俺はそれで満足だが、普通の人なら退屈だろう。
「では、それで行こう」
そう答えると、アンとニコルはハイタッチする。
「そんなに嬉しいか?」
「だって昨日の晩必死でどこを案内しようか考えましたから」
ニコルは嬉しそうにそう言った。アンはそれを止めようとしていたが、一歩遅かったようだ。
「そうか、それは楽しみだ」
そう言って俺はスープをすする。
「それで、これを着けてください」
アンは外套のポケットから銀色の無骨な腕時計を取り出した。
「ああ、ありがとう」
前から、時間を確かめるものが欲しかったのだ。時間を表す数字は教わった通り十二ある。この世界の時間は十二進法の二十四時間で、ちなみに一年は四百八日の十二ヶ月だ。これは過去の勇者が持ち込んだ情報を参考にしたかららしい。
「それは、時計なだけではなく、財布も兼ねているので、絶対に無くさないでください」
アンの言葉に驚く。
「この世界のお金は電子化されているのか!?」
「デンシカ、というのが何か分かりませんが、この街ではお金は非実体に数値化されて取引されてますよ。それでしかこの街の商店で買い物できませんので、絶対に無くさないでくださいね」
ニコルも念を押す。
「分かった、注意しよう。それで、いくらくらい入っているのだ?」
俺はそう言って時計をなでる。
「えっと、ちょっと待ってくださいね」
アンはそう言って俺の時計をなにやらいじる。
「五千マニ入っていますね」
「ふむ」
十マニでパン一個だから、だいたい五万円くらいか? 一回買い物に行くくらいなら多いが、次いつもらえるか分からないことを考えると少ないかもしれない。
「まあ、十分か」
まあ、今回街に出るくらいなら十分なのは間違いない。
* * *
朝食を食べ終えた後、野太刀を部屋に置いて教会を出る。馬車に乗るところを散々見られているからか、人が集まってくることはなかった。
「では、こちらです」
そう言うアンに先導されながら街を歩く。ニコルは隣でキョロキョロしている。
「あまり街には出ないのか?」
「えっと……はい」
ニコルは恥ずかしそうにうなずく。
「基本的に修道士は教会にこもりっきりなので……。何屋さんが出来たとか、新商品が出たとか、情報だけは集まるんですけどね」
そう言ってニコルは苦笑する。彼女らは修道士だが、基本的に研究者なのだ。確かに、研究者が街を出歩くイメージはない。
「なるほど」
そう言っている間にもアンは進んでいく。街並みを見回すと、相変わらず圧迫感があるが、どこか見覚えがあった。
「あ、気付きました?」
ニコルが嬉しそうに言う。
「この道は、勇者様がこの街にやってきたときに通った道なんですよ」
「なるほど、それで見覚えがあった訳か」
「この通りは外から来た人用のお店が多いので、華やかなんですよ」
なるほど、それで小奇麗にしている店が多いのか。軽く覗いてみると、品揃えも豊富だ。
「それは楽しみだ」
そう言うと、ニコルは微笑した。
「勇者様、こちらが最近話題のお菓子屋さんです」
アンが指差したのは、ピンクののれんが可愛らしい店だ。のれんにはクオリテ・スイープ――甘い夢と書かれている。ほのかに甘い匂いが漂ってきており、それにつられた若い女性が行列を作っている。期待させるには十分だった。
「良さそうだな。で、何屋さんなんだ?」
「はい、アイスクリームなんですが、ドルドルという名前で、何でもモチモチしてるんだそうです」
「……なんか想像つかないな」
アイスは口の中でとけるものというイメージがあるので、それがモチモチした食感と結びつかなかった。
「はい、なのでどうですか?」
「そうだな、食べてみようか」
そう言って行列に並ぶ。女性の行列の中に俺のような巨体の男がいるのはシュールだろうが、気にしたら負けだろう。店内に入ると、軽く冷気を感じる。店内の席は残念なことに満席のようだ。
「これは座って食べるのは無理そうだな」
「なら街を歩きながら食べましょう」
アンの提案にうなずく。
程なくして俺たちの番になり、白いコックコートを着た中年くらいの女性が注文をとる。
「いらっしゃいませ、ご注文は?」
「では……」
ざっとカウンターにおいてあるメニュー表に目を通す。
「ミルク味で頼む」
「私はアンドーラで」
「じゃあ私はクロッカーです」
「かしこまりました」
待つかと思ったが、すぐに注文したアイスはやってきた。角みたいな形のコーンの上に乗った姿は、どちらかというとソフトクリームに似ていた。俺が注文したのは普通に白色で、アンが注文したアンドーラ味は薄黄色、ニコルが注文したクロッカー味は濃い紫色だった。
「ありがとう」
そう言いながら三人は受け取ったが、いざ会計というときに、どうすれば良いか分からない。
「……どうすれば良いんだ?」
店員に聞くと、慣れた様子でカウンターの上にある一枚のプレートの上に腕時計をかざす。すると、チャリンと音がした。
「これで出来ました」
「なるほど、ありがとう」
そう感謝して店を後にした。