表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/28

10

 フェルミはひたすら俺がいた世界の制度や技術について質問してきた。俺はそれに分かる範囲で答えていったが、流石教皇というか頭の回転が速く、説明が足りなくても彼なりに納得しながら聞いてもらえた。こんなことだったら刀以外のことももっとしっかり勉強しておくべきだった、と後悔した。

 しばらく話したのち、アンとニコルが肩で息をしながら部屋に入ってきたのでそこでフェルミとの会話を打ち切り、神殿の中を案内してもらったが、とにかく広い。とりあえず、鍛練所と食堂と風呂とトイレの位置だけ覚えたが、それ以上は覚えきらなかった。そして、行った先々で修道士から握手を求められるのには辟易した。だが、悪意が全くなかったため断りづらく、全部回り終えた頃にはもう外も暗くなり、廊下を蛍光灯が蒼白く照らしていた。

「ふう……」

 そんな中俺は風呂に肩までつかっていた。馬鹿みたいに広く、窓がない浴場は、誰かが気を使ったのか分からないが貸切状態で、ひどく寂しく思えた。よく考えてみたら、体を拭いてはいたが風呂に入るのは三日ぶりだ。三日前は、まさかこんな所に来ることになるとは思ってもいなかった。ただただ試験に馬鹿みたいに興奮していた。あの頃の様な熱を、自分の中で感じられはしないが、これからの魔王とやらとの戦いはそこそこは興奮できるだろう。暗い愉悦が心の奥底から上がってくる。その懐かしい感覚に任せてひとしきり笑ったあと、湯の中で筋肉を軽くマッサージする。時々古傷に痛みが走るが、問題はないようだ。

 改めて自分の体を観察すると、戦闘向けの筋肉の鎧を纏っておきながら、その鎧は傷だらけで、歴戦の戦士と言った感じだ。今浴場に誰もいなくて良かった、と心の底から思う。学校の水泳の時間はこの傷のせいで同級生から酷くおびえられたからだ。ここの気の良さそうな修道士達がこれを見たら、きっと驚くだろう。そうなれば、修道士たちと友好的な関係を結ぶのは難しくなる。それは避けたかった。

「もう十分か」

 マッサージを終えた後、すばやく浴場を後にした。



   * * *



 修道士に囲まれた賑やかな食事を終えた後、アンとニコルに自室まで先導してもらう。というのも、昼間の案内の時点ではまだ部屋が決まっていなかったからだ。が、無難に客室に決まったようだ。と言っても客室だけでひとつの館くらいあるのでこれまた覚えるのが大変だ。

「ありがとう」

 そう言って部屋に入ろうとすると、二人に引き止められる。

「待ってください」

「ん? 何かあるのか?」

「はい、本来なら昼間の時点で終わらせておくべき用事が幾つか残っていますので、今からやろうと思いますが、構わないですか?」

「別に構わないが、一体何だ?」

「とりあえず、部屋に入りませんか?」

 ニコルがそうアンとの会話に割り込んできたが、それに従う。

 部屋は、木の大きなベッドの他に大きなクローゼットと、ほとんど本の入っていない本棚があるだけで、広さの割りにガランとした印象を受けた。

「本当なら机と椅子もあるはずなのですが、勇者様に見せられるレベルにないので、すみませんが明日まで我慢してもらえますか?」

 そうニコルが申し訳なさそうに言う。なるほど、それで部屋が広く感じたのか。

「レベル?」

「はい、その、何と言うか……技量とか、見た目とかが何か物足りないと教皇が判断されたので」

「そうか。そういうのは良く分からないから気にしなくても良いのだが……」

 野太刀を枕元に置きながら言う。残念なことに、俺に美的センスは無いので、そう言われてもどういうことなのか良く分からないのだ。

「貴方が良くても私たちが嫌なのです!」

 ニコルが不機嫌そうに言った。良く分からないが、そういうものらしい。

「ま、まあそれは置いておいて、用事とは何だ?」

 そうベッドに腰掛けながら言う。二人にも隣で良いから座るように言ったが、二人は構わないと立ったままだった。これは、早く椅子が必要だな。

「まずはこれを」

 そうアンから手渡されたのは、何の装飾もされていない銀色の腕輪だった。

「それは『翻訳の腕輪』と言い、貴方がこちらの言語を理解できるようにするものです」

 そのアンの言葉に、疑問が生じる。

「待て、今俺はどういう原理か知らんがこの世界の言葉をしゃべれているのだから、別に必要ないだろ?」

「それについてはまず謝ります。貴方にかけた『言語強制変更』の魔法は、効果が二十時間しかありませんし、その魔法がかかっている間貴方は貴方の母国語を理解できなくなります」

 魔法が何か分からないが、そんな得体の知れない状態だったのか。

「まあ、便利だから構わないのだが」

「よくありません! 貴方ともとの世界のつながりを示すものは、その言語と今持っているものだけなのです。何人の勇者がそう言って後から後悔したことか……」

 アンが感情的な声で言った。確かに、そう考えると今はあまりよくない状態なのだろうし、謝られたのも理解できた。

「すまない」

「分かったのなら良いです」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ